第6話 職業選択の自由は、不自由と隣り合わせ。

 数日ぶりに顔を合わせた二人は、こちら風のチェニックなどを着こなしていて、すっかりこちらの人間のように見えた。

 もともとこのバイボイはユウシャが多いから、異人種であるなどは気にならない。

 この二人のような顔つきの人間など、このバイボイには掃いて捨てるほどいる。

「もうこちらには慣れたのかな?」

 挨拶もそこそこに、オレはそう切り出した。

「アイネ神殿の連中がよく世話をしてくれているはずだが」

「ああ」

 ハジメが、むっつりとした表情でそう返す。

「不意打ちでいきなり殺してこないだけましだな」

 オレに友好的でないことは確かだったが、だからといって明確な敵意を持っているわけでもなさそうな雰囲気だった。

「あの場では、ああするのが最上の選択だったということは理解ができました」

 ハジメの変わりに、ミオがそう続ける。

「ただ、わたしたちのところでは、一度殺された人は二度と蘇ることはできませんから。

 殺人は、最大のタブーとされています。

 そのことで、このハジメもかなり戸惑っているようです」

「こちらでも、殺された人間が蘇ることはありません」

 オレは、すかさずそう返した。

「つまり、ユウシャ以外の人間は、ということですが」

「あなた方がいう魂というのは、多分、その人をその人たらしめているデータのようなものなのでしょうね」

 ミオは、そう続ける。

「わたしたちの世界からわたしたちの魂だけを複写してこちらに持ってきた。

 その結果、存在するようになったのがユウシャ。

 魂に記録された情報に基づいて再生するから、何度死んでも生き返らせることが可能となる。

 つまりは、そういうことなのだと理解しています」

「同じような理屈を他のユウシャからも説明されましたが」

 オレは、そう応じる。

「なんというか、オレには今ひとつ納得ができませんでした。

 オレたちは単に、神々がもたらした秘蹟であると理解して、それ以上の理屈を詮索する習慣がありません」

 さらにいうと、オレにしてみれば、ユウシャがどういう存在であるのかについて、その機序などについて理解するつもりもない。

 ユウシャは魔群を撃退するための重要な要素である。

 オレにしてみれば、いや、オレたちにしてみれば、本当に重要なのはその一事のみなのだ。

「ユイヒ」

 オレの反応が予想をしていたものではなかったのか、ミオはすぐに話題を変えた。

「あなたが数日留守にしていた間、わたしたちはこのバイボイの周辺をつぶさに見て回りました。

 どうやらこの町は、かなり疲弊しているように思えます」

「そうでしょうね」

 オレはその言葉にすんなりと頷く。

「なにせ、もう何十年も魔群との戦争を続けている」

 さらにいえば、疲弊をしているのはこのバイボイ周辺のみではなく、おそらくはこの大地の隅々までほぼ同じ状態のはずだった。

 あまり遠くの土地の様子までは確認する方法がなかったので、あくまでオレがそう推測しているだけのだが。

 ただ、魔群を駆逐する画期的な方法が見つかったという報せも、どこからも届いていない。

 だから、おそらくはどこでもここと似たような状況なのだろう。

 つまり、自分たちがなんとかやっていくのが精一杯で、他の場所のことなど気にかける余裕がないってことだ。

「あなたたちが聞いた内容は本当であれば」

 オレの返答についてなにもコメントはせず、ミオはそう続けた。

「わたしたちも、あなた方に協力する以外に選択肢がないようです」

「そうなるでしょうね」

 この言葉にも、オレはあっさりと頷いた。

「見て回ったんならすでに理解しているはずですが、オレたちにはなにもせずに無駄に飯を食らうだけの人間を養えるほど豊かではない」

「お前!」

 それまでオレたちのやり取りを黙って見ていたハジメが、いきなり立ちあがってオレの方に半身を傾けた。

「元はといえば、お前たちがおれたちを拉致したんじゃないか!」

「拉致?」

 オレは慌てもせず、首を傾げてそう返す。

「あんた方は、ユウシャだ。

 人間ですらない。

 つまり、ここではってことだが。

 それに、オレたちはなにも盗んでいない。

 たた、あんた型がいた場所から魂を複写してこっちに持ってきただけだ」

 これは、関係神殿が流布している公式見解でもある。

 そもそも、ユウシャたちをオレたちと同じ人間だと認めてしまったら、何度も死地に追いやるような非人道的なことはできなくなる。

 神殿のお偉方としては、

「ユウシャは人にあらず。

 人の形をした兵器である」

 と、そう強弁するしかないのだろう。

 さらにえば、オレたち全員がそのユウシャの働きをあてにしていなければ、今頃は全員魔群に飲み込まれて全滅している。

 ユウシャとはオレたち全員にとって欠かせない命綱であり、魔群に対抗するための唯一の手段だった。

 その手段を手放すような言辞を、各神殿が認めるわけがない。

「静かにして、ハジメ」

 ミオが、冷静な態度でハジメを制する。

「ここでのわたしたちは、あくまでお客様でしかない。

 これからもここでやっていくためには、彼らと共存をするしか方法がないの。

 そのことくらい、理解できるでしょう?」

「ふん!」

 諭すような口調でミオにそういわれ、ハジメはオレから視線を逸らして座った。

「ごめんなさい」

 ミオはいった。

「ハジメは、まだこの状況を飲み込めていないようで」

「すぐに慣れますよ」

 オレは気軽な口調でそういった。

「少なくとも今までのユウシャたちは、そんなにかからずこちらに慣れました」

 さもなくば、どこかに消えるか。

 たとえユウシャが不死身だとはいっても、魂を回収する場所がわからなければ再生のしようもない。

 こちらに馴染むことに失敗したユウシャはそのままどこかへ姿を消し、オレたちの視界から消える。

 そういうことに、なっていた。

「あなたが留守の間、タマキ神官長からこのままこの神殿で働かないかと打診されました」

 ミオは、そう続ける。

「その意味は、あなたならば理解していますよね?」

「男に抱かれて、子どもを産み続けるってことだろ」

 オレは即答する。

「若い女がアイネ神殿で働くってのは、そういうことだ」

 アイネ神は、生殖と秩序を司る神だ。

 それに、このバイボイでは、生まれてくる人間よりも死ぬ人間の方が多い。

 どうにかして人間を増やさなければ全滅するだけだし、そのためには不死身であるユウシャの特性を利用しない手はなかった。

「お前!」

 ハジメが、またいきり立った。

「ミオは、生む機械になれっていわれたんだぞ!」

「それなりにいい仕事だとは思うんだがな」

 オレはそう返す。

「アイネ神殿の神聖娼婦といえば、かなり待遇がいい。

 尊敬もされるぞ」

 オレはハジメがなんでこんなに怒っているのか、その理由が理解できなかった。

 そこいらの若い娘が神聖娼婦に誘われたら、名誉に思うことはあっても怒ることはない。

「ハジメ、落ち着いて」

 ミオは、またハジメを制する。

「ここの文化や価値観は、わたしたちとは根底から違っている。

 それだけのことだから」

 ハジメがなんで怒っているのかはわからなかったが、このミオという娘はかなり冷静なようだ。

「それで、ユイヒ。

 相談なんだけど」

 ミオは、そう続ける。

「タマキ神官長の誘いは、断ろうと思っています。

 そのことで、こちらの立場が悪くなることはあるでしょうか?」

「そういう相談か」

 オレは、なんでオレが呼び出されたのか、ようやく納得がいった。

 そういう内容なら、アイネ神殿の関係者に相談することはできないだろう。

「立場が悪くなる……というか、その誘いを断ったら、もっと待遇が悪い仕事しか紹介して貰えないだろうな」

 少し考えて、オレはそう続けた。

「基本的に、ユウシャには一番向いた仕事が真っ先に紹介される。

 当然、待遇も破格。

 それを断るとなると、もっと危険な仕事とか、割の合わない仕事なんかに回される。

 そのはずだ」

「そう」

 ミオは、そういってため息をついた。

「タマキ神官長もユウシャだって、小耳に挟んだんだけど」

「事実だ」

 オレは頷いた。

「大昔に召喚され、神聖娼婦として長く働いて何十人って子をもうけ、ついには神官長にまで登りつめた」

「……何十人も?」

「ユウシャは、召喚された時の年齢で復活する」

 オレは事実を教える。

「だから、年を取ったなと思った時点で自決をし、復活をすれば、少なくとも肉体は若返る」

「そういうこと」

 ミオは、頷く。

「さっきもいったように、わたしはその神聖娼婦っていうのになりたくはない。

 でも、それでこのままこの神殿にお世話になり続けるのも気まずいと思っている。

 ユイヒ。

 あなた、アイネ神の信徒じゃないよね?」

「ああ」

 オレはいった。

「信徒かどうかは微妙だが、一応、ボイネ神の加護は貰っている。

 ここでは、なんらかの神の加護を貰わないとまともに生活できないんだ」

「わたしたち、そのボイネ神の庇護下に入ることはできない?」

 そう聞くと、ミオは一度深呼吸してから、そんなことを切り出した。

「そうすれば、神聖娼婦になることは避けられるんでしょ?」


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