第7話 無謀と知った上で無茶をするのは、貧者に残された最後の方法。

「まいったな」

 オレは正直に打ち明けた。

「実のところ、オレ、アイネ神官長が苦手なんだ」

「そうなの?」

 ミオは、そういって首を傾げる。

「そうなんだ」

 オレは深々と頷く。

「昔、いろいろあってな。

 そういうわけだから、こちらの神殿には自分ではなしを通しておいて欲しい」

「直接いっちゃっても大丈夫?」

「問題はない、はず」

 オレはいう。

「うちのボイネ神殿だけではなく、実のところほとんどの神殿が一人でもユウシャを抱えたいと思っている。

 復活の秘儀を行えるこのアイネ神殿が、結果的に多くのユウシャを抱えていってだけで。

 ボイネ神殿だけではなく、他の神殿だってそちらに身を寄せたいってユウシャがいれば歓迎こそすれ断るってことはない」

「そういうこと」

 オレの言葉に、ミオは頷く。

「では、ユウシャ側から見ると、かなり有利ってこと?」

「とはいえ、所詮身売りも同然だからな」

 オレは答える。

「将来的なことを考えると、各神殿の特性をよく理解してから選んだ方がいいとは思うけど」

「ユイヒのボイネ神殿は、なんの神様を祀っているの?」

「育成と混沌の神」

 オレは答えた。

「オレのような盗賊や、それに戦士などが身を寄せることが多い」

「というと、魔族と直接戦うやつらが多いってことか?」

 しばらく黙っていたハジメが、唐突に口を開いた。

「おれとしては、そっちの方がまだしも性に合っているかな。

 どうせ、死んでもコンテニューができる世界だし」

「それだって、確実ってことでもないんだがな」

 オレは、そう指摘をした。

「魂のありかがはっきりせず、回収できなくて、復活できなくなったユウシャも多い。

 ユウシャは、普通の人間よりはずっと死ににくいことは確かだが、永遠に不滅の存在ってわけでもない」

 ユウシャ自身がそのことをしっかり認識していないと、取り返しのつかない結果にもなりかねない。

「わかっている」

 しかしハジメは、特に気にした風もなく頷いた。

「そのボイネ神の加護とやらを受ければ、強くなれるっていうのも確かなんだろう。

 だったらおれは、そこに行く。

 ミオはどうする?」

「そうね」

 ミオは、そういってから数秒、考えていたようだ。

「一度は、そのボイネ神殿に身を寄せる。

 そこで、他の神々のことも知ってから、最終的な落ち着き先を決めるっていうのはできる?」

「問題ないな」

 オレはいった。

「ハジメ一人が来てくれるだけでも、カガ神官長は大喜びするだろう」

 ミオ一人をしばらく養うくらいでハジメを庇護下におけるとすれば、カガ神官長としても異存はないはずだった。

「なら、そううことで」

 ミオは、そういって立ちあがった。

「わたしたちはこれからすぐにタマキ神官長にこちらの意向を伝えにいく。

 ユイヒは……」

「カガ神官長の許可を取っておこう」

 オレは片手を揚げて、立ちあがった。

「どのみち、オレはボイネ神殿に寄る用事があったんだ」

 今回の仕事の成果も、まだ報告していなかった。


「でかした、ユイヒ!」

 オレがことの成り行きについて説明をすると、カガ神官長は予想通り大喜びした。

「ユウシャが二人も移籍だと?

 いつになくいいニュースじゃないか!」

「ボイネの庇護下に入ることを承知しているは、ハジメっていうユウシャ一人だけ」

 オレは、そう釘を刺しておく。

「もう一人のミオってユウシャは、せいぜい保留てところだから」

「なに、それでも上出来だ!」

 カガ神官長は喜色を隠しきれないようだった。

「こちらは、役割上ユウシャの損耗率もよそよりは激しいからな!

 それで、そのハジメというユウシャ、腕の方はどんなだ?」

「そこそこ、やりますね」

 オレは、最初にであった時のハジメの様子を思い出しながら、そういった。

「こっちに来たばかりの時点で、スケルトンから剣を奪って一歩も引けを取りませんでした」

「結構、結構」

 カガ神官長は相好を崩して、頷く。

「ユウシャたるもの、なによりも威勢がよくなければいかん。

 やる気さえあれば、腕の方はあとからついて来る」

 何度でも死ぬことが許されているユウシャにとって、最大の資質は精神的な強さ、あるいは、好戦性だった。

 その点、あのハジメは、戦うユウシャとして最低限の資質を持っているといえる。

「それじゃあ、あの二人が訊ねてきたら面倒を見てやってください」

 しばらくカガ神官長につき合った後、適当に頃合いを見て、そういったオレはその場を辞した。


 それからオレは、アイネ神殿で発行して貰った受領書を神殿の事務所に持ち込み、それと引き換えに今回の報酬を受け取る。

「一度に吸魂管五十本以上を回収、ですって?」

 神殿の事務員はオレが押しつけた受領書の束を見て、目を丸くした。

「記録ですよ、これは!」

「オレにとっては運がよかった。

 ロノワ砦のやつらにとっては運が悪かった」

 オレは、静かな声で応じる。

「ロノワ砦が陥落したってわけだから、素直に喜ぶ気にはなれないな」

「ごもっとも」

 事務員は、おれの言葉に頷く。

「あの砦に誰もいないとなると、あっちの方角は魔群を食い止める要害がなくなりますね」

「そういうこったな」

 オレはいった。

「早いところ、あの砦にまとまった人数を送り込まないと。

 危なっかしくて、どうしよもない」

「ユウシャだけでも五十人以上の欠員、ですか」

 事務員はオレが渡したばかりの伝票の束を見下ろして、切ない表情になる。

「その全員を復活させるには……」

「それなりの日数が要るな」

 オレは、あっさりとそういった。

「ユウシャの体を再生する秘儀は、時間も人手もかなり必要になる」

「今頃、上の人たちは戦々恐々としながら対策を考えているんでしょうね」

 事務員は、そう続けた。

「どうにかして欠員を埋めようと、使える人をかき集めていると思います」

「おそらくは、そうなんだろうな」

 オレは、欠伸をかみ殺しながらそういった。

「だがオレには、関係がない。

 こっちとら、長く続いた仕事から帰って来たばかりだ。

 報酬を貰ったら、しばらく寝て暮らすさ」


 ようやくいつも使っている宿に戻ったオレは、貰ったばかりの報酬で宿賃を精算し、すぐに狭い個室に入って食事をする時以外、しばらく眠り続ける生活を送った。

 これは別に異常なことではなく、仕事が終わった時はいつもこうなるのだ。

 なにしろ、一歩町の外に出れば、いつ魔群と遭遇するのかわからない。

 オレのように長く町の外に出る仕事は、その間中神経を尖らせていなければならないわけで、これはもう盛大に気疲れをする。

 そうやって宿屋に籠もって食っちゃ寝をしているうちに、ハジメとミオの方が無事にボイネの神殿に身を寄せたようだった。

 宿屋に来た使いが、そんなことが書かれた紙片をオレに渡したことで、オレはそのことを知った。

 これで、あの二人の新米ユウシャは、完全にオレの手を離れた。

 その時にオレは、そう思ったんだ。


 オレの怠惰な生活は、そう長くは続かなかった。

 これまでもそうだったように、宿屋暮らしをしていたオレの元に、何日か間を置いて、カガ神官長から呼び出しがかかる。

 この町を取り巻く状況はそんなによくはなく、オレのような者でも、いつまでも遊んでいられるわけではなかった。

 オレはいつものように旅装を整えてから、ボイネ神殿に向かう。

 これまで、呼び出した直後にはこの町を発っていることが多かった。

「今回呼び出したのは他でもない」

 カガ神官長の前に出頭すると、カガ神官長はいつになく神妙な面持ちでそう切り出して来た。

「例のロノワ砦の問題だな。

 あそこを、そのまま放置しているわけにはいかない」

「そうでしょうね」

 意外な見解でもなかったので、オレは頷いた。

「あそこに配置する人員は集まりましたか」

「なんとか、かき集めた」

 カガ神官長はいった。

「ただ、知っての通り、目下のところ、ユウシャの欠員が多い。

 当面は普通の人間をあそこに派遣して、ユウシャたちが復活し次第、あそこに送り込む予定になっている」

「苦肉の策ですね」

 オレは、この言葉にも頷いた。

「現状だと、それしか方法がないのかも知れませんが」

「そこで、だ」

 カガ神官長は大仰な身振りで両腕を大きく広げて、そういった。

「今回お前を呼び出したのは、他でもない。

 お前には、その補充隊の道案内を務めて貰おうと思っている」

「はぁ!」

 オレは、予想外の依頼に、大きな声を出した。

「それ、オレの本来の仕事じゃありませんよ!」

「そうだな」

 カガ神官長はオレの言葉に頷いた。

「こちらも、それは重々承知している。

 しかし、ロノワ砦までの道順を知っている者は限られているし、その中で今動けるのはお前くらいなものだ」

 そういってからカガ神官長は、

「手当は弾むぞ」

 と、つけ加えた。

「報酬の問題ではないっす!」

 オレは叫んだ。

「これまでの内容を総合すると、ろくに戦闘経験がない素人の集団を引き連れて、ロノワ砦まで送り届けろってんでしょ?

 無謀もいいところだ!」

 一歩町の外に出れば魔群の領域。

 そこを突っ切って、守らねばならない大人数を引き連れてロノワ砦まで行く。

 少し考えただけでも、「無茶だ!」と結論できる。

「無謀でも、やるんだ」

 不意に表情を引き締めて、カガ神官長はいった。

「ユイヒ。

 お前にとっても不本意だろうが、今回は他にやりようがない。

 おれたちには他の方法が残されていないんだ」


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