第11話 先行先鋒強行突破。慣れない仕事も面子次第でまず危なげなく。
泥人形ことヒトモドキは人間を醜悪に戯画化したような魔だった。
両手両足、つまり、二本の腕と足を持ち、遠目には人間に似ているようにも見えるのだが、近づいてみると不細工な泥の塊にしか見えない。
幼児が作った稚拙な粘土細工が、等身大の人間とほぼ同じ大きさでもたもと動き回っている。
見た目的には滑稽もいいところだが、そんななりでも人間と同じ行動が可能で、実際、人間の行動まで真似することが多い。
こうしている今も、暗闇の中で何人かのヒトモドキが門の内側に集まっているのが見えた。
どこまで理解をして動いているのか不明だが、いやそれ以前にやつらに通常の意味での思考能力があるのかどうかさえ不明であったが、それでもヒトモドキたちは実際に人間の真似をして、立哨のような配置で立っている。
「あれ、強いの?」
物陰からその様子を見たハジメが小声で訊ねる。
「強くはないが、倒しにくい」
トリイが早口に即答をする。
「見た通り、粘土があの形をして動いているようなやつらだからな。
生物が相手だと急所を突けば殺すことができるんだが、あれは駄目だ。
半端に叩いたり切ったりしても、すぐに元に戻る」
「さすがは異世界」
ハジメは、顔をしかめた。
「で、どうやれば倒せるんです」
「バラバラにするのが確実かな」
トリイはいった。
「それと、乾燥にも弱い。
炎とか熱の秘蹟持ちがいれば楽勝なんだが」
「ここにはいないんだから仕方がない」
シライがいった。
「それで、どうする?
門の上にたっているやつらはわたしとユイヒで引きつけておけると思うけど」
「じゃあ、おれが地上のやつらを引きつけておくから、新人の二人は門の周辺が手薄になったらかんぬきを外してくれ」
そういいながら、トリイは服を脱ぎはじめる。
「え?」
ミオが目を見開いて手のひらで口を覆った。
「な、なに?
いきなり、こんなところで」
「おれがやつらを引きつける」
そんなミオには構わず、トリイがいった。
「それでいいな?」
「ってか、それしかないでしょう」
シライが素っ気なく平手を振った。
「わたしも上に登るから、さっさとはじめちゃいな」
「おおさっ!」
服を脱ぎ捨てて全裸になったトリイは、そのまま道の真ん中に出て大きな声を張りあげる。
「おらー!
ヒトモドキども!
おれはここにいるぞぉー!」
「なにやってんですか、あれは」
ハジメも目を丸くして、その様子を見ていた。
「もうしばらく見てればわかる」
オレはいう。
「やつの秘蹟は、ちょっと特殊でな」
トリイの大声に反応して、ヒトモドキどもがわらわらと集まってきた。
む。
と、オレは驚く。
想定していたよりも、数が多いような。
「わはははは!」
トリイは笑いながら、近寄ってくるヒトモドキを殴ったり蹴ったりしている。
しかし、寄ってきたヒトモドキどもの囲まれて、あっという間に姿が見えなくなった。
「……いいの、あのままで」
ミオが、そちらの方を指さしておれに訊ねる。
「いいの」
オレは答えた。
「ほれ、みてな。
はじまった」
押し寄せたヒトモドキの中に姿を隠していたトリイは、いくらもしないうちに姿を現す。
まずは腕が、次に両脚が素早く動いて次々とヒトモドキを粉砕していった。
粉砕。
文字通り、ヒトモドキの体を近寄ってきた者から順番に、叩き潰して吹っ飛ばしているのだ。
「ええ?」
ハジメが、目を剥いた。
「あれ……大きくなってない?」
「体を巨大化させるのが、トリイが授かった秘蹟だ」
オレはいった。
「専用の防具なんかあつらえられるだけの余裕がないから、なりがでかくなっただけではあんまり優位には立てないけど。
それでも、今回のように敵の注意を引きつける必要がある時なんかは、便利ではあるな」
「それじゃあ、ユイヒ」
シライがいった。
「わたし、上の連中をかたしてくるから。
あんたはここで新人たちを守ってて」
「おい!」
シライが闇に紛れて姿を消した方向に、おれは声をかけた。
「一人で大丈夫なのか?」
「ヒトモドキが相手なら、十分」
少し遠くから、シライの声が聞こえてくる。
「無理はしないし、なにか想定外のことがあったら逃げるから心配しないで」
「しゃあねえなあ」
オレは呟く。
ふとトリイの方を見ると、すでに背の高さが周囲の建物ほどにもなっており、豪快に集まってきたヒトモドキどもをまとめて踏み潰したり蹴りとばしたりしていた。
もともと頭がよろしくないヒトモドキどもは、意図的に大きな物音を立てているトリイの方にばかり集まって、その他の部分が手薄になっている。
門の周辺からも、すっかりヒトモドキの姿が消えていた。
「行くぞ」
オレは新人二人にそういって、門の方へと進む。
「あそこを開けて味方を中に入れれば、オレたちの仕事は終わりだ」
この分だと、特に問題もなく無事に終わりそうだった。
オレが歩き出すと、ハジメとミオも慌ててそれに続く。
「門を開いたら、味方がこっちに来るまでそこを死守する形になる」
オレは二人にそう告げる。
「新米とはいえ、戦士と回復師が揃っているんだから、守りに徹すればそんなに難しくはないはずだ」
あくまで、ヒトモドキを相手にした場合、だったが。
下手に知恵の回るジバシリやゴンスどもが相手だったら、ここまで簡単にはことが運ばない。
「わははははは!」
巨大化したトリイは、全裸のまま哄笑をあげながらヒトモドキを蹴散らしている。
門の上からそのトリイを狙撃する様子もないということは、シライの方もうまく仕事をこなしているなだろう。
オレたち三人は妨害にあうこともなく門にとりつき、三人で力を合わせて巨大なかんぬきを外した。
そのまま二手に分かれて、分厚い扉を左右に開く。
「こっちに気づいたやつらがいる!」
光源に乏しい向こうの方に視線をやって、ハジメが叫んだ。
「こっちに来る!」
「そんなに数はいない」
オレは静かな声で指摘をした。
「門の方はいいから、寄ってくるやつらを始末してくれ。
スケルトンを相手にした時みたいに頑張ってくれればいい」
「簡単にいってくれる!」
そういいながらも、ハジメは剣を抜いて構えていた。
「ミオはハジメの援護を頼む」
オレは、ランタンの灯りを大きく回して少し離れた場所に潜伏しているはずの味方に合図を送った。
「味方がすぐにここに来るはずだから、ごく短い間だけここを守り切れればそれでいい」
「ハジメが沈まないようしすればいいんですね?」
ミオは、杖を構えてオレに確認してきた。
「ああ」
オレは一人で門をさらに押し広げながら、いった。
「やつら、ヒトモドキどもは強くはないが弱いわけでもない。
人間と同じ武器を使うから、それがまともに当たれば普通に傷を負う」
そうした時に、ハジメを回復して時間を稼ぐのが回復師であるミオの仕事になる。
「やってみます!」
気丈にも、ミオはそう返答した。
「突破されたら、こちらの身も危うくなりますから!」
「頼むよ」
オレはそう返す。
「なり立てといっても、かすり傷くらいは治せるはずだ」
ハジメはあれで、スケルトンの集団を単身で破壊し尽くしている。
いきなり重傷を負うようなへまはしないだろうし、そうであればミオの援護は心強いはずった。
「トリイさんの支援はいらないんですか?」
杖を構えながら、ミオはそう確認をしてきた。
「なんか、あちこちから血を流しているようですけど」
「まあ、大丈夫だろう」
オレは、無責任にそういい放つ。
「トリイもあれで、もう長くユウシャしているし。
自分の面倒は自分で見るさ」
ヒトモドキたちは武装しているし、今のトリイも体が大きくなっているとはいえ、防御力が増しているわけでもない。
攻撃が直撃すればそれなりに傷つくのだが、今のトリイだと多少出血しても全身の血液量も倍増しているのであまり深刻なことにはならない。
あの巨体だと細かい攻撃を全部避けようとする方がむしろ困難であり、さらにいえば今回の役割としては味方がこの門に到着するまでヒトモドキどもの注意を引きつけてくれさえすればそれでいいのだ。
こうした時、死んでも生き返ることが可能なユウシャという存在は、戦略的な判断であえて無茶をすることもできる。
「待たせたな」
いくらもしないうちに、スズキ神官長とコレエダ神官長が、それぞれオイネ神の信徒とクイネ神の信徒を引き連れて門に到着した。
「状況は、見ての通りです」
オレはスズキ神官長に説明をした。
「とりあえず門の周辺は、確保できています」
「上等だ」
コレエダ神官長が頷きながらそういった。
「周囲の制圧と、それにロノワ砦全体の奪回はわたしたちでどうにかする。
先行組はもう休んでいいぞ」
「今のところ、ヒトモドキ以外の魔群は見かけていないんだよな?」
スズキ神官長が、オレにそう問いかけた。
「今のところは」
オレは、その言葉に頷く。
「別のところに伏兵がいる可能性もありますが」
これまで、オレたちが確認できたのはロノワ砦全体から見ればごく限られた地域でしかない。
「援軍、ついたね?」
いつの間にか、オレのすぐうしろに姿を現したシライが確認してきた。
「じゃあ、体を洗いに行こう。
下水を通ってきたから体中、ベトベト」
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