第12話 厳しく危険な汚れ仕事。
「え?」
ミオが驚いた顔をした。
「あの、この後支援しなくてもいいんですか?
トリイさんなんか、今での頑張っているのに」
「大丈夫でしょ」
若干疲れた表情で、シライが物憂げにいった。
「トリイだけではなく、神官長二人に他のユウシャも大勢来ているんだから。
ここまで来たら、わたしらなんかいてもいなくてもたいして変わらない」
ミオは、探るような目つきをオレに向ける。
「大丈夫なんじゃないかな」
即座にオレはそういっておいた。
「トリイはユウシャとしては弱い方だけど、適切な支援さえあれば戦えるやつだし」
以前、オレが殺さなくてはならなくなった時のことを考えても、トリイの秘蹟は本体から孤立すると途端に弱体化する性質があると、そう考えるべきなのだ。
あれだけの巨体で、防御力は生身のままだもんな。
と、オレはトリイの巨体を見上げながらそう思う。
全裸で巨人と化したトリイは、全身のそこここから血を流していた。
あれだけの図体であるから、敵から見てもいい的のはずだ。
つまり、今のように周囲に大勢の味方がいる状態では、
「心配する必要もないと思うけど」
と、オレはミオにオレが考える結論を告げる。
「そう、ですか」
ミオは、それでも納得できないのか、まだ不満そうな顔をしている。
「真面目だなあ、カトウちゃんは」
シライがいった。
「戦いはこれからもずっと続くし、常時緊張していたそれこそ身が保たないって。
休める時には休まなきゃ」
「そうですか」
ミオは、不承不詳、という感じだったが、頷いてくれた。
「で、体を洗える場所は?」
シライは、オレの方に顔を向けてそういう。
「こっち」
オレは先に立って歩き出す。
この中でロノワ砦の内部に詳しいのは、オレだけなのだ。
しばらく所在なげな表情で突っ立っていたハジメも、オレたちのあとをついてきた。
「ここね」
オレはシライと新米ユウシャ二人を案内する。
「こんな場合だからお湯までは用意できないけど、下水に浸かった体を洗うことはできる。
あ、ハジメはこっちを使って」
ハジメにだけを別室へと促して、それ以外の三人で同じ浴室に入ろうとする。
「ちょっと!」
するとミオが、オレの腕を取って制止した。
「なにさりげなくいっしょに来ようとしているの!」
「え?」
と、オレは首を傾げた。
「なにか問題があるのか?」
「なにか問題って」
ミオは、信じられない物を見る目でオレの顔を凝視する。
「ユイヒ、あんた、男の子でしょ!」
シライが、弾かれたように笑い声をあげはじめた。
ハジメは、落ち着きなく左右を見渡している。
「いや、ミオ」
ようやく笑い声を止めたシライが、手のひらで口を押さえながら、そういった。
「普段からこんな汚いなりをしているから勘違いをするのも無理ないけど、ユイヒ、女の子だから」
「ええ!」
ミオだけではなく、ハジメまでもが驚きの声をあげる。
「女で悪かったな」
オレは、不機嫌な声を出した。
「汚れた格好でいることが多いのは、その方が町の外で敵に見つかりにくいからだ」
その後、オレは浴室で服を脱いで自分が女性であることをミオに証明する。
性別としてはともかく、オレの年齢では体型的にも女らしい部分がほとんどないので、外見だけで判別することは難しいのだが。
「ずいぶん痩せている」
オレの裸体を一瞥して、ミオはそういった。
「ユイヒ、あんた今何歳?」
「十四歳、かな?」
オレは首を傾げた。
「おそらくは、そんなもん」
ユウシャの世界では誕生日とやらを祝う風習があるそうだが、こちらにはそんな物はない。
さらにいえば、常時魔群の来襲に対抗をする必要に迫られているため、暦の管理もいい加減だった。
「栄養状態がよくないのも関係している」
シライが、そんな風にいう。
「こちらでは、ユウシャとか魔群と戦うやつらから優先的に食糧を回されるから」
オレだって食う物に困っていなかったら、魂の回収業なんて仕事には手を染めなかっただろう。
「ユウシャたちが来たところでは、食う物に困ることはなかったのか?」
オレはそう訊ねてみる。
「うん、まあ。
基本的には」
シライが頷いた。
「まったくそういう人がいないってわけでもなかったけど、どちらかというとそこまで困窮している人は例外だったかな。
特に子どもは、優先的に保護される制度があったはずだし」
「そうか」
オレは本心からそういった。
「それは、いい場所だ」
オレも、そんな場所に生まれたかった。
ガキが食糧の心配をしないでいい場所に。
「まあ、それはそれでいいとして」
ミオが、なぜか背後から両腕を回してオレの肩を抱きすくめる。
「今はしっかりと体を洗わないとね」
それ以降、オレの抗議はまるっきり無視をされた。
オレたちが体を洗っている間にも、外からは魔群と人間が戦う物音が響いて来る。
「外、順調なんですかね?」
「援護を要請されていないってことは、問題ないんだろう」
ミオが訊ねると、シライが即答をする。
「今回は神官長が二人も来ているんだ。
多少数が多くてもヒトモドキなんかには遅れを取ることはないさ」
今外で展開しているのは、そのヒトモドキを一匹残さず駆逐する掃討戦だ。
ヒトモドキは魔群の中ではしぶといといえるが、神官長とユウシャたちに率いられている今回はそんなに苦戦することもないだろう。
先兵として砦の門を内側から開いたオレたちの働きが、一番危険な役割だったともいえる。
砦の防衛力に守られていないヒトモドキなど、オレたちの敵ではないのだ。
「外から別に援軍か来る可能性は、ない?」
さらにミオが、そう訊ねてくる。
「可能性はあるけど」
これについても、シライが即答をした。
「仮にそうなったら、神官長たちが小躍りして喜ぶだけだろうな。
あの二人が前線に出てくるのも、ひさしぶりだから」
神官長ともなれば、普段は奥まった場所にいて責任のある判断を任されているわけで。
その神官長が二人も出陣したということからも、このロノワ砦の奪還をベッデルの人間が重視していることがわかった。
今となっては、数少ない人類の拠点なのである。
体と衣服を洗い、その服はきつく絞っただけでそのまま身につけるしかなかった。
冷たいし不快だが、すぐに体温で乾くだろう。
それに、下水に浸かったままの状態でいるよりは、そうする方がよほどよかった。
「お前、本当に女だったんだな」
浴室の外で待っていたハジメが、オレの顔を見るなり全身をなめ回すように見て、そういった。
「女で悪かったな」
オレは不機嫌な声を出す。
そもそも、オレが女でも男でもどうでもいいじゃないか。
「いや、悪くはない」
ハジメはいった。
「普段からもう少し身ぎれいにしておけよ。
素材自体は悪くないんだから」
「そんな余裕も必要もない」
オレはぶっきらぼうな声でいった。
「だいいち、そんなに着飾った状態で町の外に出たたりしら、危なくて仕方がない」
仕事の性質上、オレは単独で町の外に出ることが多い。
そんな時に動きにくい服装や目立つ服装をするわけにはいかないのだ。
適度に周囲の風景に溶け込むような、つまりは汚れた服装で居続けるのがオレの仕事で長く生きる秘訣だった。
「厳しい仕事なんだな」
ハジメはオレの説明に頷く。
「他に同じ仕事をしているやつはいないのか?」
「いないな」
オレはいった。
「オレがこの仕事をする前は、ユウシャの魂を回収するだけのためにそれなりの人数を揃えて遠征していたらしい」
「じゃあ、他にその仕事をしている人いないの?」
今度は、ミオが確認をしてくる。
「いないな」
オレは即答した。
「ベッデルの外の事情については、知らないけど」
「ベッデルの外って、そもそも他に生存者がいるのかどうかも確認できていないってことでしょ?」
ミオはそういって軽く顔をしかめた。
「そんなの、最初から勘定に入れない」
「では、オレだけだ」
オレは断言をする。
「そもそも単独で町の外に出ようとするのは、オレだけだし」
「危険だな」
ハジメがいった。
「それ、自分でやろうって思ったのか?」
「逆に誰かに強制されたら、絶対にやろうとは思わない」
オレは即答をする。
「オレの場合、そうすることが一番楽に食糧を貰える方法だったんだ。
それに、オレならそれができるとも思っていたし、実際にやってみたら成功した」
「誰も止めなかったの?」
「なんで止める必要が?」
ミオに訊かれたので、即座にオレは訊き返す。
「オレ以外にうまくやれるやつなんて、どこにもいないんだぞ?
それに、オレがこの仕事やらなければ、何十人って人間がその仕事のために拘束される。
効率とか考えたら、オレに仕事を止めようとするやつなんか出てこない」
「ここの環境は、とても厳しいんだ」
シライが、新米ユウシャ二人にいった。
「おそらく、二人が漠然と想像をしているよりは、ずっと。
なにせここの人類は、絶滅寸前なんだから」
そんな状況下では、オレのようなガキの働きを当てにするのも仕方がない。
シライは、どうやらそういいたいようだった。
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