第8話 事情に詳しいやつほどシラけて絶望していることってあるよね?
広間には有象無象とはいえかなりの人数の男女が集まっていた。
古参のユウシャ何人かいるのは当然としても、驚いたことに何名か、神官長の姿も見える。
あんたら、他にも重要な仕事を抱えているんじゃないか?
と、突っ込みを入れたいところだった。
なんだかんだいっても上の連中も今回の件にはかなり入れ込んでいるらしいことが、その一事でも判断できた。
ロノワ砦は全滅したものの、あそこには重要な設備や物品が多数残されているわけで、それらも回収する必要はある。
いや、それ以前に、これ以上人類の、というのが大げさなら周辺地域における拠点を失うわけには行かないのだろう。
そこに集まっていた老人からガキまで年齢はばらばらであったが、その大半は農夫や職人などの戦い慣れていない連中だった。
人数の構成比から考えても、ユウシャをはじめとする少数の護衛がその他大勢の連中をロノワ砦まで護送していくのが、この遠征の本来の目的なのだろうな。
と、オレは推測をする。
遠征、というよりは、移民団の護送という方が実態に近いはずだ。
多分、ここに集まった人々の大半は、ロノワ砦にそのまま居住してそこで新生活をはじめる。
そうしたことが前提となっている計画なのだろう。
「よう、ユイヒ」
そんなことを考えていると、顔見知りのユウシャに声を声をかけられる。
「もう復活したのか」
オレはそいつの顔をみて、軽く顔をしかめる。
復活するとわかっていても、ついこの間自分で手にかけた人間と出会うことはあまり気分のいい物ではない。
特に、こちらが予想していないタイミングで、こうして出会う場合は。
「そんな露骨に仏頂面すんなよ」
ユウシャのトリイはそういって屈託のない笑顔を見せた。
「あれは、おれたちが下手をうったせいで、お前の責任ではない」
「ロノワ砦を落とされたことがか?」
「それも含めて、全部だ」
トリイは真顔で頷いた。
「魔群の量と強さを読み違えていた。
ずいぶんと後味の悪い真似をさせちまったが、あれはお前のせいではない」
「だったらもっと死なないようにしてくれ」
オレは不機嫌な声を出す。
「オレがとどめを刺した回数は、お前がだんとつで一位だぞ」
「いや、面目ない」
トリイはそういって、また笑う。
「ユウシャの癖に弱くて。
ところでユイヒ、お前も今回の遠征に同行するのか?」
「ああ」
オレは頷いた。
「今回のこれは、異例のことずくめだな」
「だな」
トリイもオレの言葉に頷く。
「というか、ロノワ砦がやられた件も含めて、ここ最近は異例のことずくめだ。
異例っていえば、この間また新しいユウシャを拾ってきたそうだな。
それも、一度に二人も」
「ああ、お前を殺す直前にな」
オレはいった。
「これまた異例なことに、オレが回収にいった時はまだ生きていた。
二人のうち男の方が、そこそこ腕が立つらしい」
「ケンドウデモヤッテタカナ?」
トリイが、その部分だけ日本語で呟く。
「あちらで多少鍛えていたとして、こっちでは命懸けだからな。
下手をすると経験や身体能力よりもメンタルな強さのが役に立つくらいだし」
「弱いユウシャよりも強いユウシャの方がいいよ」
オレはそう答えた。
「なにより、強い方が魂を回収して生き返らせる手間が省ける」
「可愛い顔をして辛辣なことをいうのな、お前」
トリイは露骨に顔をしかめた。
「この間、自分で手にかけた男を前にして」
「あれは自分たちの落ち度なんだろ」
オレはいった。
「こちらは必要な仕事をこなしているだけだ。
そんなことで恨まれるの困るしお門違いってもんだ」
「いや、わかっているよ」
トリイはそういって両手を掲げる。
「おれたちはそれぞれ、自分の出来る範囲で手を尽くしている。
それを疑っているわけではない」
結局二人とも、手を抜いて生きていけるほどここが優しい場所ではないということを心の底から認識している。
「でも、ぼちぼちやばいんじゃないのか?」
トリイは、小声でそうつけくわえた。
「ロノワ砦のこともだが、少し前から魔族のやつらが妙に手強くなっている。
ユウシャが死ぬ間隔も、かなり短くなっているんじゃないか?」
「それは、身にしみて感じている」
オレも、声をひそめて頷いた。
「なにしろこっちの仕事が忙しくなっているからな。
実感できない方がおかしい」
「やはりそうか」
小声のまま、トリイは続ける。
「で、どう思う?
今回の件も」
「砦の奪回についてか?」
オレは、正直に思っていることを述べた。
「奪回自体は成功すると思う。
ただ、その後が長続きするかどうかについては、なんともいえん」
「だよなあ」
トリイはそういって、大きくため息をついた。
「かといって、逃げだそうにも他に逃げ場なんかなんし」
「周辺で一番大勢の人間が集まっている場所がここだからな」
オレはいった。
「このベッデルが一番安全な場所だよ。
オレの知る限りでは」
他に逃げ場がないのは、ユウシャもそうではない者も変わらなかった。
「おい、ユイヒ」
その時、背中から声をかけられ、振り返るとハジメとミオがいた。
「さっきいってた、最近来た二人組だ」
オレはトリイに向かって早口に説明をする。
そしてハジメとミオに向かって、
「お前らもこの遠征に参加するのか?」
と訊ねた。
ついこの間召喚されたばかりのこの二人を動員するってことは。
うん、これは、オレが漠然と考えていたよりもやばい状況にあるってことだな。
心の中で、そう考える。
ろくな訓練も受けていないユウシャを実践の場に連れて行っても、足手まといになるだけなのだ。
「ああ」
オレの心中など知らないハジメは、妙に晴れ晴れとした表情でそういった。
「おれは戦士、ミオは回復師の生業に就いた。
まだなりたてだから、ろくなことは出来ないけど」
「いや、それが普通だから」
トリイが、会話に参加してくる。
「ええと、はじめてだったな。
おれはハイネ神殿で世話になっているユウシャ、戦士のトリイだ。
四年前に召喚されてきた」
「あ、どうも」
ハジメとミオとはそそくさと頭をさげ、トリイに自己紹介をする。
「二人とも、ボイネ神殿に世話になっているんだって?」
「知っているんですか?」
「こっちじゃ、新しく召喚されたユウシャのことはすぐに広まるから。
ほれ、噂ってやつで」
ユウシャ三人が内輪の会話をはじめたので、オレはさりげなくその場から離れる。
やばいなあ。
と、オレは心の中でそう思っていた。
ベッデルを取り巻く状況は、どうもオレが漠然と想像していた以上に悪化しているらしい。
こから逃げるにしても、一番近い人里になるオイヘルまでオレの足でも百日以上かかる。
魔群がそこいら中にひしめいているこの状況では無事に移動出来る保証もないし、それに、そのオイヘルだって音信不通になってからもう何年にもなる。
あそこが無事であるという保証も、まったくないのだった。
結局。
と、オレは思う。
ここがどんなに劣悪最低な状況であっても、ここで頑張るしかないってわけだな。
「やあ、ユイヒ」
そんなことを考えていると、唐突に声をかけられてオレはその場で飛び上がるほど驚いた。
「そんなに大仰に驚かなくても。
こうして顔を合わせるのもずいぶんとひさしぶりになる。
母上はご息災かな?」
「さあね」
オレはクイネ神官の神官長、コレエダに答えた。
「オレもそちらにはひさしく顔を出していないんで。
ただ、なにかあったとも聞かないから、元気にしているんじゃないかな」
クイネ神は静寂と破壊の神であり、そのクイネ神の神官長を務めるこのコレエダもずいぶんと陰気な女だった。
だからオレは、この人が嫌いだ。
さっきみたいに、そっと背後に近づいて唐突に声をかけて人を驚かせようとするところとか。
「ところであんた、コレエダ神官長だよね?
ずいぶんと若返っているようだけど」
オレは、そう確認する。
「なんという不義理ないいよう」
コレエダ神官長は顔を手のひらで包んで泣く真似をした。
「この手でおむつを替えたこともあるのに」
「それはそうとして」
オレはコレエダ神官長の小芝居につき合うつもりはない。
「また、自害をしたんだな?」
「召喚された時点の年齢で復活をするのは、ユウシャの特権だからね」
コレエダ神官長は血色の悪い顔を珍しく朱に染めて、そういった。
「つまり、今回の遠征は、それだけ重要だということだ。
ユイヒも、よろしく頼むよ」
「ああ」
オレは頷く。
「あんたが死んだら、優先的に魂を回収してやるよ」
別にオレの意思というわけではなく、神官長を務めているこのコレエダは、つまりはそれだけ強力な術者でもある。
そうした強力な存在を優先的に復活させ、欠員している期間を少なくすることは、オレたち全員のメリットになるからだった。
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