第3話 ユウシャも、それ以外の者も。
「まあまあ」
掴みかかってきた少年のユウシャを、オレは宥める。
「そういきらずに。
あの場、ああするのが最上だったんだからさ」
「最上で殺されてたまるか!」
しかし、少年のユウシャはまずます逆上する。
「ああ、そんなことよりも」
オレは冷静に指摘をする。
「先になにか着た方が、よくはないか?」
オレの言葉を聞くと少年のユウシャは視線を下にさげ、そして自分が一糸もまとわぬ全裸であることを確認し、奇妙な声をあげて前を隠しながらその場に蹲った。
「オレが運ぶのは魂だけ。
その魂を元に再構成をしたのが、今のあんたの体ってことになる」
オレはそんなユウシャに向かって説明をした。
「当然、その時に、着ていた服まで自動的に再現してくれるわけではない」
神々がもたらす秘蹟とは、そこまで便利で親切な代物ではなかった。
ふと視線を逸らすと、少女のユウシャの方はすぐに駆け寄ってきた信徒たちから手渡された布を体に巻きつけている。
少年のユウシャほどには短絡的な性格ではないらしく、信徒たちに囲まれながらもさりげなく周囲を観察しているようだった。
少女のユウシャの方が、少年の方よりも慎重な性格であるらしい。
「あの」
その少女のユウシャは、体に布を巻きつけながら手近な信徒にはなしかけていた。
「ここはどこで……え?
わたし、日本語ではない言葉、しゃべっている?」
「復活の秘蹟を最初に行う際に、ユウシャの方々にはこちらの言葉を身につけて貰っております」
アイネ神の信徒が丁寧な口調で説明をする。
「言葉が通じないと、なにかと不便ですか」
「復活の、秘蹟」
少女のユウシャは、なにか考え込む顔つきになった。
「それは、魔法のようなものですか?」
「原理などが解明されていない、という意味では、魔法といっても差し支えないでしょう」
アイネ神の信徒は、その疑問にも丁重に答える。
「わたくどもは、アイネ神がわれわれの祈りを聞き届けてくださった結果だと思っていますが」
「アイネ神」
少女のユウシャは小さく呟いた後、確認をする。
「それは、あなた方が信仰している神様の名前なのですか?
この世界の人たちはみんな、そのアイネ神を信仰しているのですか?」
「確かにわたくしどもはアイネ神を信仰しておりますが、現在判明しているだけでも他に六柱の神々が存在しております」
「おい」
近寄ってきた信徒から布地を受け取り、それを体に巻きつけた少年のユウシャがおれにはなしかけてくる。
「なにがどうなっているんだ。
説明しろ」
「もともと、そうする予定だったんだけどね」
オレは両手を軽く広げて、そういった。
「そうする前に、あんたがオレに掴みかかってきたんだけど」
オレがそう指摘をすると、少年のユウシャは頬を赤く染めた。
さてこれは、恥辱によるものか。
「あの状況では仕方がないだろう!」
少年のユウシャは、叫ぶような口調でそういう。
「だが、その。
短絡的な行動して、悪かった」
この少年が、案外素直なのかも知れない。
それから二人のユウシャはアイネ神の信徒たちに連れられて、一度姿を消した。
衣服などを与えられ、その着方なども教えられているはずだ。
ユウシャを魂から再生できる秘蹟をもたらすのは生殖と秩序を司るアイネ神だけであり、アイネ神の信徒ははじめて蘇ったユウシャたちの扱いにも慣れている。
しばらくして、オレは神殿の中にある一室で二人のユウシャと合流した。
「まずは自己紹介をしよう」
二人が室内に入ってから、オレはいう。
「前にも名乗ったかも知れないが改めて告げておく。
育成と混沌を司るボイネ神の信徒、盗賊のユイヒだ」
「信徒?」
少年のユウシャが首をひねった。
「あんた、そのボイネって神を信じているわけか?」
「信じているかどうかは、正直微妙だな」
オレは答えた。
「だが、なんらかの神の信徒にならなければ秘蹟は使えない。
だから、ここの連中は成人すると自分の体質にあった神の中から、信徒となるべき神を選ぶ」
「その口ぶりだと」
少女のユウシャがいう。
「体質ってことは、信徒となるべき神を自分の意思だけで選ぶことはできない?」
「選べる神と選べない神がいる」
オレは説明する。
「そしてそれは人によって異なる」
「神様は全部で何人いるんだ?」
今度は、少年のユウシャが疑問を述べた。
「七柱だ」
オレは答える。
「少なくとも、現在見つかっている神は。
生殖と秩序を司るアイネ神、育成と混沌を司るボイネ神、静寂と破壊を司るクイネ神、騒音と創造を司るルイネ神、成長と無垢を司るハイネ神、老衰と知性を司るトイネ神、虚無と死を司るオイネ神。
いずれかの神の信徒ならなければ秘蹟を使うことはできない。
お前たちもいずれかの神を選ぶことになるだろう」
この辺の説明は、ユウシャたちがいうテンプレってやつだ。
オレもこれまで何度も繰り返し説明をする機会があったので、遅滞なくそらで説明をすることができる。
「つまり、秘蹟と呼ばれる魔法を使うためには、なにかの神様を信仰しなけりゃならないってこと?」
少女のユウシャが、確認をしてくる。
「まあ、そうだな」
オレは頷いた。
「お前たちはここに来た時点で、ユウシャとして活躍をすることを期待されている。
秘蹟が使えないとなると、なにかとつらい」
「追い出されるってことか?」
少年のユウシャが、そう聞いてくる。
「そんな暇なことはしないさ」
オレは説明した。
「ただ、ここは。
そう、お前たちが想像しているよりも、厳しい状況だ。
魔群の絶え間ない侵攻にさらされ、なにごとにも余裕がない。
なんの働きもない者は、排除されるまでもなく無視される。
わかりやすくいえば、食糧をはじめとして生活に必要な物すべてが与えられないってことだ」
「強制労働しろってことか!」
突然、少年のユウシャが大きな声を出した。
「アンザイくん、落ち着いて」
少女のユウシャが少年のユウシャを宥める。
「ここで慌てても、わたしたちの待遇は改善されないから。
それで、ええと、ユイヒさん?
これ以上の説明を聞く前に確認しておきたいのだけど、わたしたちを元の世界に帰す方法は存在する?」
「あるのかも知れないが、まだ見つかっていない」
オレが答えると、二人は露骨に動揺した表情を見せた。
「本当か!」
少年のユウシャが、身を乗り出すようにしてオレに詰め寄る。
「ここでオレが嘘を吐くべき理由はないな」
オレは冷静にそう返すと、少年のユウシャはがっくりと肩を落とした。
「ユウシャを召喚する秘蹟と、死亡したユウシャの魂から肉体を再構成する秘蹟とは別物だ」
オレは、ゆっくりとした口調で説明をする。
「お前たちがこちらに出現した時、お前たちは服を着ていた。
しかし先ほど、お前たちが再生された時は、裸だった」
「秘蹟」
少女のユウシャが、何事か考え込む顔つきになる。
「どれかの神を選んで信仰をすれば、その秘蹟が使えるようになるのね?」
「そうだ」
オレは頷いた。
「ただし、一柱以上の神を一度に信仰することはできない。
神によって使える秘蹟の種類は変わってくる」
「本気でその神様を信じなければ、その秘蹟ってやつは使えないのか?」
「信仰心の有無は関係ない」
これにも、オレは答える。
「神殿にいって、あなたの信徒になりますと祈る。
そしてその神が色よい返事を告げてくれれば、その時点で信徒といえる。
一度いずれかの神の信徒になったら、別の神に鞍替えすることはできない」
「信仰というより、登録って感じだな」
少年のユウシャはいった。
「魔法の系統ごとに神々が設定されていて、選択した神様によって使えるようになる魔法が違ってくる」
「なんか、ゲームのシステムみたいね」
少女のユウシャも、そんなことをいう。
「ただ、一度神様を選んだら、やり直しは効かない。
それと、神様の方から信徒となることを断られることもある」
「祈った時に、お告げが返ってこなければその神の信徒なることはできない」
オレは説明をした。
「だが、普通は誰でもなんらかの神の信徒となり、その加護を受けることができる」
「どの神様からも総スカンを食らって、信徒になれない人もいるのか?」
少年のユウシャが、オレに問いかける。
「どこかにそういう者もいるのかも知れないが、そんな例はオレは聞いたことがない」
オレは、素直に知っていることを答えた。
「ところで、今度はオレの方から質問をしてもいいかな?」
「ええっと」
少女のユウシャが、先に反応した。
「どうぞ」
「オレは先に名乗った」
オレはいう。
「あんた方をなんと呼べばいいのか、そろそろ教えて貰えないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます