死亡したユウシャの魂を神殿に運ぶだけの簡単なお仕事です。

肉球工房(=`ω´=)

第1話 たまには想定外の事態にだって遭遇するさ。

 ろくに光源もない玄室の中、男の一人が錆びた剣を振っているのが見えた。

 オレは「霊視」に加え、「暗視」の魔法も自分自身に重ねてかけている。

 臆病すぎるくらいに用心深くないと、この稼業はやっていられない。

 オレはさらに目を眇めてその男を観察する。

 男、というよりは少年だろう。

 召喚されたその年頃の者がよく着ている、奇妙な服装をしていた。

 やつらの言葉で「セイフク」とかいうやらしい。

 ということは、やつらのいう「ガクセイ」という身分の者なのだろう。

 それは別にどうでもいいのだが、困ったことがいくつかあった。

 一つは、その少年がまだ生きながらえていること。

 そしてもう一つは、そこにいるのはその少年だけではなく、もう一人同じ年頃の少女まで伴っていること。

 この稼業をはじめてから随分になるが、そのどちらもこれまでに体験したおぼえがない。

 かなり例外的なことといえた。

 さて、どうするか?

 オレは暗闇の中、息を潜めてじっと考え込む。

 問題の少年は、スケルトンの集団に囲まれつつも錆びた剣を振るってどうにか抵抗をしているところだった。

 手にしている錆びた剣も、スケルトンの持ち物を強奪して使っているらしい。

 つまり、すでに何体かは自力で倒しているわけか。

 意外に、強いな。

 これまでのユウシャたちの事例を思い返して、オレは結論する。

 あの少年は、足手まといの少女を守りながらスケルトンの集団を相手にここまで渡り合ってきたらしい。

 これまでのユウシャたちが最初に遭遇した敵に一撃で仕留められていることを考えると、うん、あの少年は、例外的に、強い。

 先ほどから困っているのは、こうした場合どう動くべきなのか、オレは指示をされていないことだった。

 オレの仕事はあくまで「死亡したユウシャの魂を神殿にまで運ぶ」こと。

 ユウシャがまだ死亡していない場合、どう動くべきかは教えられていない。

 オレが状況を見守りながら今後の状況について考えている中、その少年は一体、また一体とスケルトンを壊し、粉砕していった。

 スケルトンはアンデッドの一種でなかなかしぶといのだが、体を構成している骨を砕かれてしまっては動きようがない。

 不死の怪物も抵抗力を奪われてしまえば無力な物で、あの少年は自力でスケルトンに対する一番適切な対処法を見つけ、実行してしまったらしい。

 やばいな。

 と、オレは思う。

 案の定、オレが危惧した通り、少年はあれだけいたスケルトンをすべて、自力で全滅させてしまった。

 想定外の事態といえたが、ここまで来たら出て行くしかない。

 それも、少なくとのあの少年と少女に、敵意がないということを示しながら姿を現す必要がある。

 少し考えた末、オレは盛大に拍手をしながら二人の近くに歩いて行くことにした。

 物音を立てながら近づいていけば、少なくともこちらに敵意がないことは伝わるはずだ。

「ダレダ!」

 少年が、ユウシャたちの言葉で誰何した。

「テキ、デハナイ」

 一応オレも、ユウシャたちの言葉をいくつか使えはする。

「コウゲキ、スルナ」

「ダレダト、キイテイル!」

 オレに敵意がないことを伝えると、少年はさらにこちらの身元について確認をしてくる。

 無理もない。

 彼らユウシャにしてみれば、訳もわからず、いきなり見知らぬ場所に連れてこられた末に、スケルトンに襲われた直後なのだ。

「テキ、デハナイ」

 オレは、敵意がないことを繰り返し伝えた。

「ユウシャ、ムカエニ、キタ」

 オレが運ぶのはあくまで死んだユウシャの魂のみ。

 そういう契約ではあったのだが……こういう事態となっては、仕方がない。

 どんな理由であろうとも、手ぶらで帰ったりしたらあの神官どもは報酬を支払わないだろう。

 想定外のことではあったが。

 この二人を神殿まで、生きたまま連れて行くしかないようだ。

「ユウシャ、ダト?」

 少年が、露骨に不審そうな表情になる。

「オレタチガ、ユウシャ?」

「セカイ、ワタッタモノ、ユウシャトヨブ」

 オレは、せいぜい誠実そうな態度を取り繕って、そういう。

「アナタガタ、イマ、ココニイル。

 ダカラ、ユウシャ」


 ユウシャとは、この無明の世を少しでも救うため、どことも知れない場所から召喚された者たちの総称だ。

 召喚時にはわれらと特段変わることのないごく普通の人間なのだが、この世の者ではないからか、こちらの人間にはかけからないような危険な付与魔法を乗せてその能力を向上させることが出来た。

 さらに特筆するべき性質は、そうした異界から召喚したユウシャは、何度死んでもその魂を神殿に運べば、肉体を再構成して生き返らせることが可能となることだ。

 オレ、盗賊のユイヒは、ユウシャの魂を神殿に運ぶことを生業としている。


 さらに何度か片言の問答を重ねた後、少年と少女、二人のユウシャはどうにかこちらの主張を理解してくれたようだ。

 とはいえ、すぐに信頼してくれるわけもなく、他にいくべき当てもないからしぶしぶオレと同行することを承知しているようにも見える。

 ま、仕方がないわな。

 と、オレも思う。

 ユウシャたちが置かれた状況を考えると、オレの登場の仕方はいかにもうさんくさい。

「フタリ、ガクセイサン、デスカ?」

 夜道を先導して歩きながら、オレは二人に話しかけた。

「ソウ、デス」

 少女の方が、オレに答える。

「フタリトモ、オナジコウコウニカヨッテイマス。

 ナンデガクセイダト、ワカリマシタカ?」

 オレがユウシャたちの言葉に堪能ではないことは、これまでのやり取りで露呈していた。

 そこことを承知した上で、この少女はゆっくりとしゃべってくれる。

「セイフク、キテイマス」

 愛想笑いを浮かべて、オレは答える。

「ソウイウノ、ミタコト、アリマス」

 ガクセイというのが具体的にどのような身分、職業であるのか、オレは知らない。

 ただ、この年頃の男女が似たような格好をしていること、シュウシャたちが住んでいた世界ではその年頃の人間はガクセイだとされていることくらいしか、知らない。

 そもそもオレの生業では、生きて会話ができるユウシャとこうして接触する機会もほとんどない。

「ナンデヨルニアルクンダ!」

 少年のユウシャが、早口に叫んだ。

「ヨガアケテカラデハダメダッタノカ!」

 早口であるがゆえにオレごときでは正確に聞き取ることが難しく、意味を取り損ねるろころだった。

 ただ、語調から機嫌が悪いことはわかったので、おそらくまだ暗いうちから神殿に向け出発していることが気にくわないのだろう。

 自分に暗視の魔法をかけているオレとは違い、彼ら二人は真夜中で、周囲には光源となる物はなにもない。

 オレが差し出している木の棒を掴んで、オレの先導に従ってようやく前に進んでいるような状況だ。

「アカリヲツケル。

 マモノ、アツマル」

 仕方がなく、オレは詳しく説明をした。

「アサマデマツ。

 モットキケン」

 足元さえおぼつかないこの暗闇の中、長々と歩かされたら誰だって不安になる。

 しかしここは魔物の領域のただ中であり、一刻も早く脱出するのに越したことはない。

 オレ一人だけならばともかく、右も左もわからない、生身のユウシャを二人も抱えた状態で魔物たちと渡り合うつもりは、オレにはなかった。

 そこまで危険な真似をしても割に合うほどの報酬は、約束されていない。

「モットキケンニナルダト?」

 少年のユウシャは、どこかうんざりとした口調で続ける。

「ナラ……シカタガナイ、カ。

 ホントウニ、アンゼンナバショマデツレテイッテクレルノダナ?」

「ソレ、オレノシゴト」

 オレは答えた。

「マカセテ」

 その言葉で安心した、というわけではないのだろうが、少年も口を閉ざした。


 食事をしているうちに夜が完全に明け、さて出発しようかと思ったその時。

 また、魔物の襲撃にあった。

 カスミガラスの集団がいつの間にか上空に現れ、一斉に急降下してオレたちを襲った。

 逃げる間もなく、オレたちは黒い雲のようなカスミガラスの集団に包囲される。

「ヤバイゾ!」

 無闇にスケルトンから奪った剣を振り回しながら、少年のユウシャが叫んだ。

 何羽か、偶然に剣が命中したヨガラスが落ちていくが、全体から見ればごくわずかな被害でしかない。

 少女の方はといえば、両腕で自分の顔を守りながら悲鳴をあげているだけだった。

 仕方がない。

 オレは内心で決断し、腰に差していた短剣を振るう。

 え?

 と、目を見開きながら少女のユウシャが首から鮮血を吹き出しながら倒れた。

「キサマ!」

 少年のユウシャが剣を振りかざしながらオレに迫ってくるが、その剣筋を悠々と躱してからオレは少年の首も無造作に掻き切る。

「よし」

 オレは二人分のユウシャの魂が吸魂管に収まったことを確認して、転移魔法を使用した。

 少し予定外の出来事はあったが、どうやら今回も無事に仕事を終わらせることができそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る