六羽 女神の祝福CHU炸裂よ
ナオ=ライオンラビちゃんから人買いされているとのコールがあり、俺達に緊張が走った。皆は気持ちを一つにし、立ち上がった。
サロンの女神ヒナギク=ホーランドロップ、大樹展望レストランのユウキ=ホトくん、地域密着型コミュニティーテレビの三神真血流堕アナウンサー、俺、海洋開拓者の本城佐助と、そうそうたるメンバーで二ツ山へ向かう。
大樹様からずっと東だと聞いた。展望レストランは、高いところにあり過ぎて雲の流ればかり見ていたな。山らしきものは見えなかった。
「大樹様を傷付けないように慎重に降りてくださいね」
女神ヒナギクに従い、今度は滑らないように気を付けた。
それにしても、他の三人は、ユウキくんは白いビーチサンダル、真血流堕アナのサメ柄パンプス、女神ヒナギクの赤いハイヒールといった装備で落ちたりしないのな。俺のはミコさんにいただいた立派な靴なのに足元を油断したよ。
気を配って降りた割には順調に、ツタの絡まった幹の最後の一歩を踏むことができた。
「ふー。とにかく、皆、無事だな」
俺が一番危ないからしんがりで降りたのだったが、そこは勘弁していただくしかない。
「全員、無事。そして、大樹様も無傷です。佐助先輩」
「真血流堕アナ、つくづく思うのだが、大樹様は、この島で大切な存在のようだな。俺達は、ヤドカリのようなものだから、郷に入っては郷に従えを心掛けよう」
真血流堕アナのケーキ屋にあるテケちゃん人形に似た頷き方はポイントが高い。この人は、酔うと聞き上手になるのだよ。普段からも俺に親しんでくれているから、ありがたいのだけれどもな。
「OK、OK。先を急ごう。この島の中央に大樹様があるのだろう? 山と呼ばれるものがあれば、見えると思うのだが。降りる際に見当たらなかったな」
「勇者、佐助様、築山程の山だからですよ。形は、らくだのコブのように二つ並んだものです」
大樹様の規模からして、相当の山かと勘違いした。
「そうか。この目で確かめよう。何よりも不穏な言葉が気に掛かる。人買いなんてな」
「人買いとは、今までもあったことですのよ。勇者、佐助様が上陸する前からです」
人買いなんて物騒なことは、今の日本では、殆どないと思っていい。これは、大きな事件だ。
「信じられないが、女神ヒナギクが嘘をつく訳がない」
「人買いって、さらった挙句の果てに、好き勝手されたり売られたりするのですよね」
真血流堕アナの古傷にひびが入ったか。しまったな。
三神家はご両親が俳優に歌手だから、テレビで見ない日はない。それ位の経済力のあるうちなんだ。中一の頃、人には言えない涙の事件が起きて、今は元気に振舞っているが、強がっているだけなんだ。フラッシュバックする度に飲み込んでいるのだと聞いた。
それもお酒がないと、語りにくいらしい。俺は家で飲みたいのだが、真血流堕アナはライオンより恐ろしく、首根っこを引っ張って居酒屋からバーまで連れて行かれる。癒えない心の傷を聞けば、俺もひとごとではなく感じられる。
俺が、そんな想いで真血流堕アナを見ると、けたたましい柄のワンピースでご挨拶をしてくれた。素直に喜べない俺ってセンスが悪い人なのかな。
余計なことをぼーっと考えていたら、女神ヒナギクから一言あった。
「ナオちゃんは、弱気で泣き虫さんだから、つかまえやすかったのかも知れないわ」
そこは、女神ヒナギク。ナオちゃんに気を遣ってくださいよ。
皆で東へ行くと、しっとりとした大樹様を抜けて、砂の多い土地に出た。
「二ツ山までは少し時間が掛かるの。持って来た大樹様の水を大切にしてくださいね」
「そうだね。ヒナギクくん。これは、一滴一滴、もたらしてくださった命の水だからね。ボクは、島の生きとし生けるものを調べて、生きるために命をいただいているから、尚、そう思うよ」
水筒は、女神ヒナギクとユウキくんが持っている。バラナンと言う葉から器用に作られている。二人から離れたら危ないんだと、横にいる真血流堕アナに視線を送ったが、分かったのだろうか。
◇◇◇
「着きましたよ。勇者、佐助様。真血流堕さん」
聞いた通りに、らくだのコブのように二つの山があった。しかし、男女の看板が各々の山にあるのは、何だろう?
ピッ――。うさうさパラダイス。うさうさパラダイス。
女神ヒナギクがサングラスで、誰かと交信している。
「そうなの。今、癒しのナオちゃんの前にいるわ。ドクターマシロ=ダッチ、基地から出て来られる? うん、うん。ことは急ぐから、先に入っているわ。応援よろしくね」
「ドクターって、医師がいるのか?」
「まあ、ちょっと違うけれども。今、来てくれるわ」
「佐助くん、真血流堕くん、ヒナギクくんも。番台に先に行こうか」
「分かったわ」
女と書いた看板から入る。女?
◇◇◇
右側の女と書いてある方の木戸をくぐると、中は広い温泉の脱衣所になっていた。
「ナオちゃん! ナオちゃん?」
女神ヒナギクとユウキくんが探し出した。ここにいるのだろうか。
「位置情報では、ここで、ほぼ間違いないのよ。私のうさうさウインドウが示している座標なの」
うさうさウインドウとは、ナイスネーミングだな。それにしても、高度な技術だ。
「ああ! 番台に!」
俺は、逆さまに吊るされた女の子を見つけた。
「きゅう……」
ナオちゃんを一目見て、キュートと言うのがぴったりだと思った。
腰の下までありそうなゆるふわの淡い茶髪、木戸からの風にそよがせていた。眉を哀しそうに寄せて、瞳は潤んでおり、よく見ると、左目元に泣きぼくろがある。頬にはモチでも入っていそうで可愛らしい。鼻も口もお人形さんのように小さめだ。
きゅうと言っているからではない。
「ここは、混浴ですが、入り口は男女別なのですよ。左は男性で右は女性です。私は、番台におりますので、ご自由にご利用ください。きゅう……」
そんな状態で、ナオちゃんは普通に話した。誰かに脅されているのだろうか? 番台の後ろの男湯に不審な動きを感じた。
人買いをする奴に出て来いと言うのは簡単だが、リスクが高すぎる。せめて、ナオちゃんを解放してあげたい。何かアイデアはないかな。
「私は、この島の女神ヒナギクです。ラストの勇者さまももう揃っています。逃げられませんよ。観念しなさいね」
女神ヒナギクは、指で拳銃のものまねをして、番台に隠れている奴にバンと言った。
向こうが、ヒナギクに向けて、銃口を向けて来た。
「勇者、佐助様。祝福をお受けださい!」
CHU・CHU・CHU!
CHU・CHU・CHU!
俺よりは背が低い女神ヒナギクが、ヒールのまま伸びをして俺の頬をくるむと、額にCHUと一つだけした。
俺の額に光の球が宿る。
そこから、光がさああと広がる。
何が起きたのか。これが、女神ヒナギクの祝福なのだろうか? CHUでしっとりとしている。
光が文字を描いた。しゅるんと動いて、一瞬は分からなかったが、中央からリボン状の光が放射線状に伸びて、ハートになる。
ハートが大きく膨らんで、ナオちゃんの方へ向かう。
俺の額から離れると、ハートのまま、番台のナオちゃんと悪い奴にずんっとめり込んで行った。信じがたい光景に呆気にとられるしかない。
「うぐはああ!」
男の声が温泉の中をこだました。
真血流堕アナの実況が入る。
「どうやら、敵に一撃をくらわせたようです! 三、二、一。カンカンカンカン。佐助先輩、お縄を!」
「OK、OK」
「おつかれーしょん!」
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