教祖
ちゃぶ台に顎を付け、喋る生首のようになった七美の恨み節は続いた。
「悪魔や暴徒が日に日に増えて、自称何とかの使いや生まれ変わりもゾロゾロ登場して、人も世の中もどんどんおかしくなってってさ……。あんたらは一番よく知ってるでしょ? この茶番劇の最前線居るんだから」
「……」
七美はゴツリと額を打付け、潜もった声で続けた。
「あたしはさ、とにかく普通に過ごしたかったのよ。普通の生活が送りたかったのよ。世の中おかくしなっても、でもその中での普通ってのがあるじゃん? あたしはずっとそれを探していたのよ。
けどさ、右を向けば何とかの使い、左を向けば何とかの生まれ変わり、振り返ると暴徒、前には悪魔……。こんなんばっか。
でも、ある時気が付いたの。主人公が変わって、それに合わせて世の中もガラッと変わった。昔の基準で言えばキ○ガイだった連中が市民権を得て大手を振って歩いてる。居るのが当たり前、居るのが普通な世に中になったのよ。
人も世の中も狂った。みーんな狂った。狂っているのが普通で、昔の基準で今を見て眉を顰めている方が異常なんだって気が付いたのよ。
雷に打たれるって表現あるじゃない? まさにあれ、ようやく新しい普通が分かった! あたしって天才なんじゃないかとシビレたよ。まあ、勘違いだったんだけどね」
「……」
七美はムクリと身を起こし、拳を振り上げた。
「我ェェはメシア! 預言者の言葉をォォ伝える! ってな具合であたしも普通の仲間入りをしたの。
後は、自称何とかの使いとか生まれ変わりとやらを参考にしながら幸子に聞いた通りに行動しただけ」
しにゃっと体を萎ませ、ちゃぶ台に顎を乗せた。
「そりゃ正気を疑われたり白い目で見る奴らは居たよ。でもあたしは、変化に順応できない哀れな奴らめ。ぐらいにしか思ってなかったからさ、グイグイ突っ走ったよ」
再び身を起こし、拳を振り上げた。
「いざ、日光へェェ向え! 東照大権現徳川家康公がお護りィィ下さる! 我に続けェェェ!」
拳を降ろすついでに携帯を取り出し、いつぞや撮影したゴスロリ幸子の写真を映した。
「因みにこれが預言者でウチの御神体ね」
「……」
「真実の暴露を恐れた悪魔が魔界に連れ去ったって事になってる」
完全なウソとも言えぬ設定に、二人は微妙な顔を浮かべた。
「後はそこに書いてある通り」
ファイルを押し返し、菓子を手に取った。
「あたしほど普通意識して、追い求めた奴は居ないって自負もある。なのにさ、なんでそのあたしがソレを与える側になってんのよ……。意味わかんない……」
七美はため息を漏らし、不味そうに菓子を口に運んだ。
「そう……、ですか……。では、碓氷幸子との関係は?」
「幸子は会社の同僚。2年間も隣に座ってて、まともに話した事すらなかったんだけど……世の中がおかしくなってから妙に仲良くなってね。色々教えてくれたよ」
「具体的にはどんな話を?」
「……ところでさ、二人とも日本語上手いね。他にも話せるの?」
「私は日、中、英なら」
「日、独、仏、英ならば問題ない」
「へー、あたし日本語だけ」
口内の菓子をビールで流し込み、ポッと息をついた。
「そういう人を選ぶんだー、とかそんな話。あ……、そう言えばこう言う事は言っちゃいけなかったんだっけ……。幸子の名前が出たからついそんなノリで色々話しちゃったけど……」
「……」
暫しの沈黙の後、リンとケーラーは顔を見合わせた。
七美は全てを知っている……? 幸子は一体何処まで明かしたのか……。少なくとも、彼女はこの戦いが壮大な茶番である事は知っているようだ。
本当の事情を明かしても問題ないのでは? とは思ったものの……一度報告入れ指示を仰いで………いやでも人間一人の記憶ぐらいあの二人なら何とかできるんじゃないか?
そんな無言のやり取りを終え、互いにゆっくりと頷いた――
ビールを持ち上げたケーラーは封を切り、一気に流し込んで缶を握り潰した。
「我々は、ある方の依頼で貴方の安否確認を行いに来ました」
「そう……じゃあこれで任務完了だね」
「碓氷幸子」
「……?」
「碓氷幸子。依頼人は彼女」
◆
「はぁぁぁぁ!?」
滝本はビクリ身を震わせ、声を振り返った。
障子の向こうで、ガサゴソと慌ただしく動く気配を感じた。
「……あの、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫何でもないよ。気にしないで」
身を乗り出した七美は、口を塞ぐリンの手を押し退けて早口に喚いた。
「あの写真の子供は魔王の弟で、幸子はその第一眷族で今や魔界の№4!?」
(シー! 声が大きい!)
「そんであんたらは悪魔墜ち!?」
(し、真実を知って、めめ、目覚めたの! よ……)
七美は脱力するように腰を降ろし、二人を交互に見つめた。
「無いわー……。呆れた……」
「じゅ、順を追ってご説明致します」
というケーラーを遮って、七美は指差した。
「で、どっちが2でどっちが3なの?」
「と言うと……?」
「だから、どっちが第2眷族でどっちが第3眷族なの?」
その質問に……二人は何とも言えぬ顔を浮かべ、微妙に顔を背けた。
「あー! 分かった! どっちが2かで揉めたんだ。そうだそうだ、どっちも大尉だったよね? なるほどなるほど。
『ケンカしないで下さい! 2人で第2眷族です!』幸子が言いそう」
「……」
「さすがは悪魔墜ちする正義の味方、シマリが無いねぇ」
「好き好んでこうなったわけじゃない! 人類を守る為に仕方くやったの!」
「ほーら言ってるそばから……。シマリのないヒーロー様ですこと」
身を乗り出したリンに額をぶつけ、七美も身を乗り出した。
「ふ、二人とも落ち着け」
落ち着かせようとオロオロするケーラーをよそに、二人の口論はヒートアップして行く。
「人類を守る為? 放っておいても人類の勝利で終わる戦いだってのに何言ってんのよ。舞台裏を見てしまったアクターがヤル気無くしてディレクターに転身したってだけでしょ」
「あ、あんたこそ、ああだこうだ言いながら良い生活してんじゃない。何よこの部屋。ここを一歩出たらどんな景色があるか知ってんの?」
「知ってますとも、そりゃ最初は惨めな生活してましたから。だからずっと罪悪感あったんだよね、みんなを騙して生活物資巻き上げてるみたいでさ。
でもあんたらのおかげでスッキリしたわ。あたしは舞台裏を見ても腐らずにアクターを続けて、皆に希望を与えてる。あたしを慕う者達の信心にちゃんと報いてるって自信がついたわ」
「ふ、二人とも――」
「うるさい!!」
キッと目を吊り上げたリンと七美の声が重なった。
「………はい」
ヘンリー・ケーラー。この男、見た目の迫力と戦闘はピカイチだが……こういう場面では全くの無能らしい。
早々に自力での事態収集を諦めた彼は、ポケットから謎の球体を取り出した。
「わたしらがこうなる事で、本来なら野放しになってた腐った連中を始末できてんのよ!」
「へーそー、元々死ぬ予定の奴らだったんじゃねぇの?」
ギリギリとリンの歯ぎしりが響いた。
「だいたい、あたしとあんたらは決定的に違うの。あたしは舞台に上る前に舞台裏を知ってたの。その上で、あたしはアクターを続けたの。続けてるの。
でもあんたらは違う。魂を売れと言われて売ったんでしょ? そしてその結果として舞台裏を知った。何が人類の為よ、歯が浮くわ」
リンが何か言い返そうとした、その時――
ケーラーが球体を振り上げ、めり込まんばかりの勢いでちゃぶ台へ叩きつけた。……いや、実際少しめり込んでいる。
『そこまで!!』
球体からサチコの声が響き、二人はハッと振り返った。
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