あの人は今

 魔王城、サチコの部屋。

「なるほど……。それで、そのケヤキなにがしの行方が気になるということか」

 膝に座っていたパンダがサチコを振り返った。

「ええ、彼女の事だけがどうにも心残りで……生きているのか死んでいるのかだけも良いのでハッキリさせておきたいんです」

「ふむ。ならば――」

 っと、パンダはリンとケーラーを指差した。

「その二人に探らせればよかろう」


「え? いいんですか? そんな事して……」

しょくが終わってしまえば、今のように気軽に現世へ行くことはできなくなる。そして間もなく蝕も大詰めじゃ、我らも忙しくなる。そのケヤキ某を探すなら今しかない」

「じゃあ、お二人を連れて、ちょっと見てきても良いですか?」

「それはならん」

「え……? でも今……」


「そのケヤキ某が生き残っているとしたら、神域に居るかのうせいが高い。自分がどういう存在なのかを忘れたか?」

「あ……」

 パンダはチラリとサチコを振り返り、微かに頬を染めて口を尖らせた。

「我は問題ないが、現世の神域を巡るとなると、お前にどんなキケンがあるかわからぬではないか」

 

「んん~!! ぼっちゃまぁ~!」

 すかさず抱きすくめたサチコの頬擦りを受けながら、パンダはリンとケーラーに目を向けた。

「しかし、サチコと同じ元人間でも、神と悪魔の双方に祝福を受けたお前達は特別じゃ。常世と現世、双方の理に縛られながらも、その影響を受けない。ほら、アレじゃ、なんと言うのであったか……」

 パタパタと肩に止まった目玉が耳打ちし、パンダはポンと手を打った。

「そうそれじゃ、チートせいのうじゃ。それに、お前達は色々と顔がきくじゃろ?」



「――失礼します」

 サチコの部屋を辞した二人は、パタパタと後ろを飛ぶ目玉を振り返った。

(こいつは来るんだ……)

 と、同じ事を思った。

「ん? どうかしやしたか?」

「お得意の魔法でちょちょいっと探せそうなもんだけど……なんだかんだ、二人でイチャつく時間が欲しいだけなのかな~って」

「まあ、それもあるでしょう。でも半分は本当です」

「ふ~ん?」


「蝕の間はゆるゆるなんですが……本来、現世はおいそれと干渉できる所じゃねぇんです。蝕が終わってしまえば、今みたいに気軽にお手軽に現世へ行くことなんてできやせん」

「そうなんだ……」

「そして、その蝕は間もなく山場を迎えます。余計な干渉をして、シナリオの進行に影響が出ちまったらシャレになりません。現世で何かやるとしたら今です」


「なるほどねぇ……」

 顔を戻したリンは、隣を歩くケーラーへ尋ねた。

「人探しか……。何か良いあてはある?」

「内偵を頼んだ連中にもう一働きしてもらうか……」

「そういえば、あんたの得意分野だったね」

「じゃ、あっしはこちら側魔界の支配域を探してきやすんで、そっち側はお二人でお願いしやすよ」

 そう言って、パタパタと立ち去りかけた目玉は――何か思い出したように二人を振り返った。

「お二人も、何か思い残しがあったら今の内ですぜ」



 ◆



「滝本2曹」

 返事を返すと同時に、振り返った滝本は――中隊長と、その後ろに立つ見覚えのある二人組を捉えた。

「知っているだろうが……。こちらはヘンリー・ケーラー大尉。そして、林小黒リン・シャオヘイ大尉だ。例の件でお見えになった。くれぐれも、粗相のないように」

「はい、準備はできております。こちらへどうぞ」


 滝本に案内され、格納庫を歩く二人を囲うように、いつの間にか敬礼の人垣が出来上がっていた。

「さっさと引き上げないと、面倒臭くなりそう」

 囁いたリンへ、ケーラーは持っていたファイルを突き出した。

「たぶん、もっと面倒になる」

「……?」


 ――ほどなく、二人を乗せた車両がゲートを潜った。

「戦闘はなかったと聞いていたのだが……」

 窓を流れる景色を見つめ、ケーラーが呟いた。

 所々に戦闘の後が見受けられ――バリケードや焦げた車両、自警団らしき者達の姿も見えた。

「悪魔との戦闘は殆どなかったのですが、この間の騒動で……」

「なるほど……」


 人類を売った者達への粛清。悪魔さながらの暴力が、世界中で巻き起こった。それは、安全地帯であったはずのこの地も例外ではなかったようだ。


「……」

 つられるように外を眺めていたリンは、ファイルに目を戻した。

けやき七美ななみ。26歳、女性……」

 挟まれていた写真を手に取った。

「……」

 ゴスロリファッションにデスメタルでも歌い出しそうなメイク――いや、フェイスペイントと言うべきか……?


「私こういうのムリだわー。こういう奴って、どこか人間性が歪んでたりすんだよね」

「彼女も同じ事を言っていたらしいぞ」

 横から手を伸ばしたケーラーがファイルを捲り、リンは現れた証言録に目を通した――

「こんだけ普通であることに拘ってた人間が、何をどう転ぶとこんな事になるんだか……」

 リンは再び写真を手に取り、まじまじと眺めた。

「……」


「2曹は彼女事はご存知で?」

「はい、話だけは。ここらでは有名な方ですし」

「会った事はある?」

「いえ、自分は一度も。友人の話では、何とか言いましたか……親衛隊みたいな連中に守られていて近づく事もままならないと言っていました」

「ふーん……」

 リンはファイルを捲り、添付された写真を眺めた。チンピラ風の集団を捉えた写真だ。

 服装はバラバラだが、背に大きく拳が描かれている点は共通だ。

「イガラ衆……?」

 と、写真の隅に小さな走り書きがあった。

「『栄螺殻さざいがら』から取ったらしい」



「栄螺殻?」

「拳を指す言葉だそうだ」

 ケーラーの説明を、滝本が補足した。

「そこのリーダーは素手で悪魔を殴り殺すそうです。多分そこからその名前になったんでしょう。どういう経緯かは知りませんが、今は数名の信者を引き連れて親衛隊のような事をしているようです」

「ふーん……」

 気のない相づちを返し、そっとケーラーへ囁いた。

(そいつ天使なんじゃない? 大丈夫かな……)

(目玉殿が天界へ話は通してあると言っていたから大丈夫だろう)


 ヒソヒソと話す二人へ、滝本はルームミラー越しに恐る恐る尋ねた。

「あの……任務の事を伺うのは、その……」

「いや、構わないよ。任務などというような大層なものじゃない。彼女に会うのは個人的な興味だ」

「そうなんですか?」

「あたし達の任務はこの地域の調査。なんで悪魔の出現が極端に少ないのかとか、あたしらが行けば何か分かるかも? っていうゆる~い任務だから、ついでに有名人も見とこうかなって」

「なるほど……」



 やがて……二人を乗せた車は、手作り感溢れるゲートの前で止まった。今はゲートの姿をしているが、なんとなく前世が分かる。

 車を降りる前に、滝本が二人に帽子とサングラスを渡した。

「一応つけておいて下さい。有名人ですから」

 みっちりとバラックが建ち並び、パッと見はスラムのように見えた。

 バラックに目を走らせていたリンは、ふとある物に目を留めた。

「鳥居……。って事は神社?」

 リンの質問には滝本が答えた。

「日光東照宮です。避難民が押し寄せて、なかなか凄いことになっています」


「悪魔が一切出現しない」

「ええ。近付いた悪魔はみな灰になりました」

 その辺のからくりを知っているリンは、真顔でそれっぽい質問をするケーラーから目を逸らして顔を伏せた。


 滝本を見た門番がゲートを開け、彼に続いて二人もゲートを潜った。

「実は、さっき話していた友人というのはアイツの事なんです」

 滝本はチラと門番の一人を振り返り、慣れた様子で歩を進めた。

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