第15話 不本意な仕事でも、必要に応じて対応しなければいけない。どこでもそんなもんだろう?

 カガ神官長から引き合わされた連中は、顔見知りのハジメやミオを含めた五名で、全員、ごく最近に召喚されたユウシャだった。

 まあ、オレの仕事でもユウシャにやらせた方が、なにかと都合がいいだろうな。

 と、オレは思う。

 普通の人間とは違い、ユウシャだと下手を打っても生き返ることができる。

 つまり、教えたことも無駄になない。

 さらにいえば、複数名のユウシャが組んで活動してれば、復活できる確率はさらにあがる。

 オレのように、復活できない普通の人間が単独で行動するよりは遙かに確実といえた。

 なんのかんのと理屈をつけていたが、案外、そこが一番の理由なのではないか。

 と、オレは思う。

 ベッデルから出て単独行動をしても生還してくる、オレの技術が失われることを惜しんだ。

 そのあたりが、ベッデル上層部の本音だろう。


「正直、こういう面倒な仕事はあまりしたくないんだが」

 オレは、その五人のユウシャたちを前にしてそういった。

「やる以上はしっかりとこちらが仕込む内容をおぼえて貰う。

 いくら生き返ることができるっていっても、目の前で何度も死なれるとこっちもままりが悪いからな」

 オレがそういうと、ユウシャたちは微妙な表情になって頷いた。

 それからオレは、一人一人から現在使える秘蹟やそれ以外の特技、技能などを詳細に聞き出し、メモに取る。

 ハジメは相変わらずボイネ神殿の預かりだったが、ミオは成長と無垢の神ハイネ神殿の預かりに移籍をしていた。

 その他の三人は、それぞれ、老衰と知性の神トイネ神殿、静寂と破壊の神クイネ神殿、騒音と創造の神ルイネ神殿の預かりで、生業はそれぞれ秘蹟使いと戦士二名だった。

 ハジメとミオは生業を変えておらず、つまりは戦士と回復師。

 戦士三名と回復師、秘蹟使いか。

 とオレは思う。

 所属する神殿は、この場合あまり関係がない。

 せいぜい、どの神の信徒になっても成長の仕方が多少異なる、くらいの差でしかないのだ。

 そして、その成長も結局は本人の問題であり、オレの仕事には関係がなかった。

「せめて、あと一人くらいは秘蹟使いか回復師が欲しいところだな」

 と、オレはいった。

 どうもユウシャたちが来る場所では秘蹟に相当するなにかが存在しておらず、秘蹟使いや回復師などを志望するユウシャが少ないのは、それも関係しているといわれている。

 さらにいえば、オレの生業である盗賊を志望する者は、さらに少なかった。

 どうもユウシャの世界では、盗賊という生業はあまりイメージがよろしくないらしい。

 まあ、贅沢をいってもはじまらんか。

 と、オレは思う。

 連中も、しばらく活動をして限界を感じれば生業を変えることも考えはじめるだろう。

 それに、オレとしてもそこまで相談に乗って面倒を見るつもりはなかった。


 ユウシャたち五人の詳細を確認した後、オレはそのままその五人を連れてベッデルを出る。

 予定していた、オレ本来の仕事にこの五人を同行させた。

 以前、カガ神官長がいっていたように、召喚事業は本当に効率化されているようで、以前よりもユウシャの召喚は頻繁に行われるようになっている。

 それだけ、オレの仕事も忙しくなっているのだった。

「今向かっているのは、玄室と呼ばれている遺跡だ」

 ベッデルを出て、移動中にオレは説明する。

「五人とも、知っている場所のはずだ。

 どういうわけか、召喚されたユウシャはまずそこに出現する。

 その玄室は、魔群のたまり場でもあるから召喚されたユウシャはいくらもしないうちに一度死ぬことになるが」

 オレが到着するまで生き延びていたハジメやミオは、あくまで例外なのだ。

「その玄室って、いつごろの遺跡なんですか?」

 スマ、という名の女のユウシャがオレに質問をする。

「知らない」

 オレは即答をした。

「かなり古いみたいだが、大人たちもそういう詳しいことはよく知らないんじゃないかな」

 そもそも、魔群の脅威に晒され続けているオレたちには、そんな些細なことを気にしている余裕もなかった。

 このスマというユウシャはミオよりも少し年上で、トイネ神預かりの秘蹟使いということだった。

 今の時点ではたいした秘蹟が使えるわけでもないのだが、その事情は他のユウシャたちもたいして変わらない。

 なにしろ全員、召喚されてから半年にもならない新米ユウシャであり、ミオとハジメがこの中では最古参になる。

 つまりは、即戦力としてはまったく期待ができない連中であるわけで、どうやらベッデル上層部はオレに苦役を就けるのを好むらしい。

「ま、死んでも生き返るから、その分は気が楽なんだが」

 ベッデルの外に出た時のいつもの癖で、思っていたことを口に出すと、ユウシャたち五人はオレの顔を気味が悪い物を見るような目つきで見た。


 オレは、単独で行くときよりもかなりゆっくりとしたペースで移動をし続ける。

 他の連中がオレほど速く動けないのだから、そうするより他に方法がない。

「いつになったら着くんですか!」

 ベッデルを出てから三日目の夕食の時に、とうとうトダというユウシャが弱音を吐いた。

「このペースだと、あと五日くらいかなあ」

 オレは曖昧に答える。

「おれ一人なら、もう着いているんだけど。

 お前たちの足に合わせているから、正確な予測はできない」

 それを聞いたユウシャたちは、全員落胆したようだった。

 どうやらユウシャたちは、ここまで長い時間歩き続ける経験をあまりしてこなかったらしい。

 ロノワ砦行きに同行した経験があるハジメとミオは比較的マシだったが、それ以外のユウシャは疲労の色が濃い。

 しかし、ベッデルから遠く離れたこんな場所では、ゆっくりとくつろげるわけがなかった。

 いつ魔群に襲われるのか、予測がつかないため、眠る時も交替で見張りを立てている。

 ユウシャたちにしてみれば、そんな強行軍はあまり経験したことがなかったのだろう。

 しかし、そんなユウシャを仕込むようにいわれたオレにしてみれば、こうした状態にもすぐに慣れて貰うしかなかった。

 ここに来るまでに遭遇した魔群について、撃退がてらオレはユウシャたちにその魔群の性質や弱点、効果的な対処法などを逐一伝えている。

 この一団そうした遭遇戦をなんども潜ってきたわけだが、今のところ脱落したユウシャはいなかった。

 まあ、今の段階で往路の半ばで力尽きるようだったら、先が思いやられるわけだが。

 その代わり、ユウシャは全員、かなり疲れた様子をしていた。

「お風呂に入りたい!」

 スマがそんなことをいい出す。

「前にも説明したけど」

 オレはいった。

「魔群のほとんどは、鼻がよく効く。

 やつらに見つかりにくくするためには、体臭をうまく誤魔化す方法を考えた方がいい」

 具体的にいうと、匂いの強い草木の汁や獣の血を服にしみこませたり、肌の露出した部分になすりつけたりする。

 ベッデルから一歩外に出たら、基本的には魔群の領域になる。

 そんな場所でうまくやっていくためには、人間らしい清潔感についてはしばらく忘れるべきだった。

「きつい仕事っすよね」

 クイネ神信徒の戦士、ワカサがそんなことをいった。

「いろいろな意味で」

「汚れ仕事だよ」

 オレは、平静な口調で応じる。

「文字通り」

 時に、まだ息があるユウシャにとどめを刺さねばならない場合もある。

 ということは、すでにこの五人には告げておいた。

 さらにいえば、他のユウシャたちに同行する際にも、自分だけ生還するために味方を見捨てるような真似も、普通にする。

 つまり、それがオレの仕事なのである。

「ユイヒさんは、なんでこんな仕事をしているんすか?」

 ルイネ神信徒の戦士、トダがそんなことを訊いてきた。

「親がアイネ神殿の関係者でね」

 オレはいった。

「オレもそのままいけば神聖娼婦になるはずだったんだが、それは嫌だったんで必死に別の方法で生きる術を学んだ」

 ああ、と、トダとミオが頷く。

 不特定多数の男を相手に股を開かねばならない稼業。

 それを諾々と承知する女性は、あまり多くはない。

 ましてや、復活の秘蹟が使えないオレのような普通の人間の場合、出産はただそれだけで生死を分ける大事業なのだ。

 同じ女性だとはいっても、何度も若返りながら数十名の子どもを作ったアイネ神殿のタマキ神官長のように割り切れる人間ばかりではない。

「っと」

 オレは、周囲をすばやく見渡して、そういった。

「少し声を大きくしすぎたか。

 カスミガラスが、寄ってきたようだ。

 こいつへの対処法は、前に教えたよな?」

 オレは、五人のユウシャたちに確認をする。

 ユウシャたちはすぐに立ち上がって、焚き火とオレを中心にして円陣を組んだ。

 ここに来るまで何度か魔群との戦闘を経験しているユウシャたちは、すでにこれくらいのことでは動じないようになっている。

 すぐに、カスミガラスとの戦闘がはじまった。

 オレはといえば、そうした些事はユウシャたちに任せて、煮込んでいたスープの火加減に気をつけていた。


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