七羽 一味違うドクターマシロ
ナオちゃんを縛っていた縄を解いて、男を縛ってやった。動かないように、番台にある柱にがんじがらめにしてやったよ。
皆もほっとした表情を見せている。ただ、ナオちゃんだけは、震えが止まらないようだ。
「女神ヒナギク。先程のように、ナオちゃんに祝福をすれば、心が休まるのではないでしょうか」
「私の祝福のCHUは、勇者様にしか効きません。佐助様のみなのです」
俺は男だしな。ナオちゃんに触れることは避けたい。泣かれてしまうかも知れない。
「では、ナオちゃんを優しく抱きしめてやって欲しい」
女神ヒナギクは、何を戸惑っているのだろうか。にこにことして優しい感じを受けるのだが。優しいだけでは人を支えられないのだろうな。
真血流堕アナのおつかれーしょんが、温泉をこだましている最中、木戸を開く鈍い音が混ざる。誰だ? まだ、残党がいたのか?
「ナオ=ライオンラビ殿。自分が参りました」
初めて聞く声に、振り向く。
見れば、グレーの長いポニーテールに、クールな眼差しの片目には水色のうさうさウインドウを掛けているのが目立つ。半袖の白衣を着ていることから、彼女がドクターマシロ=ダッチだろうと思った。
前髪は、さらさらとやせ気味の頬を撫で、鼻すじが綺麗に通っている。薄めの眉に力が入って知性を感じさせられた。
「ドクターマシロ! あたし怖かった。怖かったの」
そうか、ナオ=ライオンラビちゃんは、ドクターマシロが大好きなのか。だから、女神ヒナギクがためらって、突入前に呼んだのだな。
「この方は?」
「俺は、本城佐助」
俺は自分の胸を親指でさす。
「私は、三神真血流堕、二十二歳です」
「年齢、聞いてないだろう?」
真血流堕アナと言えばいいだろう。働く女性も好きだぞ、俺は。
「若さを強調したいじゃない。カッコいい人だし」
「ドクターマシロは男性なのか? ポニーテールしているぞ」
結婚したーいオーラが満々の真血流堕アナを何とかしないと。俺が恥ずかしいではないか。
「長髪なだけじゃないの。佐助先輩だって、前髪で左目を隠しているじゃない」
「自分は、マシロ=ダッチ。悪いが、女性だ」
白衣から、ちらりとDカップ程の下着が見えた。いや、見間違いかな? 水着かも知れない。俺の欲望が、無駄に下着をいやらしく感じているのか。情けない。心の武士が泣いている。あれは、水色の水着だ。きっとそうだ。
「婚期を逃したな、真血流堕アナ」
「まあ! 佐助先輩は、中の人が四十一歳のアラフォーなのに。何が永遠の二十四歳ですか」
痛い、痛いぞな。真血流堕アナよ。ここは、とぼけるしかないな。
「そう言うこともままあるよ」
ドクターマシロがお縄になった人買いと怯えているナオちゃんを見比べた。人買いの男が舌打ちをすると、ナオちゃんはますますびくつく。
「自分は、ナオちゃんの件で呼ばれたんですか?」
「ほら、ナオちゃんは、ドクターマシロが好きだから。ね」
女神ヒナギクでも苦手なタイプがあるのかな。言いにくそうにしている。
ドクターマシロは、ナオちゃんの手を優しく包み込んだ。暫く、しっかりと抱擁していた。頭をよしよしとして、涙まで拭い、まるでお姉さんのようだった。
「ね、じゃないですよ。近所のウミガメさんの面倒をみていたのに」
怜悧な顔して、心はあたたかいのかな?
「ドクターマシロ。急に呼び出して、ごめんなさいね」
女神なのに拝んでいる。何、この異文化!
「自分は、嫌とは言えない性格ですよ。分かっています」
ふうとため息をつくと、顔を上げて長いポニーテールを振る。
「ナオちゃん、お腹空いてない? ボクにできることがあったら言って。そうだ、命の水をいただいてよ」
「ふゆ……。ユウキくん、ありがとうございます」
バラナンの葉でできた水筒からこくりと細い喉を鳴らしている。
俺は、この機会に不思議な島が抱えている問題について訊いてみた。そこの男に訊いてもいいのだが、本当のことを言うとは限らないしな。
「それで、人買いって、しょっちゅうあることなのかい」
「そうなのです。あってはならない危機にさらされているのです。ここ、ガラパパパ諸島では」
ドクターマシロに思わず迫ってしまった。
「何だって? 今、何て言ったんだ!」
真血流堕アナに肩をつかまれ、俺らしくないと思った。
「あってはならないと」
「違う、その後だ。ガラパパパ諸島と聞こえたが」
それでも体は興奮していた。
「はい。言いましたよ」
「真血流堕アナ、船がオート操作で辿り着けたのは、データとして間違っていなかったんだ」
「佐助先輩」
真血流堕アナの手をつかんで踊り上がった。
「やった! やったぞ! ここは、ガラパパパ諸島だ!」
らったらー。俺の人生、悪くはないぞー。
「ですから、パラダイスのような島でしょう?」
女神ヒナギクがきょとんとしていた。
「ああ、今、パラダイスにいるよ」
「佐助先輩、人買いはどうされるのですか?」
そうか。この中で頭が切れそうなのは、ドクターマシロかな。
「ドクターマシロ。あなたは医師ですか? 研究者ですか?」
「んー。教育者かな」
ドクターにも色々あるよね。俺は海洋開拓者。博士号は望めなかったけれども修士までは行った。昔は負けたと思っていたけれども、人に教えたりするのは大好きなんだ。もしかしたら、気が合うかも知れないね。
「なるほど。人買いがどこから来るのか分かるかい?」
「ガラパパパ諸島はその名の通り、いくつかの島でなっているのですが、ここは特異的なのです。生態系が他の島々とは違うようです」
来る前に思っていた、多様な生物のサンクチュアリのようだ。
「ふむ。それは、俺の分野のようだな」
「その中で、うちは上物として狙われているのですよ」
人を上物とか扱うのか。
「おい、そこの人買い。どこまでねじ曲がっているんだ」
言葉が通じないのか、おし黙っている。
「ここに縛り付けていて、いいことはないな。海へ返すか。いいかい?」
「うん。いいよ」
「はい。勇者、佐助様」
ユウキくんと女神ヒナギクは了承した。ナオちゃんも頷いてくれた。
柱の縄を解き、後ろ手に縄を掛け直す。俺が力を入れなくても、人買いは大人しく縄に繋がれて来る。このまま南下するとドクターマシロと打合せをした。
皆で木戸をくぐる。来た時よりも押しても軽く感じる。
「データがありますから、自分の管理している基地も兼ねたゲームセンターにお越しになってください。もう少し踏み込んで話がしやすいと思います」
「分かった、真血流堕アナと向かうよ。案内して欲しい。その前に人買いを追い払わないとな」
ぴこぴこと女神ヒナギクが顔を出す。
「勇者、佐助様。私も参ります」
「真血流堕アナ、OK?」
真血流堕アナは、色々あったけれども、ガラパパパ諸島と分かって落ち着いたのか微笑んでくれた。
「皆で行きましょう。OKです」
笑顔はいいんだ、ただ、残念ワンピースがなあ。新宿に行ったら、買い替えようかとも思ったよ。
「それがいいわよね。いつでも、CHU・CHU・CHUの祝福ができるし」
はいはい。結構なお点前で。
「ボクも行きますよ。ナオちゃんさ、ドクターマシロが手を繋ぎたいってさ」
ユウキくんは気遣い屋さんだ。
「ふゆ?」
怖がっていたナオちゃん、もっふもふの長い髪に艶が戻って来たな。
「言ったかな」
頭を掻くとポニーテールもふりふりとして、愛らしく感じられた。
真血流堕アナが出発を促す。
「おつかれーしょん!」
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