第9話 危険だからといって、四六時中緊張しているわけでもない。
ユウシャとそこそこ戦える人間が三十名。
それ以外の農夫や職人、アイネ神の信徒などの非戦闘民が八十名。
それと、二十匹ほどの羊。
たかが羊というなかれ、今となっては食糧や繊維を供給してくれる貴重な生きた資産だ。
ベッデル全体の人口と比較すればたいした人数ではなかったのかも知れないが、内訳を見る限りこの遠征は明らかにロノワ砦への移住を見越して人員を選んでいた。
ただ、魔群といつ遭遇するのか予想がつかない道中に、いきなりこれだけ大勢の非戦闘員たちを連れて行くのは、リスクとして大き過ぎるような気もする。
敵の襲撃に遭った時、全員の安全を守ろうとすると明らかに火力が足りない。
「かといって、何回かに分けてもリスクが少なくなるわけでもないですよ」
オイネ神殿のスズキ神官長は、そういう。
「コレエダさんとわたしとがそろっていれば、大抵の敵は撃退できるでしょう」
そりゃあ、七柱の神殿から最強神官長が二人出張ってくれば、たいていの魔群を倒すことは可能だと思う。
しかしそれと、非戦闘員たちを守るという目的は必ずしも合致しない。
自分の身を守る術を持たない人間にとって一番怖いのは、神官長クラスがわざわざ相手をするような強敵ではなく、なんてことがない雑魚っぽい連中の方なのだ。
こうした雑魚っぽい連中は得して群れをなして襲ってくる傾向があり、いくら神官長たちが強いといってもそのすべてを短時間で片付けることはなかなか難しい。
多分。
と、オレは思う。
何割かが損耗をすることも折り込んだ上で、今回の計画は立案されたのだろうな。
多生の犠牲が出るにしても、一度全滅したロノワ砦を取り戻して定住者をそこに住まわせることの方が重要なのだ。
オレたち、今の人類全員にとって。
人類の拠点がベッデルだけでは心許ないし、それに、今回のロノワ砦のように、なにかも拍子に全滅しないとも限らない。
ロノワ砦とベッテルの町、その両方に一定数の人間が居住していれば、その両方が全滅をする確率はいくらか減る。
今回、アイネ神の信徒たちがかなり同行しているのも、ロノワ砦でユウシャが復活できるようになれば、そこを魔群と戦うための拠点にできるからだった。
死んでも復活が可能なユウシャは、戦力として貴重だった。
この遠征が成功して、ロノワ砦に一定数の定住者が住むようになれば、他の神殿からも信徒が移住をしてベッデルと同じように大勢の人が暮らせるようになるだろう。
そうなることを、目的とした遠征なのだ。
「ねえ」
ベッデルを出て半日ほど進んだ頃、いつの間にかオレのそばまでやって来たミオが訊ねてきた。
「ユウシャや神官長って、強いの?」
「強いな」
オレは即答する。
「あのトリイなんかもユウシャの中ではかなり弱い方なんだが、それでもオレよりは遙かに強い」
実戦をくぐり抜けることによって得られる知見と、復活するたび付加されるなんらかの秘蹟。
されにいえば、死んでも生き返ることを実感することによる、安心感など。
それらの要素が、ユウシャを通所の人間よりもずっと強くしていた。
「そう」
ミオは、神妙な表情で頷いた。
「それでユイヒ。
あなたはなにを心配しているの?」
「……そう、見えるのか?」
オレは確認する。
「外には出さないようにしていることはわかるけど」
ミオは説明をする。
「表情は変えなくても、周囲をキョロキョロ見過ぎ。
最初にあった時よりも、よほど警戒している。
それに他の人たちも、しっかりとした装備を持っている人ほど緊張しているように見える。
あの人たちって、ユウシャと神官の人たちでしょ?」
「ふむ」
オレは感心する。
「ミオは、意外に頭が回るんだな」
「茶化さないで」
ミオはいった。
「危険ならば危険って、はっきりいって欲しい。
心構えができるから」
「魔群の襲撃を受ける確率でいったら、そんなに危険でもない」
オレはいった。
「最初に会った時の方が、夜間行動をしていた分、今よりもよほど危険だった」
「じゃあ、なにを怖がっているの?」
「決まっている」
オレは答える。
「他のやつらが死んでいくのが怖い。
ユウシャとは違い、普通の人間は死んだらそれっきりだからな」
この感覚は、ユウシャたちに説明をしてもなかなか理解して貰えないだろう。
特にこのミオなどは、ユウシャになったばかりでその実感も薄い。
案の定、ミオはオレの返答に満足した様子はなく、いぶかしげに首を傾げるだけだった。
遠征部隊の進行速度はお世辞にも迅速、とはいえなかった。
道のほどんどは雑草などで埋め尽くされていて野に帰っていたし、内部の人員もほとんどがそうした不整地を歩いた経験がない素人ばかりだ。
おまけに羊まで連れている。
オレが一日で走破する道のりを二倍から三倍ののろのろとした遅さで行進することになる。
仕方がないといえば、仕方がないのだが。
たまに魔群の襲撃を受け、それを撃退しながらの道行きだから、なおさら進行速度は鈍る。
新米ユウシャであるハジメも、その撃退戦で何体かの魔群を倒したようだった。
純粋に戦力としてみると、新米ユウシャにしてはたいしたものだと思う。
大方のユウシャたちは、特に召喚されたばかりの時期はしばらく使い物にならないことの方が多い。
その最初の段階で自ら戦闘に適性なしと判断をして、ベッデルに引きこもる支援職を選ぶユウシャも多かった。
ハジメもだが、まださほど強い秘蹟を起こせるわけでもないのに自発的に負傷者の手当をして回っているミオも含めて、最初から自発的に動くユウシャは、実は珍しかった。
あるいは。
と、オレは思う。
二人とも、まだここの現実を実感できていないだけなのかも知れないが。
とにかく、途中に何度か魔群の襲撃はあった物の、コレエダとスズキ、二人の神官長が揃っていたのであっけなく返り討ちにして襲撃してきた魔群を全滅させることが出来た。
この二人は、広範囲に効果を与える破壊、殲滅の秘蹟を行使出来る。
他のユウシャたちは、辛くも逃げ延びた魔群を個別に攻撃して行くだけでよかった。
この神官長たちが揃って同行していたことで、この遠征部隊に配属された非戦闘員たちもかなり安心できたはずだ。
ただ、実戦を知る人間ほど、今回のように特定個人の能力に異存をしている集団の脆さを危ぶんでもいた。
そんな風にしてしばらく何日か平原を歩き続け、ヤッシャの森に入り、進行速度はさらに遅くなりながらもオレたちはさらに進んだ。
ヤッシャの森に入ってから、ユウシャとユウシャでない者が何人か、それに羊数匹が魔群の不意打ちを受けて犠牲となった。
そんな災難に襲われながらオレたち遠征部隊は来襲する魔族を撃退しながら、粛々と進み続ける。
十日以上も延々と歩き続けていると犠牲や魔族などよりも早く目的に着きたいという気持ちが強くなるもんだ。
ヤッシャの森に入ってからさらに数日を進み、オレたちはようやく目的地であるロノワ砦に到着する。
「泥人形どもが住み着いています」
斥候として一足先にロノワ砦の様子を見て帰って来たユウシャが、そう報告をした。
「泥人形?」
コレエダ神官長は眉根を寄せる。
「ヒトモドキのこと?」
ヒトモドキは、比較的凶暴ではない魔群の一種だ。
凶暴ではない、といっても、見境なく人間を襲ったりしない、というだけのことであり、それなりに始末が悪い存在ではあるのだが。
「厄介だな」
スズキ神官長が思案顔になる。
「あれは、あれの行動を邪魔すると、襲ってくるのだったか」
ヒトモドキは、その名の通り、人間の習慣を真似る性質がある。
ロノワ砦のように人間が不在となった村や集落にどこからともなく沸いてきて、残っている家に寝泊まりをし、夜が明ければ外に働きに出る。
本当に働いているわけではなく、あくまでその真似をしているだけのなのが。
そして、そうした泥人形たちの営為を邪魔しようとすると、途端に強硬に抵抗しはじめる。
この最後の性質さえなければ、ヒトモドキもそこまでたちの悪い魔族でもないのだが。
「それで、数は?」
コレエダ神官長が斥候に確認をした。
「把握できませんでした」
斥候のユウシャは答える。
「つまり、数え切れないほど多いわけで。
ロノワ砦の中はほとんどヒトモドキどもで溢れかえっています」
「つまり、あれだな」
スズキ神官長はゆっくりとした口調でそういって頷く。
「おれたちはこれから、ロノワ砦を外から攻略しなけりゃならんわけだ。
役割としては、おれたちの方が侵略者になるわけだな」
「あのロノワ砦を、ですか?」
斥候のユウシャが引きつった笑みを浮かべた。
「難攻不落、とまではいいませんけどね。
実際に、一度魔群に落とされているわけですから。
それにしたってあの砦を、この人数で攻略するってのはなかなかの難問ですよ」
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