第5話 恨みを買うのも仕事のうち。

 ハジメとミオの復活に立ち会った翌日、オレはバイボイを発った。

 こちらの仕事は前から予定が立っていたし、それに、オレが動けないとなるとユウシャたちの魂はいつまでも回収されずに放置されることになる。

 つまりはユウシャの中に欠員ができるわけで、こんな状態になっても誰も喜びやしない。

 もともと、召喚されたばかりのユウシャを世話するのはアイネ神の信徒たちの仕事だったし、それにオレの方も自分の仕事まで放り出してそちらにかまけているわけにもいかない。

 オレに殺されたユウシャ二人の警戒心を多少は解くことができた、ということで納得をして貰うしかなかった。

 後は、オレがバイボイに帰ってからもあの二人がオレの支援を必要としていたら、そのときにでも必要な対応をしていくしかない。

 バイボイを取り巻く状況は刻々と、それも悪い方へと変わっていっている。

 そんな中、オレばかりがいつまでも特定のユウシャの世話を焼いているわけにもいかない。

 バイボイから三日ほど走り続け、ようやく目的地を見つける。

 大勢の、魔群の死骸。

 形状はざまざまで、ヒト型も動物型もそれ以外の奇妙な混合物もあったが、とにかく数百を超える死骸が散らばった真ん中に、一人のユウシャが倒れていた。

「ようユウシャ」

 念のため、オレはそのユウシャに声をかけた。

「トドメは必要か?」

「貴様か、死神やろう」

 そのユウシャはきれぎれに、掠れた声で応じる。

「やるんなら、さっさとしろ。

 もう、意識が」

 これだけ大量に出血をしているとなると、少なくともオレはこのユウシャを治療する術を持たない。

 むしろ、今の時点で意識があり、こんな応答ができることが奇跡だった。

 年季の入ったユウシャは、しぶとい。

「そうか」

 オレはそう返答して、素早く腰の短剣を抜いてそのユウシャの首を掻く。

 分断された頸動脈から大量の血液が噴出し、オレは素早く後退してその出血を避けた。

 ユウシャの体から出た魂を吸魂管に収納し、オレはさらに先を急ぐ。

 魔群とユウシャの周囲には、普通の人間の死体もかなり混ざっていたのだが、こちらについてはオレができることはなにもない。

「まずは、ひとつ」

 ひとりごとを呟いて、オレはさらに先を急ぐ。

 そこの死体は、おそらくは移動の途中にたまたま魔群と遭遇し、交戦した連中のなれの果てなのだろう。

 敵にとっても味方にとっても不幸な偶然だったが、ここではそんなことは別に珍しくもない。


 ヤッシャの森をさらに二日ほど進み、オレは本来の目的地であったロノワ砦に到着する。

 とはいえ、そのロノワ砦はかなり酷い有様だった。

 あちこちに焼け焦げた跡があり、砦のそここで細い煙があがっている。

 今は物音一つしないが、かなり最近までこの砦激しい攻防があったようだ。

 ここには大勢のユウシャともっと大勢の普通の人間とが詰めて暮らしていたはずなのだが、この分だと生存者はほとんどいないだろう。

 砦に入ると、折り重なった人間と魔群の死体とで床面がほとんど隙間なく見えないくらいになっていた。

 濃厚な血の匂いとそれに焼け焦げた匂いとが周囲に漂っている。

 持ってきた吸魂管、足りるかなあ。

 とか、このときのオレは考えていた。

 この砦にも吸魂管を扱える人間は大勢いたはずであり、そいつらも自分が死ぬ直前までユウシャの魂を確保し続けていたはずでもある。

 そうした吸魂管も回収して持ち帰る必要があった。

 できれば大声をあげてシュウシャや人間の生き残りを探して回りたいところだったが、まだこの砦の中に生き残っている魔群がいる可能性もある。

 しばらく息を潜め、物音を立てないようにしながらこの砦の中を地道に探索していくしかないようだ。

 なにしろオレたちは、もう何十年も魔群との殺し合いをしている。

 こんな砦が全滅されることも、そんなに珍しいことではなかった。

 もしもオレがカガ神官長にあの二人の世話をするように命じられていなかったら。

 と、オレは考える。

 予定通り、今よりも少し先の時点でこの砦に到着していたオレは、ひょっとしたら魔群と戦闘している真っ最中にここに到着をしたのかも知れない。

 そうなると、おそらくはオレ自身の命もかなり危なかったはずだ。

 運がいいやら悪いやら。

 と、オレは考える。

 この手の、紙一重で生死が分かれるような状況にも、オレたちはすっかり慣れていた。

 だから、特になんの感慨もわかない。

 助かるときは助かるし、そうでないことは不運だと思って諦めるしかない。

 物心ついて以来、誰もがそういう状況で暮らしてきているのだ。


 オレはしばらく砦中を探索し、虫の息だった魔群とそれにユウシャをいくつか始末してから吸魂管をかき集めて回収し、片っ端から鞄に詰めた。

 自分自身で回収した魂の他に、予定外の大荷物を持ち帰ることなった形だが、魔群との戦闘を経験したシュウシャの魂は貴重だった。

 ここで回収しない手はなく、オレとしても一つも取りこぼすことなく持ち帰りたいと、そう思った。

 アイネ神殿に持ち帰れば順番に生き返らせてくれるはずで、そうなればユウシャの損耗は避けられる。

 ユウシャというのは生き返るたびになにかを学習し、さらにはなんらかの秘蹟を得て能力も強化される。

 魔群との戦いにおいても、それだけ重要視をされていた。

 すぐに死ぬオレたちのような消耗品とユウシャとでは、重要度がまるで異なるのだ。

 往路よりもよほど重たくなった鞄を背負って、オレは来た道を戻っていった。

 ボイネ神の加護のおかげでオレは常人よりもかなり早く移動することができたが、それでもかなり過酷な道のりだ。

 単独で誰にも頼れなかったし、それに、例によって何度か魔群とも遭遇をしかけた。

 オレ一人で足手まといになるような同行者がいなければ、うまいことそういう魔群をやり過ごす方法はいくらでも知っている。

 そうした魔群と正面から戦うのは、オレのようなちんけな盗賊がやるべき仕事ではなかった。

 死神。

 卑怯者。

 それが、オレの仕事だ。

 オレが死んだら回収したユウシャの魂も丸ごと無駄になってしまう。

 どんなことをしても生還し、ユウシャの魂をアイネの神殿に預ける。

 そこまでが、オレの仕事だった。

 正直、そんなオレの仕事はたいそう評判が悪かった。

 味方を手にかけたり、見殺しにしたり、見捨てたりすることが珍しくはないのだから仕方がない。

 他の奴らにとって、オレのような存在はさぞかし不吉に見えることだろう。


 何日かかけて森や荒野を駆け抜け、ようやくおれはバイボイの町に帰還する。

 その足でアイネの神殿へと向かい、持ち帰った吸魂管をすべて差し出した。

「ロノワ砦は全滅した」

 吸魂管を渡しながら、オレはアイネの信徒に告げる。

「早く対応をしないと魔群に占拠されるかも知れない」

「伝えます」

 アイネの信徒は素っ気ない口調で応じる。

「でも、あそこに送り込む戦力なんて残っていますかね?」

「オレが知ったこっちゃないな、それは」

 オレはいった。

 実際、オレが考えるべきことでもない。

「ただ、あそこを魔群に取られると、こちらがますます不利になるんじゃないか?」

 こんな事態にどう対処するべきか。

 それを考えるは、オレのような下っ端ではなくもと偉い連中の仕事だ。

「そうですよねえ」

 その信徒はいう。

「これで、今年になってから二つ目ですよ。

 砦を失ったのは」

「負けがこんでいるのは今にはじまったこっちゃない」

 オレはいった。

「なにせ相手は、どこからかいくらでも沸いて来る魔群だ。

 せいぜい消耗を抑える方法を考えて対処していくしかないさ」

 ユウシャの秘蹟のようにな、と、これは心の中でつけ加える。

「あ、ユイヒさん!」

 そのまま神殿を出ようとしたオレの背に、その信徒が声をかけた。

「ユイヒさんが帰ったら顔を出すようにと、そうい伝言を受けています」

「伝言?」

 オレは首をひねる。

「誰からだ?」

 不吉な死神。

 そんなオレの帰りを待っているような人間に、心当たりがなかった。

「お忘れですか?」

 その信徒はオレの疑問に答える。

「二人の新米ユウシャ、ハジメとミオですよ」

 正直にいえば、そう告げられるまでその二人のことなんかすっかり忘れていた。

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