第2話 不可抗力でも叱られることはあるわけで。
「なあ、ユイヒよ」
カガ神官長から呼び出されたおれは、開口一番そう喝破された。
「お前さん、面倒になったんだろう?」
昨夜、おれが魂を運び込んだ二人のユウシャのことだ。
「面倒になったというより」
オレは答える。
「ユウシャの面倒を見ることは、そもそもオレの仕事ではない」
出現したばかりのユウシャの面倒を見る仕事は、老衰と知性の神トイネ神殿の管轄だった。
あの二人とも、今回は行きがかり上仕方がなく接触したわけだが、本来であればオレがあんな形でユウシャに関わることはない。
「ユイヒよ」
カガ神官長はじっとオレの目を覗き込みながら、そういった。
「わしもそうだったが、ここに来たばかりのユシャというのは、なにもわからない状態なわけだ。
こちらとしては、可能な限り不安を取り除いて、こちらを信用させる必要がある。
お前さんがしょっぱなにあんなまねをしでかしてくれたおかげで、わしらはあの二人の扱いに普通よりもずっと手をかけねばならない。
この意味は、わかるな?」
このカガ神官長もユウシャだった。
いや、このカガ神官長だけではなく、ユウシャとして召喚されたやつがこちらで重職に就くパターンは珍しくもない。
何度死んでも蘇ることが可能で、なおかつ普通なら躊躇われる付与魔法もかけ放題なユウシャは、結果として常人以上の能力と経験を得ることになる。
結果、責任のある地位にまで昇りやすくもあった。
「そこまで文句をいうのなら」
オレはいった。
「ユウシャの魂は、今度から誰か別のやつに取って来させればいい」
「無茶をいうな、ユイヒよ」
カガ神官長はそういって首を横に振った。
「お前以外の誰に、魔物の領域奥深くに出現するユウシャの魂を持ち帰ることが出来るというのか」
オレがあの二人の首を掻き切ってから、かれこれ五日ほど経過している。
昨日、ようやくの思いでこのベッデルにたどり着き、丸一日安宿で眠りこけていたところにカガ神官長の使いに叩き起こされ、今、こうして呼び出しを受けていた。
つまりオレは、あの荒れ果てた魔物どもの領域を丸四日もかけて走破して来たわけで、いや、往路も含めればその二倍以上の時間をあんな危ない土地で過ごしていたわけで。
それで、そんな真似は誰にでも出来るわけではないってことは、オレ自身もカガ神官長もよく知っている。
「とにかく、関係者一同からはお前さんへの苦情が来ている。
一カ所や二カ所からでは済まないぞ。
ともかく、たくさんだ」
カガ神官長はそういって両腕を大きく広げた。
「わしにしてもよくやってくれているお前さんをこういう形で処分するのは気が進まないが、ここまで問題が大きくなるとなあなあで済ませることも出来ん。
わかるな?」
「わかりません」
オレは即答した。
「減給ですか?」
そのくらいでオレがへこたれないことくらい、このカガ神官長もわかっているはずだった。
オレはべつにどこかの組織に属しているわけではない。
オレは盗賊としての技能を身につける時に育成と混沌の神ボイネ神に帰依している。
しかし、だからといって本心からボイネ神殿に忠誠まで誓っているわけではない。
オレのやり方に文句があるというのならば、オレとしてはこのベッデルから去って別の土地で仕事を続けるまでで、そう、オレくらいの腕になれば、どこへいっても歓迎して貰える。
オレになんらかの罰則をかけ、オレの方がヘソを曲げたら困るのは、オレ自身よりもこのベッデルの町のやつらだ。
なにしろこの町にはオレ以上に仕事が出来る盗賊はいない。
「しないさ、そんな無駄ことは」
カガ神官長はいった。
「しかし、お前さんを無罪放免にすることも出来ない。
で、だ。
各神殿で協議した結果、お前さんには今回、異例の仕事をして貰うことした」
「なにそれ」
「自分の不始末は自分で挽回するんだな」
カガ神官長はオレの目から視線を逸らさずにそういった。
「しばらく、あの二人のユウシャの世話はお前さんがしろ。
それで、あの二人との信頼関係も、責任を持ってお前さんが回復しろ」
抗弁を許さない、断定的な口調だった。
そんなわけでオレは、生殖と秩序を司るアイネ神殿へと向かう。
正直、まったく足を向けたい場所ではなかったが、ユウシャの体を復活させることはアイネ神殿でしか出来ないのだから仕方がない。
そのアイネ神殿では、オレが持ち帰ったばかりの二人分のユウシャの魂を復活させる儀式をやっているはずだった。
オレはそこに居合わせて、復活したばかりのユシャたちに非礼を詫びて許しを請わなければならないらしい。
少なくもカガ神官長は、そうするべきだと考えていた。
なにしろカガ神官長は育成と混沌の神ボイネ神に仕えている。
そしてそのボイネ神はこのオレに盗賊として数々の秘蹟を与えている存在だった。
オレとしては、そのボイネ神に仕えているカガ神官長に逆らうわけにはいかない。
そんなことをすれば、オレの能力は半減して実質上の役立たずになってしまう。
秘蹟を取り上げられてしまったら、オレは今までのような仕事はできなくなるだろう。
そんなことになるのはご免だったので、オレはしぶしぶ行きたくはないアイネ神殿に向かった。
「あら、ユイヒ」
アイネ神殿に着くと、早速神官長のタマキに見つかる。
「ずいぶんとご無沙汰じゃないの。
で、今日はなにをしに来たの?」
「カガ神官長に、オレが殺したユウシャたちに謝罪をして来いっていわれてね」
オレはそういって肩を竦める。
「正直、来たくはなかったんだが」
「ユウシャを殺した?」
タマキ神官長はそういってまじまじとオレの顔を見つめた。
「あんた、本当にそんなことをしたの?」
「仕方がなく」
オレは、そういって頷く。
「あの場では、そうするより他に方法がなかったんだ」
オレの返答を聞くと、タマキ神官長は声を立てて笑った。
「よりにもよってユウシャを殺すだなんて!」
ひとしきり笑った後、タマキ神官長は大きな声でそう叫ぶ。
「そんな無茶をやるのはあなたくらいなものよ!」
「なんとでもいえ」
吐き捨てるような口調で、オレはそういった。
「それで、オレが持ち帰った魂は?」
「今、復活の儀式をしているところ」
タマキ神官長は急に表情を引き締めて、そういう。
「立ち会うのは構わないけど、せいぜい気をつけることね。
自分を殺した相手を恨まない人はいないと思うから」
「だろうな」
オレは頷く。
「そのことも含めて、せいぜいご機嫌を取っておけともカガ神官長からいわれたよ」
いけ好かない匂いがする香が炊き込められた復活の間で、二十名以上の神官が呪文を詠唱してアイネ神に祈っていた。
秘蹟を神々に届ける難易度は秘蹟によってかなり差があるのだが、ユウシャの魂から肉体を再構成する、通称復活の秘蹟をアイネ神に聞き届けるのはかなり難しい。
なにしろ実質人間を生き返らせる秘蹟なわけだし、しかも今回は二人分と来ている。
アイネ神の神官たちも必死になって神に祈っていた。
オレが知る限り、吸魂管をこの神殿に持ち込んでからかれこれ二日間、ここにいる神官たちはぶっ続けて祈り続けているはずだ。
これほどの大きな秘蹟をなすためには、それだけ真剣に神に祈る必要があるとされていた。
オレが復活の間に入っても、祈り続ける神官たちはオレの存在に気づいた様子がなかった。
それだけ精神を集中させているわけで、実に結構なことだとオレは思った。
オレとしては、さっさと二人のユウシャを復活させて貰いってこの神殿から去りたいのだが。
どれくらい待っただろう。
この部屋に充満した香の煙が徐々に床近くに集まりはじめ、次第にそれがはっきりとした人の体を形作っていく。
どうやら、終盤らしいな。
と、オレは思った。
煙でできた人の形は、しっかり二人分。
今回も、アイネ神はこちらの祈りをしっかりと聞き届けてくれたようだ。
あとは、ユウシャたちの体が生前の通りに再構成されるのを待つだけだ。
立場上、こうしたユウシャが復活する場面には何度か立ち会った経験があるのだが、今回もなにがなんだかわからないうちに秘蹟はなされた。
さらにしばらく待つと、煙はしっかりと質量を持った物体へと変化していく。
それも、肌色の、確かに肌の質感を持った塊だ。
よし、とオレは思う。
今度も、無事にユウシャたちは復活できたらしい。
神官たちの祈りの声は、いつしか止んでいた。
復活の儀が終わった以上、これ以上の祈りは必要がない。
それに、神官たちにしても、これだけ長時間ぶっ続けに祈り続けていたのだから、体力的に限界に達していたのだろう。
その場にへたり込んだり床に寝そべっている神官も、多かった。
そんな中、あとからこの部屋に入ってきたオレだけがピンピンしている。
仕方がなく、オレは復活した二人のユウシャたちの元まで歩いて行き、その頬を軽く平手で叩いた。
「そろそろ起きる時間だよ」
そんなことをいいながらぺしぺしとオレが頬を叩いていると、そのユウシャは唐突に目を見開き、オレとまともに目が合う。
「貴様!」
そのユウシャは跳ね起きて、オレの襟首を掴んだ。
「なんでおれを殺した!」
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