第14話 期待や希望はたいてい裏切られる。それでもオレたちはそれを前提に生きていく。

 オレにだって、自分自身の価値を上に認めさせておく必要はあるわけで。

 自分で自分の利用価値を下げるような真似をするわけもない。

「今までは、それでもよかった」

 カガ神官長はいった。

「だがぼちぼち、悠長なこともいっていられんようになって来ている」

「はぁ」

 オレは生返事をする。

「それはまたなんで?」

「魂の未回収率が、だんだんと上がっている」

 カガ神官長はため息混じりにそういった。

「つまりは、ユウシャの損耗率がそれだけ多くなっているということだ」

「減った分、召喚すればいいじゃないですか」

 オレはその場でそう呟いた。

「無論、召喚は増やすことになるが、それだって無限にできるわけではない」

 カガ神官長はいう。

「召喚ができる術者の数は限られているし、召喚の秘蹟を行うのには時間もかかる。

 術者への負担が大きい」

 オレはそちらの方の事情に詳しいわけではなかったが、どうやら気軽にポンポンと召喚できる物でもないらしい。

「つまり、増やすよりも減る方が早くなっているわけですか」

 オレは、カガ神官長のいうことを要約した。

「それって、じり貧になってません?」

「とうの昔からじり貧だよ、ベッデルは」

 カガ神官長はじろりと目を剥いてオレを睨んでからそういった。

「つまりは、知られている人類社会は、ということだが。

 ユウシャが一人失われるような場所では、その十倍以上のユウシャ以外の人間が失われているわけでな」

 なにしろ、オレが生まれる以前から人間たちは戦い続けている。

 魔群とか呼んでいる、正体不明の連中と。

 ベッデルの場所にも生き残りがいるのかも知れないが、その魔群によって交通も遮断されて少し離れた場所の様子は確認できない状況になっている。

 これも、オレが生まれる前からだ。

 オレが生まれる何十年も前から、ベッデルの人々は魔群相手に圧倒的に不利な防衛戦を継続しているわけで、それも、今のところは勝ち目が見えない持久戦という、最悪なパターンになっていた。

 ユウシャの召喚、などという非人道的な手段に訴えてさえ、この有様なのだ。

 仮にベッデルの人たちがその召喚術を使用しなかったとしたら、このベッデルはそれこそ何十年も前に絶滅していただろう。

 しかしそれも、今のカガ神官長の言葉が本当だとするのなら、いよいよ終わりに近づいているらしい。

 頼みの綱であるユウシャたちでさえ負けが込んでいるとなると、いよいよオレたち人類には打つ手がない。

 ベッデルがこれまでやってきたことは、結局は無駄なあがきだった、という結果になる。

「今さらだけど」

 オレは感想を述べた。

「オレたち、滅びかけているんだなあ」

「今さらだが」

 カガ神官長も、目を剥いて頷いた。

「滅亡するのをどうにか遅延させしのいでいる、というのがわれわれの状況だ。

 だが、まだまだあがく方法はあると思う。

 なんとかして生き延びねばならん」

「そうですか」

 オレはお愛想で反射的に返答をした。

「成功するといいですね」

「成功させるんだよ、お前が」

 そういって、カガ神官長は身を乗り出す。

「ユウシャ召喚の効率化などは、われわれがどうにかする。

 お前にはユウシャの魂、その回収率をあげて貰いたい」

「えー」

 オレは不平を隠そうとはしなかった。

「オレは一人しかいないし、すべてのユウシャの行動をフォローすることなんで、できませんって」

 魂の回収漏れを防ぐ一番の方法は、ユウシャが死ぬ現場にオレが居合わせることだ。

 それが駄目ならば、せめてユウシャが死んだ場所がはっきりとわかっていれば、かなり高い確率で成功する。

 魂の回収率が下がっているということは、死に場所がはっきりとしていないユウシャが大勢いるということで。

 つまりは、同時に多方面で活動するユウシャの現在地を、誰かしらが把握していれば、状況はかなり改善する。

 しかし、ベッデルから離れた場所で移動しながら戦い続けるユウシャたちの現在地を、逐一把握することは現実的に考えて不可能に近かった。

 ユウシャたちにしても、それだけ頻繁に出動をして魔群と戦う必要に迫れている状況で、ユウシャ以外の人間が暇にしているわけがない。

 圧倒的に人手が、それも、ベッデルの外に出ても自力で生還できる程度の実力を持った人間がもっと必要なのだった。

 つまり、カガ神官長が求めることをまとめると、ということだが。

「そこで、お前だ」

 カガ神官長はそういって、オレの鼻先を指で示した。

「お前が持っている生存術、ベッデルの外に出て生還してくる技術のすべてを、他の者にも教えてくれ」

「はぁ!」

 オレは盛大に声をあげた。

「それ、無茶にもほどがありますよ!」

 オレだって、苦労なしにここまで来れたわけではない。

 ましてや、赤の他人に苦労して身につけたあれこれをただで教えるいわれもなかった。

「無論、ただとはいわん」

 カガ神官長は続ける。

「相応の、いや、かなり多額の報酬を用意する」

「金貰っても、今のベッデルでは使い道がないんですけどね」

 そういってオレはカガ神官長の顔を半眼で見つめた。

「オレとしては、生活できるだけの稼ぎがあればそれでいい」

 実際問題として、ベッデルには娯楽という物がほとんどない。

 そんなものに興じている余裕がないのだ。

「頼む」

 カガ神官長はそういって頭をさげた。

「他にあてがないのだ。

 長い目で見れば、お前の生存にも関わってくる問題なのだから」

「そういわれてもねえ」

 オレはため息をついた。

「オレが生まれた時から、ベッデルはこういう状態だったんですよ。

 はっきりいって、ここから魔群を駆逐して人類がこの地に繁栄する状況というのが、うまく想像ができない」

 人類は、いずれは滅びる。

 それも、かなり確実に、魔群に殲滅される形で。

 今は、かろうじてそうなるのを遅らせているだけなのだ。

 オレにしてみれば、カガ神官長ほどには未来に対して楽観的にはなれなかった。

 その滅びの時期が、オレが死ぬ前に来るのか来ないのか、それはわからない。

 しかし、オレ自身も魔群がひしめくベッデルの外に頻繁に出ているわけで、その滅びが来る前にオレの方が死ぬ可能性も多い。

 正直、どちらにしても大差がなく、カガ神官長をはじめとしたベッデルの上層部がなんでそこまで躍起になって滅びを回避しようとしているのか、オレにはよくわからなかった。

「未来がどうなるのかはわからんけど、その時はその時でしょう」

 オレはいった。

「誰でもいずれは死ぬわけで。

 そこまで大騒ぎをするようなこっちゃない」

 別に達観しているわけではなく、オレの本音をいえばそういうことになる。

「お前は死に近い生活をしているから、そう思うのかも知れないがな」

 カガ神官長はいった。

「大半の人間は、そうではない。

 そして、そうした大多数の人間にとっては、人類の存亡は文字通り死活問題なんだ。

 その重要事の、少なくとも大きな一要素をお前が握っている。

 どうか、協力してくれないか!」

「このままなにもせず、魔群に飲み込まれるのを待つというのも選択だとは思うんですけどね」

 ため息混じりに、オレはそういった。

「正直、かなり面倒だけど、そこまで頼まれるとこちらとしても断りづらい。

 ただし、こちらに回す前に最低限、これからいうことを学ばせておいてください」

 結局オレは、断り切れずにいくつかの条件を出して、その件を承諾した。

 まあ、カガ神官長をはじめとしたベッデル上層部の機嫌を損ねたら、その後に大変なことになるということがわかっていたからでもあるが。

 オレとしても、ベッデルが滅亡する前に総スカンを食らって死ぬのはご免だった。


 カガ神官長とそんな会話をしてから、二ヶ月あまりが過ぎ去った。

 その間、オレは淡々と従来の仕事を続けている。

 つまり、ユウシャが戦った場所へ赴いて魂を回収し、場合によってはまだ生きていた魔群との戦闘になったり、瀕死の重傷を負ったがまだ命があるユウシャの介錯をしたり。

 客観的に見ればそれなりにスリリングな日々なのかも知れなかったが、オレにとってはこれが日常。

 物心ついて以来、この仕事をはじめてからずっと過ごしてきた、いつもの通りの風景だった。

 そうしていつものように魂を回収してベッデルに帰還し、吸魂管をアイネ神殿に預けてボイネ神殿に帰還の報告をしに行くと、そこでまたカガ神官長に捕まった。

「ユイヒ、例の件。

 どうにかなりそうだぞ」

「例の件?」

 オレは首を捻った。

「なんのことですか?」

 あれ以来音沙汰がなかったこともあり、以前にこのカガ神官長から頼まれたことを、オレはすっかり忘れていた。

「お前に、お前の仕事を仕込む人間を預ける件だよ」

 カガ神官長は、オレの反応に気を悪くした様子もなく、そう続ける。

「転移魔法をはじめ、お前が希望した技術はすべて仕込んでいる」

「ああ、あの件ですか」

 オレは、しぶしぶ頷いた。

「準備ができたのなら、仕方がないですね。

 で、その人たちとはいつ会えます?」

 一度承諾した以上、オレとしてもそれ以上その件について渋ることはできなかった。

 ま、成り行きにまかせるしかないだろうな、と、オレは思う。

 世の中、なるようにしかならないのだ。


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