第13話 無事に帰還したって汚れ仕事が待っている。得してそんなもん。
ユウシャたちが来た世界というのは、どうもかなり豊かであるらしい。
魔群もいないし物も食糧も豊富に出回っている。
貧富の差はあるようだが、最下層の貧民でさえ、場合によっては食うには困らない。
オレが生まれ育ったこことはなにもかもが大違いであり、立場上、ユウシャたちと接触する機会が多いオレはそうした内容を把握していた。
だが、それがどうした?
ユウシャたちのいうことが嘘ではないとしても、オレには関係がないのだ。
オレの居場所はここ一つだけ。
つまり、人間が魔群に脅かされながらもどうにかかろうじて生き延びている、ベッデルの周辺しか、オレは知らない。
あるいはどこか遠くに魔群がまったく出現をせず、人々が安穏の暮らせる地域もあるのかも知れないが、オレたちにはそんな場所の情報は届いていなかった。
魔群を退けつつ徐々に安全圏を拡大して、周囲に生き残っている人々を探して合流する。
それが、オレが生まれる前からベッデルの人々の目的になっていた。
そういう目的を掲げないと、生き延びることすら危うい状況なのだ。
そんな状況が長いこと、それこそオレが生まれる以前からずっと続いていれば、ユウシャの出身地の様子がどうであろうと関心は薄れてくる。
ユウシャたちがいう内容は、オレたちにはあまりにも非現実的で、それこそ夢物語のように思えるのだ。
体を洗った後、オレたちは外に出る。
ロノワ砦の内部ではまだヒトモドキの掃討戦が続いていた。
神官長二人とユウシャたちに率いられた連中が、着実にヒトモドキたちを追い詰めて倒していっている。
道ばたにはヒトモドキと人間の死体が点々と転がっていたが、そのほとんどはヒトモドキのものだった。
それに、人間側にユウシャ以外の戦死者は、ほとんど出ていないようだ。
勝ったな。
と、オレは思う。
ヒトモドキたちは一応人間用の武器も扱えるし、実際、使ってもいたのだが、動きや扱い方がいちいち稚拙で鈍重で、冷静に対処をすれば人間の敵ではなかった。
数からいえば、ヒトモドキたちはオレたちの手引きでロノワ砦に入ってきた連中の数倍ほどいたはずなのだが、いいように分断をされて個別に撃破されている。
同じ武器、たとえば弓矢などを扱う際にも、ヒトモドキが一回射る時間で人間は二回から三回矢を射ることができた。
正面からぶつかれば、多少人間の側が数的に劣勢であってもヒトモドキに遅れを取ることはない。
それに、人間側にももともとこのロノワ砦に住んでいて、オレが回収した魂から再生されたユウシャが数多く混ざっている。
そうした事情もあり、全体的に戦意が高かった。
人間側は次々とヒトモドキたちを駆逐して区画ごとに安全地帯を広げていく。
ロノワ砦の丸一日かけて半分以上の区画を取り戻した後は、少人数で分散して逃げているヒトモドキを丁寧に狩っていく行程に移った。
その頃には大勢の者たちが疲れを感じていたので、交代で休憩に入り、仮眠を取ることになった。
その間、オレはといえば仕事を頼まれることもなかったので、適当に周辺をぶらついて仲間の戦いぶりを観戦していた。
今回のオレの役割は、ベッデルの連中をここまで案内し、四人のユウシャたちをロノワ砦の中に入れたことで終わっている。
その四人のユウシャたちはといえば、今では他の連中に混ざってヒトモドキ狩りに興じていた。
ハジメとミオ、二人の新米ユウシャたちも今回の件で一気に実力をつけたはずだ。
実戦経験とは別に、神々に捧げる供物が多くなればそれだけ強力な秘蹟を受けやすくなる。
すぐに強くなるわけではないのだが、今度死んで復活した時に、それだけ強力な存在になるはずなのだ。
それはユウシャであることの恩恵であり、オレたちこの土地で生まれ育った者はそうした恩恵を受けることはできない。
オレたちがこのロノワ砦を攻略しはじめてから三日目、ようやく砦の内部から完全にヒトモドキを駆逐したという宣言が出された。
隅から隅まで捜索をした上で、ようやく出された宣言になる。
続いて砦の内部に入った者たちは、そのままおびただしい死体を片付ける作業に入る。
ヒトモドキの死体は砦から少し離れた場所に積みあげ、そのまま放置することになった。
人間の死体は、少し前の、この砦がヒトモドキたちに陥落された時のもの含めて、丁重に埋葬された。
ベッデルへも何度か使いが往復し、こちらの状況を逐一伝えている。
今回の遠征は危なげなく推移したので、なにもかもが円滑に動いているように思えた。
駆逐終了宣言が出された直後にアイネ神の信徒たちがアイネ神殿の中を片付け、そのまま死亡したユウシャたちを復活させる儀式をはじめる。
この儀式には十名以上の信徒が長時間の祈祷を捧げる必要があり、手際よく予定を消化しないと今回戦死したユウシャたち全員を復活させる時間も長くかかりすぎるからだ。
それ以外、非戦闘員として連れてこられた連中も、安全になった場所から建物などを修繕して使用可能な状態へと復旧していた。
彼らのほとんどはこれからこのロノワ砦で暮らす予定になっている。
このまま周辺の魔群を順次駆逐していって人間側の生活圏を広げていければいいのだが、将来のことは誰にもわからない。
このロノワ砦だって、実際にヒトモドキどもに占領されるまではそんなことが起きると予想した者はいなかった。
魔群が存在しオレたち人間の生活圏を常時オレたちを脅かしているために、少し先になにが起こるのかまるで予想ができない。
オレの生まれ育ったのは、そんな場所だった。
オレはといえば、完全駆逐宣言が出た直後にロノワ砦を後にして、一人でデッベルへと戻る旅路についた。
このまま居残って生活を続ける連中とは違い、オレにはロノワ砦に残るべき理由がなかったし、なにより、ベッデルにはロノワ砦よりも大勢の人間が残っている。
ベッデルにはユウシャも大勢いたし、オレの仕事としてもベッデルを拠点にしたおいた方が断然都合がいいのだ。
ベッデルは今回の奪回戦の他にもユウシャを派遣する計画をいくつも抱えており、こうしている今もユウシャたちはどこかで戦い続け、傷つき、そしてどこかで倒れているはずだった。
そして、そうした死亡したユウシャの魂を回収できるのは今のところオレ一人しかおらず、あんまりのんびりとしていると仕事が溜まりすぎるおそれもある。
ベッテルとしては、いいや、人類としてはそうした活発に魔群を倒し続け、どうにかして人間が安全に暮らせる地域を押し広げようとしていた。
そして、オレもオレなりのやり方でそうした動きに貢献して、どうにか食いつないでいる。
それがオレの仕事だった。
「ロノワ砦の件ではご苦労だったな」
無事にベッデルに帰還してボイネ神殿に寄ったオレに、カガ神官長がそういった。
「早速だが次の仕事が入っている。
支度が終わり次第、出発してくれ」
「えー」
オレは露骨に不満を漏らした。
「あれだけの大仕事をしたのに、ろくに休みも貰えないんすか?」
「休みたければ休んでもいいぞ」
カガ神官長は、少しも表情を変えずにそういう。
「そのかわり、休んでいる間に仕事が溜まりすぎるがな。
それとも、以前からいっているように、お前の仕事ぶりを誰かに伝授してくれるか?
そうすれば、お前の負担もだいぶ軽くなるはずだが」
「誰かに教えようとしたって、うまくできるとも思えません」
オレは即答をする。
「オレにしかできないコツが多すぎるんです。
第一、オレがこの仕事をはじめる前から吸魂管はあったんだ。
その頃はその頃で、うまくやっていたんでしょ?」
「うまくやっていたというか、情勢が悪くなったら吸魂管を仲間に託して無理にでも逃がしんだ」
カガ神官長はオレの問いに答える。
「無論、常に成功するとはいかなかったし、全滅をすれば改めて魂を回収するための部隊を編成して同じ場所に派遣しなければならない。
お前のやり方よりも無駄が多いし、なによりも確実ではない。
結局、魂を回収できなかったパターンも多かった」
ユウシャが死亡した場所を特定できなければ、吸魂管を魂を回収することもできない。
派遣した部隊が全滅をした場合、多くのユウシャたちの魂はそのまま回収不能になったのだろう。
そしてそれは、今のベッデルにしてみれば、かなり大きな損失といえた。
何度でも生き返る兵士、ユウシャの利用価値は、ここではかなり大きい。
魂の回収率がさがるのは、ベッデルにとっても死活問題といえた。
だからこそ、オレの利用価値も高まるわけだが。
「前にお前の後をつけさせたことがあるんだがな」
カガ神官長はいった。
「すぐに見失って後を追うことができなかった」
「でしょうね」
オレは頷く。
「一人で動くときは、転移魔法を使いますから」
転移魔法は万能ではない。
一日に一度しか使えないし、大きな荷物も運べない。
なにより、移動可能な距離がかなり限定されているので、使いどころが難しかった。
だが、オレは、単独行動をする際に近道をするためによく使う。
そんなオレを尾行しようとするのは、かなり無謀な試みに思えた。
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