五羽 パラダイス定食と危機

 来たー! 来た、来た。来てしまった。ユウキくんが、大樹様の向こう側でこしらえたパラダイス定食だ。


 大樹様にひこばえに似た立派な太い芽がある。そこへ数層に波紋を広げるが如くヒラタケがすみついており、テーブルと椅子として使われていた。女神ヒナギクの隣に俺が腰掛けている。


「美味しいわよね、真血流堕さん」


「佐助先輩と言えるようになるまで、真血流堕アナは、控えなさいね」


「ふあい」


 真血流堕アナは、自分が食べたであろう沢山のパラダイス定食用の器を洗い始めた。丁寧な様子にらりっているのが回復して来たのかと思える。


 ユウキ=ホトくんが、あたたかいスープを給仕しながら、話をしてくれた。


「食器洗い用のは、西の清流から汲んだ水なんだ。飲み物には、大樹様の葉から落ちる雫を命の水としていただいているんだよ」


 ヒラタケのテーブルには、ところせましと並べられた。定食だから、食べる順番は自由なのだろうな。


「パンは、テーブルロール。栄養満点具沢山スープ、ちいさな畑のちいさなサラダ。主菜に、まんまるパイ生地を被せたシチュー。副菜に、おたのしみミニミニ。デザートは、かき氷とアイスクリームのパラダイス」


「おおー。これが、パラダイス定食ですか」


 どう言い表したらいいのだろうか? このすっぱい香り。俺も船から追い出されてお魚定食を食べなくなっているから、何かはお腹に入れないとならない。


 カトラリーに先割れスプーンが並べられた。これって、ふるさとの給食で廃止されているのでは? では、パラダイスの時間軸はどこにあるのだ。


「面白い、スプーンだね」


「縁日ストローもあるよ。喉が渇いたら、大樹様のひんやりかき氷をお出しするよ」


 レトロな雰囲気だな。懐かしくて、思ったより親しみやすい。暫く見ているだけだったからか、俺のヒラタケの椅子が揺れ、お喋りまでした。


 メシアガレ。メシアガレ。


「ありがとう。ヒラタケさん達は、食べないからね。大丈夫」


 先割れスプーンを握る。食べ物の前だと言うのに、戸惑ってしまう。


「いただきます。ユウキ=ホトくん。先ずは、具沢山スープから」


 んんー! これが、キノコンの出汁か! いかす、いかすぞ。旨味成分がお口の中ではじけている。つんつんとした果物のフレッシュさがたまらないよ。


「佐助くん、スープは勿論ベースがキノコンだよ。果物は、アカラシアとミニュを多めに入れているんだ。他には、コロムンナを粉にして振りかけてある。中央にあるジュンサーイは、ゼリー状で美味しいよ」


「美味しいよ。ユウキ=ホトくん。果物もいいね。ミニュってもちもちしている」


 果物なら、安心だ。スープを飲んでも問題なく話せるではないか。


「ボクの展望レストランで、パラダイス定食を食べないのはもったいないよ」


 ユウキくんが、にこりとした。こまごまと手間をかけてこしらえたのだから、どんどん褒めないと悪いな。美味しいのも事実だし。


「サラダもフルーティーだよ。花びらまであって、いいね」


「花びらは、ロイゼンなんだ。最初は種しかなかったのに、今は収穫できるまでになって、ボクもロイゼンが喜んでいると思う」


 ここの生態系は、まだ、未知だが奥が深い。ガラパパパ諸島ではないが、研究の余地がありそうだ。


「ケケー鳥のお陰で、受粉が行えるものが増えたから、食環境もよくなったよね、ヒナギクくん」


「そうだわ。ケケー鳥さんに祈を捧げないとね」


 ◇◇◇


 シチューで、ホテル東京ニーナで彼女とのディナーを思い出した。似たメニューがあったのだ。彼女は、パイ生地の中もパイ生地だと思っていたらしく、中のシチューに目をまんまるにした。


『楽しくて美味しいね、あたたかいね。本城さんのようですね』


 俺は、褒められるような人ではない。仕事で嫌なことがあれば、家でやけ酒も飲む。独り言は、人には聞かせられない程なのに。彼女の中では綺麗なガラスだけがうつっていたのだろうか。


 ◇◇◇


 俺は、気が付けば食べ終わっていた。


 女神ヒナギクの方を見ると、先にパラダイス定食を終え、真血流堕アナと向こうから果物をくりぬいた器のかき氷を持って来た。


「どれも美味しかったよ。ありがとう。流石、いい腕していますね」


「ややー。照れるな。ラストは、デザートがあるんだ。常夏の島にはぴったりのレインボーかき氷をどうぞ。はい、佐助くん」


 縁日ストローを見たら、ちょっと微笑ましかった。先がスプーン状になっているかき氷用のストローだったから、ちいさい頃を思い出したんだ。かき氷をレモンって頼んだら、黄色だと店主に言われて以来、どぎつい色なんだと思うようになったっけ。


 縁日ストローに口をつける。何か、唇が痺れるのを感じて、さっと引いた。これが、毒に当たるのかな? 危険なのは、ストローだったのか。だとすれば、女神ヒナギクと真血流堕アナは、今まさに口をつけるようだ。


「真血流堕アナ、ちょっとおいで」


「はい」


 要の質問をしよう。 


「しゃしゅけ先輩は大丈夫なのか?」


「佐助先輩! ラジャー! OKです」


 ぴょこぴょこと女神ヒナギクがかき氷ごとやって来た。


「真血流堕さんは、勇者、佐助様とどういったご関係なのかしら? 私は、お二人が仲間だとはうかがったのですが」


「それ以上でも以下でもないよ。なあ、真血流堕アナ」


「え?」


 真血流堕アナが黙りこくってしまった。


「では、女神ヒナギクからの祝福を差し上げてもよろしいのですね」


「CHU・CHU・CHUしたいのだろう。素直に言いなよ」


 女神ヒナギクは逡巡した後、拳を握って俺に向かった。殴られるのか?


「勇者、佐助様。お覚悟を!」


 女の子相手だから、仕方がない。殴られてみよう。そう思ったら、いつものが流れて来た。


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


 女神ヒナギクが大樹様のひこばえに手をつき、俺は壁ドンされてしまったよ。やめて、ダメだっての。俺は、顔をそむける。


「何度も言うが、一緒に暮らしていた彼女の手前、浮気はできない」


「女神の祝福は特別ですよ」


 ふわっふわのツインテールを揺らして、愛らしい唇が近付く。


「頬でもダメだからな!」


 男の力で押し逃げてしまった。女神ヒナギクは残念そうにしている。俺は、又、女性に傷を負わせてしまったのか。我ながら酷いと思うよ。


「すまない……」


 こんな雰囲気の悪い中、通信機器らしきものが鳴った。


 ピッ――。うさうさパラダイス。うさうさパラダイス。


 女神ヒナギクの胸元にあるサングラスがコールする。すかさず、サングラスをして、スイッチを入れる。


「うさうさ! ナオ=ライオンラビちゃん。どうしたの?」


 女神ヒナギクの顔が曇る。


「人買いですって?」


「何! 人買いだと?」


 この島は、美少女に美少年だ。目をつけられるのも頷ける。


「ナオちゃん、落ち着いて。今はどこにいるの? ふたやまね」


「俺達も行くよ。真血流堕アナ、一緒に行こう」


 さっと頷く。


「はい、ご一緒させてください佐助先輩」


 そして、元気な声でアナウンスをする。


「がんばります! おつかれーしょん!」

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