第10話 死にたがりの神官長より始末に悪い物はない。
主要な戦闘要員が集められ、そうでない者は非戦闘員たちの護衛をして貰うことになった。
「というわけで」
一通りの状況を説明し終えた後、スズキ神官長がいう。
「これからあのロノワ砦を、ここにいる者だけで攻略することになった」
盛大に、不平の声があがる。
「簡単にいってくれますけどね!」
ユウシャのトリイが、大きな声で指摘をする。
「あのロノワ砦を、なんの準備もなしにこの人数だけでどうしようっていうんですか!
ヒトモドキっていったら、人間が出来る動作はおおよそ真似できるんですよ!」
人間が扱える武器は同じくらい巧み扱えるし、それに砦の防衛についても、その「人真似」で十分に可能なはずだった。
「しかもあいつら、なにを食って生きているのか不明なんでしょ?」
別の人間が、そうぼやく。
「兵糧攻めもできやしない」
「そもそも、そんな悠長な真似をしている余裕はないな」
スズキ神官長がいった。
「われわれの食糧自体が底をつきかけている。
後数日中にロノワ砦の中に入らないと、われわれが餓死するだけだ」
「具体的な攻略法は考えているんですか?」
別のユウシャがいった。
「相手がヒトモドキでは、スズキ神官長の秘蹟は通用しないと思いますが」
「まあ、おれの毒の秘蹟は効かないわなあ」
スズキ神官長はその言葉に頷いた。
「ヒトモドキはどうやら、生物ではないようだし。
少なくとも、呼吸はしていないようだし」
毒のブレス。
それが、スズキ神官長がこれまでの道中で来襲してきた魔群の多くを撃退した秘蹟の名だった。
スズキ神官長がこの秘蹟を使うと、少なくとも相手が生物の魔群でありさえすれば、一気に殲滅することが出来る。
風向きのことも考えないと、味方が道連れになる厄介に面もあったが、一度に多数の魔群を相手にする時、この秘蹟ほど頼りになる物もなかった。
「では、どうしろと?」
「一体一体、地道に潰していくしかかろう」
スズキ神官長はいった。
「多少、疲れることになるがな」
そういわれた専戦闘要員三十名は、なんともいえない表情でお互いの顔を見合わせる。
「あの砦には、目一杯ヒトモドキが詰めているわけですよね」
「そういうことらしいな」
「こっちは、まともに戦えるのは三十人くらいですよ!」
「そのかわり、そのうちの半分くらいはユウシャだ」
スズキ神官長は、そう指摘をする。
「ユウシャである以上、これくらいの危難は乗り越えてしかるべき。
そうだろう?」
「そんな!」
集まった戦闘員たちは、にわかに騒がしくなる。
「戦力比がどれくらい開いていると思っているんだ!」
「相手は人間よりも倒しにくいヒトモドキだぞ!」
「無謀だ!」
「だまらっしゃい!」
ひとしきり騒いだ後、それまで様子を見ていたコレエダ神官長が一喝をした。
「無謀だろうが無茶だろうが、やるっていったらやるの!
もう後がないし、失敗したらすべてが終わり!
わたしたちもおしまいだし、ベッデルもそう長くはない!
わたしたちがまだ生きているってこと自体がかなり大きな奇跡だってことを思い出しなさい!」
コレエダ神官長が叫び終えると、その場は静まりかえる。
認めたくはないが、ごく最近に自害して復活した、つまり若返ったコレエダ神官長は、かなり美人だった。
長身の美人が頬を紅潮させ大声を出す様子は得体の知れない迫力があり、その場にいた全員がその迫力に飲まれた形だ。
それに、コレエダ神官長が口にした内容も、紛れもない事実なのである。
おれたちには、もう後がない。
無理だろうが無謀だろうが、目の前の難問を突破しないと、そもそも未来がない。
その事実は、動かせないのであった。
「だからといって、無駄死にはご免だぜ」
ユウシャのトリイが、オレの死ぬ限り一番多く死んでいるユウシャのトリイが、立ちあがってそういった。
「ユウシャだって一度死んだら復活するまで数日単位の時間が必要になる。
ただでさえ手不足だっていうのに、ほいほい死んでもいられない」
「お前がいうと説得力があるな」
スズキ神官長がいった。
「無論、作戦はある。
ユイヒ、ここに来てくれ!」
ここで唐突に、スズキ神官長はオレを名指しで呼んだ。
「いやだなあ」
立ちあがりながら、オレはそうこぼす。
「道案内だけっていわれたのに」
「そう面倒くさがるな」
スズキ神官長は仏頂面でそんな風にいう。
「さっきもいった通り、出し惜しみをしていられるほど、おれたちには余裕がない」
「成功したらキスしてあげるわ」
コレエダ神官長が、そういった。
「いらねーよ!」
即座に、オレはそう返す。
「で、今度は、オレになにをやらせようっていうんだ?」
「何人かユウシャを連れて砦の中に入ってくれ」
スズキ神官長は、ことなげな口調でとんでもない要求を口にする。
「それで、どこかの門を中から開けて貰う」
「開いた口が塞がらないってやつだ」
オレは即答した。
「無謀な思いつきもたいがいにしろって!
失敗する確率、どれだけ多いと思ってんだよ!」
「だが、真面目になの策もなしに正面からあの砦を攻めるよりは、遙かにいい」
スズキ神官長はむっつりとした真面目な表情を崩さずにそういった。
「なにより、お前さんは何度かこのロノワ砦の中に入ったことがある。
中の様子に通じている人間は、この中にはお前さん以外にいないんだ」
しぶしぶに、ではあるが、オレはその危険な役割を引き受けるしかなかった。
何名か連れていってもいい、というので、オレはトリイとハジメとミオ、それに先にロノワ砦に潜入して様子を見てきたという、シライという女のユウシャを指名した。
あまり大人数でいっても潜入が失敗に終わる可能性が高くなるだけだたし、それにこの四人ならば万が一失敗しても、戦力としてあまり惜しくはない、はずだった。
あくまでオレが知る限り、ではあったが、この四人はユウシャの中でかなり戦闘能力が低い連中になる。
「それで、どうしますか?」
この四人とオレ自身を含めた五人で、早速打ち合わせを開始する。
「どうするなにも」
オレはいった。
「まずはこの五人で、砦の中に入るしかないだろう」
具体的な方法は、オレは考えていなかった。
先に潜入した経験があるシライがいるのだ。
このシライの前例に倣えば、中に入ること自体はなんとかできるだろう。
「シライさんは、どうやってあの中に入ったんですか?」
ミオが訊ねる。
シライは、黙って地面を指さす。
「下?」
ハジメが、首を傾げた。
「いや、地下、か。
地下に抜け道とかあるの?」
「抜け道ではなく、下水道が」
シライは、神妙な表情で答える。
「あまり愉快な経験ではないけど」
他にいい思案も思いつかなかったので、オレたちはシライの先導に従ってその下水道を通ることにした。
シライの生業は斥候で、つまりは自分の体臭を消す秘蹟を持っている。
だからまだましなのだが、シライ以外の四人は汚水にどっぷりと体を浸し、なんとも不潔な潜入行ということにある。
「病気になったりしないでしょうね、これ?」
「そのまま放置すりゃ、なりかねんな」
ミオとトリイとが、小声でそんなやり取りをしている。
「後で消毒でも頼むぜ、回復師さんよ!」
「まだそんな秘蹟は授かってないし!」
ミオはいった。
「小さな切り傷を治すくらいしかできないよ!」
「上等」
先頭のシライが、小さく頷いたようだ。
「ここを抜けたら、おそらく戦闘になる。
中からかんぬきを外して、味方が中に入ってくるまではわたしたちだけでヒトモドキの相手をしなければならない。
新米だろうと多少頼りなかろうと、回復師はいてくれた方がいい」
「ま、多少は長持ちするだろうな」
トリイがいった。
「そこから先は、時間勝負。
味方が中に入るのが先か、おれたちが全滅するのが先か」
「オレまでその全滅の仲間に入れないでくれよ」
オレは、抗議の声をあげた。
「あんた方ユウシャと違って、オレは死んだらおしまいなんだ」
「わかっているさ」
トリイが、そう応じる。
「いざってときは、お前だけでも逃げろ。
もちろん、全員が無事なままで切り抜けるのが、一番いいんだが」
肩まで汚水に浸かりながらじりじりと前進し、ついに目的地に到着をする。
「ここ」
そういって、シライが上を指さした。
「この上の蓋を持ちあげると、下水の点検口になる。
普段から人が入らない場所みたいだし、出てすぐの場所にはヒトモドキもいないと思う」
前回、このシライが潜入をした時も、この点検口を通過したのだろう。
「すぐにいこう」
オレはそういって、両腕を掲げてその蓋を持ちあげようとする。
シライも、オレと同じように出入り口を塞ぐ蓋を持ちあげはじめた。
他の連中が手伝ってくれなかったのは、真っ暗でまるでなにも見えていなかったからだ。
盗賊のオレと斥候のシライとは、多少の差こそあれ夜目が効くのだが、他の連中にはそんな恩恵がない。
シライと二人でどうにか蓋を持ちあげて、他の連中といっしょに下水道から這い出る。
下水道から出て来ても、明るさという点ではあまり変わりはない。
下水道へ通じる点検口は、どうやら締め切った小屋の中にあったらしい。
シライが動く前に、オレはこの小屋の扉に直行して、その鍵を針金で開けた。
これもまた、盗賊であれば誰でも心得ている技だった。
オレはその後、薄く扉を開いて外の様子を確認してから、大きく扉を開く。
まだ真夜中といってもいい時刻であり、外は真っ暗で出歩いているヒトモドキの姿も見えなかった。
ヒトモドキは、基本的に人間の生活パターン通りに動く。
夜になれば自分の住処に戻って、寝床で寝ているのだ。
つまり、この砦を守る不寝番の当番兵以外は、ということだが。
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