メシア降臨編

 魔王城、作戦司令室。

 いつもなら魔王が座る椅子に、大きなペンギンが座っている。それもそのはず……魔王自身が現場で作戦行動中なのだ。

 状況図を囲むオペレーター達が慌ただしく手を動かし、様々な報告が飛び交っていた。

「魔王様スタンバイ完了」

「Bルート、最終段階へ移行」

 オペレーターの報告に、ペンギンはゆっくりと頷いた。

「続いてメシア降臨編を開始します」

「カウントダウン開始。9、8――」


「天界より、信者AからD並びに町人AからJスタンバイ完了」

 振り返ったオペレーターへ、ペンギンは大仰に頷き返した。

「7、6、5――」

「Bルート、シナオリ終了まで10分」

「3、2、1」

 ペンギンは大きく息を吸い、掲げた手を勢いよく振り下ろした――


 ※


 ちゃぶ台に置いた腕時計から、静かな電子が響いた。

「始まった……」

 呟いた七美はすくりと立ち上がり、ゆっくりと深呼吸を行った。もう後戻りはできない……。覚悟を決め、竹刀を手に道場へ向かった――


 ピシャリと戸を引き開け、振り返ったイガラ集と信者達へ鋭い視線を送った。

「七美様……どうしたんスか?」

 七美は竹刀を振り上げ、ピシャリと床を打った。

「間もなく、魔王との最終決戦がァァ始まる! 我らがァァ力を、戦士たちへ届けるのだ!!」

「さ、最終決戦……?」


 その時、慌ただしい足音と共に信者の男が道場へ駆け込んだ。

「ま、魔王がテレビに……!」

 その瞬間、七美は踵を返して足早に外へ出た。

 後を追い、イガラ集と信者もゾロゾロと外へ出た。テレビに群がる人々をかき分け、テレビ画面とそこに立つ七美を視界に捉えた。

 画面には、魔王城へ集まった人間達が魔王と眷族の契を交わす様子が映し出されている。


 七美は人々を振り返り、竹刀を振り下ろしてその場に居合わせた全ての人々を睨めつけた。

「決戦がァァ始まる! 我らがァァ祈りで、戦士達を援護するのだ!」

 その時、テレビから流れる惨劇に人々が大きくどよめいた。

『ハッハッハッハッハ! 我と取引しようなど……悪魔と取引しようとは! 愚かなり人間! ハッハッハッハッハ!』


 魔王がゆらりとこちらを向いた。

『感じるぞ……混沌が世界を満たしておる。分かるぞ、人間。つい数日前まで人類を牽引けんいんしていた連中が悪魔の手先だったのだ。隣人が、友が、家族が、実は悪魔の手先なのではないか……疑心暗鬼に陥いる貴様等人類の姿が手に取るようだ……』


 魔王は身を反らし、再び大きく笑った。

『ハッハッハッハッハ! なかなか楽しい前座であったぞ――』

 そして、両手を広げ高らかに宣言した。

『これより、我が全力をもって人類へトドメを刺す!! 覚悟はよいな!!』

 魔王が宣言した。その時――


 画面が大きく揺れ、大きな爆発音と共に土煙が割り込んだ。

『貴様等! いつの間に……!!』

 振り返ると、破壊された扉の向こうで銃を構えるリンとケーラーの姿があった。

 そこで、映像は途切れた――


「彼らにィィ力を届けるのだ!」

 ピシャリと、竹刀が地面を叩いた。

「ああ!! だからあの二人はこの間ここに……!」

「そ、そうか!! この時に備えて、助力を求めに来ていたのかぁぁ!!」


 ※

 

 魔王城、作戦司令室。

「町人A、町人B、もう少し抑えて下さい。浮いています」

「概ね予定通りに進行。順調です」

「うむ」

 ペンギンは大仰に頷いた。


「サチコ、準備は良いか?」

「はい。ここに立っていれば良いんですよね?」

「うむ。それらしい顔とポーズをとればよい」

 魔法陣が刻まれた透明の床。下は液体に充たされているらしく、時折小さな気泡が見える。


「本当に立ってるだけで良いんですか?」

 オペレーターらしきクラゲのような悪魔へ尋ねた。

「投影座標の設定や細かい調整こちらで行いますのご安心を」

「わかりました」

「では、スタンバイをお願いします」

 何やら機器を操作し、無数の半球体が埋め込まれた板が四方からサチコを取り囲んだ。


 ※


 振り下ろされた竹刀が石畳を打ち、信者達が拳を突き出した。

「セイ!」

 七美は再び竹刀を振るい、声を張り上げた。

「足りぬ!! 足ァァりぬ!!」

「セイッ!!」

 と居並ぶ信者達が正拳突き繰り出し、七美は周囲を囲む人々を睨め付けた。


「何をボサッと見ている! おォォ前達もやるのだ!!」

 その時、テレビへ本来の映像が戻った。

『たった今、魔王城への総攻撃が開始されました!』

 カメラはレポーターを無視し、首を振って次々と基地を発つ車両や航空機を追った。

 続いて、映像は魔王城へ向かうヘリの中へ移った。


『普段なら迎撃される距離へ近付いているのですが、今のところその気配はありません! 一体何が起こっているのでしょうか!?』

 カメラは魔王城をズームし、異変を捉えた。

 魔王城の直上に淡い光の輪が現れ、ゆっくりと淡い明滅を繰り返していた。

『あれは何で――』

 その時、カメラを遮るようにヘリが割り込んだ。


『今、軍が我々の進路を塞ぎ引き返すようにと警告しています! しかし、我々は――』

 カメラは、行く手を塞ぐヘリの向こうに魔王城を映し続けた。

 光の輪が明滅する度に、飛び上がろうとする悪魔達が光に縛られるように地面へ引き戻されていた。


 ふと、テレビを見ていた群衆の中から声がこぼれた。

「……同じだ。同じタイミングで光ってる!」

「セイッ!!」という気合と共に、たしかに光の輪が強く光っているようにも見える。

「偶然だ」

 その一言が、群衆のざわめきをかき消した――その時、「セェェイッ!!」と一際大きな気合が響き、呼応するように光の輪がより強く光った。


 ――一人、また一人と列に加わり拳を突き出した。人が増える度に、光もまた強くなった。

 しかし、まるでそれを邪魔するかのように、空はにわかに曇り稲妻が走った。滝のような雨と雷鳴が降り注ぎ、次々と雷が放たれた――

 しかし、それは「セェェイッ!!」という気合に弾かれるように軌道変え、境内の外へ逸らされた。

 降り注ぐ雨は激しさを増し、弾けた雨粒が視界を白くぼかした。


 だが、手を止める者はなかった。居合わせた人々は次々と列に加わり、降り注ぐ落雷も滝のような雨もものともせず、皆一心に拳を突き出し続けた。

「セイッ!!」

 ふと――幾重にも重なっていた気合が、まるで一人の人間が発したかのようにピタリと重なった。

 七美の竹刀が石畳を砕き、放たれた気合が衝撃波のように駆け昇り雲を穿った――


 雨が止み、ポッカリと覗いた空から光が射した。柔らかく――しかし力強い光が作り出した景色は、居合わせた者の心を奪うに十分だった。

 皆思わず手を止めて、その美しい光景に見入った。


『魔王城が! 魔王城が消えて行きます!』

 静まった境内に、レポーターの声が響いた。

 皆一斉にテレビに群がり、その映像に見入った。

 分厚い雲の隙間から光が射し、照された魔王城が、蜃気楼しんきろうの如く消え始めた。


 何処からともなく歓声が湧き起こり、境内を包み込んだ。

 人々は抱き合い、信者達は一斉に七美を振り返った。その時――七美の体がフワリと浮き上がった。

 境内を照らしていた光が収束し、浮き上がる七美をスポットライトのように照らした。

 そして、光の中をゆっくりと降りてくる別の女性を信者の一人が指差した。


「よ、預言者様だ!」

 二人の体が重なり、ボケたピントを合わせるように七美と一体となった。

「預言者様=七美様だったって事なのか……?」

 ざわめく信者達をゆっくりと見渡し、七美は口を開いた。

「魔王の侵略を止めるべく、神々は多くの者を遣わしました。しかし……力及ばず、我々は一度破れました。私は半身を魔王に奪われ、殆どの力を失ってしまいました。

 しかし、皆の祈りが我々に力を与え、いくつもの軌跡を引き起こしました。そして、今ここでも……」


 七美は覆面を脱ぎ、信者達を見渡して微笑んだ。

「皆の祈りが魔を退け、我が半身を取り戻す事ができました。ありがとう」

 七美の体は光に吸い寄せられるように再び上昇を始め、多くの信者が手を伸ばしどよめいた。

「七美様……!」

「何処行かれるのですか!」


「共に勝利を祝いたく思いますが……私は天界へ戻らねばなりません。しかし、私はいつも皆の事を見ています。皆が祈る時、私はそこに居ます。必要とされる限り、私は共にあります」

 七美の姿は光の中へ消え、はらりと覆面だけが戻った――


「七美様ーーッ!!」

 っと叫んだ法被の男は、ふと思い出した。

「あれ……?」

 預言者と素顔の七美……。

「何処かで見たような……」


 その時、信者の一人がガシリと肩に手を回した。

「気のせいに決まってんだろ!!」

「……だよなッ!」

「おうッ! 七美様万歳ーッ!!」

「七美様万歳―ッ!」

「万歳―ッ!」


 ※


 魔王城、作戦司令室。

「信者D、フォローに成功」

「天界より、槻七美の受け入れ準備完了」

「槻七美を天界へ移送、並びにシステムコントロールの引き継ぎを開始……完了」

「作戦の全工程を完了、作戦進行率100%」

 振り返ったオペレーターへ頷き、ペンギンは手を突き出した。

「現ジコクをもって、作戦を終了する!」

「現時刻をもって作戦を終了。お疲れ様でした」

 張り詰めていた空気が和らぎ、皆ホッと息をついた。背伸びをし、次々と退出するオペレーター達を見送り、ペンギンは得意げに椅子を降りた。

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