二十九羽 大切な場所へ

 プロジェクターのマップに空間の歪みが生じそうな場所を示す。拡大するとオナモミの原っぱが上空から見えているのが分かる。


「皆、ここは知っているな」


「自分は、殆ど行かないですよ」


 ドクターマシロも大方分かっているはずだ。


「佐助殿、ご注進申し上げます。蜘蛛の巣を狙うとは、危険です」


 やはり、止められるよな。


「ここから、空間転移されるともデータにある。俺の狙いだ」


 皆、固唾を飲んでいる。瞳も不安そうだ。俺は、プロジェクターの前に出て、オナモミの投影されている場所を掌でばんと示す。


「チャペルへと繋がる! それがこの座標だ」


「勇者、佐助様。チャペルで、誰かとご結婚なさるのですか!」


 むっきーと、今度は、お猿さんになるのか? 皆は違うぞ。皆がしーんとしているから配慮したのか。もし、それが、女神としての演技ならば、俺は、まいたけテレビ賞助演女優賞をあげよう。主演は……。どちらだろうか? いやいや、今はその話の場合ではない。


「もう一度行こうと思う」


 俺は、席へ戻って椅子に腰掛け、マップ上でポインターをくるくると回した。


「チャペルへですか?」


 真血流堕さんが、一番に訊いて来た。あの怖いキノコンの胞子に包まれた場所だ。


「チャペル――。あそこがいい」


 全員もきゅっとうさぎさんになってしまった!


 真血流堕さんが、どきっとした顔をしたのに、俺なんて、平然としている。これ位、想定内だよ。


「皆、気が早いよ。うさぎさんになるのは、後でもいい」


 うさうさ。


「うんうん。怖いのか。分かるよ」


 ドクターマシロも右に同じなのかな。


「全員の意見かい?」


「真血流堕がいますよ」


 俺は、ふっと笑ってしまった。


「迷った方がいいから、一緒に二人で行くか」


「真血流堕は、佐助先輩について行きます」


 背筋をしゃんと伸ばして言う。真血流堕さんの気遣いや正直さも好きだ。


 うさうささ。


 ユウキ=ホトくんが困っていたので、何かと訊くと、差し出したものがあった。


 携行食だった。おかずパンのようなものだ。おかずと前にいただいたテーブルロールの生地とが練り込んである。生地と具が混ざりにくいのを上手く合わせて焼き上げてある。熟練するのは大変だったろう。あ、これを感謝の言葉として、言えばいいのか。武士の心もたまには役立つ。


「とてもこしらえるのが大変だったろう? ありがとう」


 うさうさ……。


 ぴょんぴょこ跳ねて、恥ずかしそうだ。


「いや、照れられてもなあ。はは」


 皆、うさぎさんになると、色気より可愛らしさが目立っていいとも俺は思うよ。真血流堕さんに言わせると永遠の二十四歳だが、四十一にもなると内面の美しさの方が気になるよ。それが、人として当然だけれどもな。ぱいぱいは、うーん。酒の肴かな?


「えーと、命の水と携行食をありがとう。気を付けて行ってくるよ。安心して待っていな」


 ゲームセンターの前で、五羽のうさぎさん達に見送られる。ちょこんとコクーンの前に立っている。


 うさー! うさー!


 俺の心の臓が、どくんと耳をさらった。一羽のうさぎさんが、不思議なことに涙を流している。


 うさー! うささー! う……。


 締め付けられる程に痛い。


「これは、女神ヒナギクだな……。枯れてしまう程に泣く必要はないんだよ」


 うーさーと、跳ねて、抱っこされに来た。女神ヒナギク=ホーランドロップは、ホーランドロップイヤーラビットだ。毛並みがつやつやで、ぺたんと垂れた耳がとても可愛い。嫌がられないように、おでこのところをちょんちょんと撫でる。


「女神ヒナギクにこの言葉を言う日が来たのだね。ありがとう。今日の日はこれでおしまいだ」


 ――さう! 


「うさぎさんは、ここにいた方がいいよ。今まで、本当にありがとう」


 うささ……。


 うっうう……。


「行くぞ」


 真血流堕さんと俺は、本当に二人っきりで、迷いの林へ向かって行った。


 ターゲットは、チャペルだ!


 ◇◇◇


 ゲームセンター兼基地から、ずんずんと北へ進んで行く。迷いの林へと続く細道だ。土を蹴って、ほこりが立っていたが、いざ、迷いの林へと辿り着くと、下草が植生の遷移にならって生えている。更に進むと、草の波へ出た。


 ざわざわと迷いの歌も聞こえて来る。


「佐助先輩。空耳ですよ」


「同じ歌が聞こえるのなら、空耳ではないだろう?」


 ちょっと、これは大分、天然が入っているな。


「そ、そうでしたー。てへ」

 

「真血流堕さん。可愛いぞ」


 そうだ。最近学んだ、素直な感想だ。ありがたいと思ったらありがとうと言うように。可愛いと思ったら、言ってしまえ。あああー! さようなら、心の武士よ。ん? 正直は武士らしいな。ものは考えようだ。


「え? え? ええ? 空耳ですか!」


「もう、俺達は、キスまでした仲だ。空耳ごときで動じるな」


 泰然自若とは、俺の東京での常套句だろう。荒れる船の中、真血流堕さんに話した。


 んん、センスの疑われるサメ柄スーツではなくなって、はっきりと怪しい何かの果物ときのこのようなものの柄物のワンピースになっていたな。ふふ、これは残念Tシャツと競えると思った位だぞ。


「え。は、はい……。分かりました」


「ここで、待っているから、俺の真後ろに立って欲しい」


 俺の胸程もある草丈の中を真血流堕さんが、ざざっと近付いて来るのが分かる。


「はい。今、少し」


「う!」


 真血流堕さん、俺の気持ちを届けたい。たまごのカラを割らないようにそっと包んだ。リボンがあれば、桃色が可愛い。俺の妄想の中では、サメ柄スーツだろうが、残念ワンピースだろうが、清楚なお嬢様にしか感じられない。


「うん……」


 チャペルに着く前に……。


 頬にキスをしてもいいですか?


 既に、可愛い頬をいただいております。きゃああ。いいのか? 据え膳食わぬは男の恥なのか? 違う! 据え膳食わぬは男の美徳だ。


「オナモミのダークパワースポットは、もう直ぐだ。離れ離れにならないように、俺は、真血流堕さんを離さないよ」


「えええ! 誰か見ていますから。佐助先輩」


 無駄な抵抗だなあ。しかも、正直娘だわ。


「誰が。はは、うさぎさん達は、いないよ。キノコンも今はもうないだろうよ」


「どうして、そんなにチャペルに行きたがっているのですか?」


 それを言ったら、お別れになるな。俺はこれから、一人いばらの道を行くのか?


「真血流堕さんに贈り物があるんだ」


「指輪とかダメですよ。彼女さんがいるのですからね」


 しっかりものだよ、真血流堕さん。でもね、指輪よりも有用的なものだ。


 ざざざざ。ざざざ。


 草が揺れる。風を受けて。甘い風は俺達を汚した。


 決してけがれた訳ではない真血流堕さんが、俺のせいで、ある種の女に見えて来る。それは、俺の思い上がりと思い違いだ。


 どれ位、抱き合っていたのだろうか? 澄んだ空気の中におかれていることが感じられた。


「本当は、ここにキスしたいんだよ。真血流堕さんの可愛いくちびるだよ」


「やーん。CHU・CHU・CHU! 音楽が聞こえるのよ。助けてー!」


 助けて欲しいの? 可愛いね。


「自分で言うしかないよ、真血流堕さん」


「ええ! 自分でですか?」


 俺は首肯するばかりだ。


「おつかれーしょん!」


「そうそう。それがないと次へ行けないよな。人は休み癒されて、働く。反対に、働いた者にこそ、癒しが与えられるのだ」


 俺は、最終的には新宿のまいたけテレビにて日銭を稼いだが、そこで、真血流堕さんと出会えた。


 おつかれーしょんハンカチ、これがあるお陰で、ここまで来れたのだ。


 収穫を得たら、帰還しないとな。


 俺達だけではなく――。

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