エンディング

 魔王が宣言した。その時――


 画面が大きく揺れ、大きな爆発音と共に土煙が割り込んだ。

「貴様等! いつの間に……!!」

 振り返ると、破壊された扉の向こうで銃を構えるリンとケーラーの姿があった。

 そこで、映像は途切れた――


 途切れる直前の――銃を構えたリンとケーラーの静止画を背景に、渋味の効いたナレーションが入った。

『彼らが魔王とどう戦ったのか……我々にそれを知る術はない。しかし――』

 そこで画面は報道ヘリからの映像に切り替わる。


『今! 再び爆発が起こりました!』

 魔王城の一部がガラガラと崩れ落ちる様子が映し出された。

『一体、中ではどのような戦いが繰り広げられ――ああ! 魔王城が!』

 分厚い雲の隙間から光が射し、照された魔王城が、蜃気楼しんきろうの如く消え始めた。


『魔王城が! 魔王城が消えて行きます!』

 そして――映像は魔王城が消えたお台場へと切り替わり、ナレーションの続きが流れた。

『ヘンリー・ケーラーとリン・シャオヘイ。彼らが、魔王と魔王城を魔界へ押し返した事だけは間違いない』


 ヘンリー・ケーラー、リン・シャオヘイ。二人の英雄に捧ぐ。


 テレビの前に座る魔王は、流れ始めたスタッフロールを見つめて呟いた。

「天界はこういう仕事だけは早いな」

「ある意味こういった事が本業ですし。前日には、二人のカットと最後の空撮部分以外は作り終えていたそうです。お台場に設置する二人の像も出来上がっていたそうで。この後、除幕式の中継が予定されています」

 そう言って、ザッバは茶を注いだカップを差し出した。

 

「しっかし……可能なら撮り直したいところだ。急ごしらえのシナリオであったとはいえ……あんな三文芝居が、俺が指揮を執った最初のしょくの記録かと思うとな……」

「何を仰いますか。ご立派でありましたぞ、若」

「……そうか?」

「はい。人間の思い描く魔王像を上手く表現できていたと、私はそう感じましたぞ」

「……ありがとう。ザッバ」


 魔王はカップに口を付け、ふと調子を変えて尋ねた。

「ところで、英雄殿の様子はどうだ?」

「今まで倒してきた連中が、ことごとく生きている事に衝撃を受けていたようですが……だいぶこちら魔界にも慣れてきたように見受けます。坊っちゃまが眷属けんぞくとしての自覚も」

「そうか……」

 何処か寂しそうな魔王の心中を察し、ザッバが話を振った。


「それにしても……坊っちゃまは成長なさいましたな。ベタベタと甘えになられる事が減り、お寂しいのでは?」

「ああ……。サチコには相変わらずベッタリのようだがな……自分の配下達の目があるとツンとましておる」

「確かに、配下の前で主らしく振る舞われるお姿を、最近よく目に致します」


「ああ……。サチコには相変わらずデレるようだがな」

「……ご、ご成長は、大変喜ばしい限りでございます」

「ああ……。だがなぜサチコには……」

「で、ですが、いささか寂しくもありますな!」

「ああ……。サチコばっかり……」

「……」

「やはり……父より乳なのか……」

「……あの……わ、若?」


 ブツブツと呟いていた魔王は、ハッ顔を上げた。

「べ、別にサチコに嫉妬しっとなどしておらんぞ!!」

「……さ、左様で御座いますか」

「う、うむ……」



 所変わって――

 戦利品一時保管室。

 両脇にリンとケーラーを従え、テレビの前に座るパンダの姿があった。椅子は言うまでもなく幸子の膝だ。

 仕分け作業を中断し、先程のドキュメンタリーに続いて予定されている彫像の除幕式の中継が始まるのを待っていた。

 ブレザーのリボンを直しながら現れた筋肉目玉が座り、パンダの眷属としもべが揃った。


 ふと、幸子は筋肉目玉の脇に置かれた風呂敷包みを指した。

「あれ? あのバッグは使わないんですか?」

 ブレザーと一緒にバッグも見立てたのだが……。

「ああ、姐さんに頂いたバッグに入れるのはちとはばかられましたので……」

 そう言うと、包みを開いて見覚えのあるモザイク頭部を取り出した。


「これって……魔王様に畳まれちゃった人ですよね?」

「ええ、魔王様にお願いしていただいてきました」

「そんな物どうするんです? 食べるんですか? 腐る前にちゃんと処分して下さいよ……」


「実は……これまだ生きてるんで、腐らないんです。しゃべれないだけで、ちゃんと見て、聞いて、嗅いで、考えてるんだそうで」

 よく見ると、確かに目玉とまぶたは動いている。

「魔王様に相当ナメた口を利いたようで……。邪魔なんで食べちまったんですけど、体の方の痛みをまだ感じているらしいですぜ」


「あらーご愁傷様ですね」

「兄上は怒らせると怖いぞ。お前達も気をつけるんじゃぞ」

 っと口を挟んだパンダは、何処か得意げだ。

「で……それをどうするんです?」


「あっしの眷属達の家に置こうかと思いまして。オモチャとか隠れ家を入れてやるのが良いみたいですからね。ほら、首とか口とか鼻とか、隠れる場所もいっぱい付いてますからちょうど良いかと」

「ホンっと……ご愁傷様ですね」

「お、始まったぞ」

 パンダの声で、二人は画面に目を戻した――



 除幕式はとどこおりなく進み、幕が剥がされたその時――幸子が声を上げた。

「あれ? ちょっと……お二人とも盛ってません?」

 あらわになった彫像を目にした幸子が二人を振り返った。

「ほら、ちょっと画面の横に並んでみてくださいよ」


 画面に映るズームされた彫像と、その両脇に立ったリンとケーラーを見比べた。

「ほら! かなり美化してますよね?」

「あの……我々に言われましても……」

 っと、返した本人達が最も戸惑っている様子で……気まずそうにうつむいた。


「まあ、その彫像は天界が用意した物ですから」

 っと、画面を覗き込んだ筋肉目玉が口を挟んだ。

「これから長いこと正義の象徴として使われやすんで、可能な限り美男美女の方が色々と都合が良いのですよ。それに、もしものもしもがあっても、ギリギリ別人と言い張れますから」

 

「なるほど……」

「ほれ、二人とも。そんな所に突っ立ってないで、その恥ずかしい像をしっかり見ておけ」

 パンダは二人を呼び、脇に座らせた。

 ゆっくりとカメラが引かれ、キメ顔で何処かを指差す二人の彫像が画面いっぱいに映し出された。

「ハッハ、天界は仕事は早かったがセンスはなかったようじゃの」


 思わず顔を覆った二人は、指の隙間から画面に映る二人の英雄を称えて……っという文字を見つめた。

「覚悟はしていたが……想像以上の後ろめたさだ……」

「ゴメン……ちょっと吐きそう……」

 っとケーラーに続きリンが溢した。


 テレビには、ケーラーが行動を共にしていた若い兵士が涙を拭いながらスピーチを行う様子が映し出されていた。

「出来るなら、彼にだけは一言詫びておきたい気分だな……」

 どんよりと俯く二人とは対照的に、筋肉目玉は声弾ませた。


「ちょっとお二人とも、もっと胸を張って下さいな! お二人は人類の歴史と、魔界の歴史の両方に名を刻むってぇ偉業を成し遂げたんですぜ?」

「魔界の歴史にも?」

 首を傾げた幸子へ向き直り、筋肉目玉は得意げに続けた。

「魔王様が伝統的に勇者に持ちかける話があるじゃないですか?」

「我が配下となれ! ってやつですか?」


「そうです、そうです。このお二方は、事実上、史上初めてそれに乗った勇者なんですぜ」

「あっ、なるほど……」

「まぁ、人類にとっては汚点ですが、バレてないのでセーフです」

 ますます項垂うなだれるリンとケーラーを振り返り、パンダが付け加えた。


「だから後悔すると言うたであろう? 悪魔と取引しようとは! 愚かなり人間! ハッハッハッハッハ!」

 っと、早速魔王の口真似を披露した。

「世界からうみを絞り出す。お前達の望みはかなえたのだ。次は、我が望みを叶えて貰うぞ」

 そう言うと、パンダは悪魔らしくニタリと微笑んだ。


「ところで、坊っちゃま。他の光の戦士達はあのままで大丈夫なんですか? 悪魔の僕や眷属になった人間も結構いましたよね……。このまま現世に残して、今後の人間社会や次の蝕で面倒の種になったりしないんですか?」

「サチコよ。ニンゲン離れした過去の偉人や、武芸者などの伝説を耳にした事ぐらいはあるであろう?」

「あっ……もしかして?」


「そうじゃ、それらは別に誇張こちょうして伝えられたわけではない。連中は確かにニンゲン離れした能力をもっておったのだ。しかし、それは代を重ねるごとに薄まり……後はお前も知ってのとおりじゃ」

「なるほど……」

 その時、後ろでパンっと誰かが手を叩いた。

「それでは、皆様。そろそろ作業の続きをお願い致します」

 振り返ると、何処か不機嫌な視線を浴びせる老執事が立っていた――



 大きなバケット車に乗り込んだパンダは、アームを一杯に伸ばして部屋を見下ろした。

「魔法が使えぬ代わりに、ニンゲンは面白い物をつくるのう」

 悪魔達を従え、戦利品を整理するリンとケーラー。そしてその指揮を執る幸子を眺めた。

 パンダの隣に立つ老執事が、幸子を見つめて呟いた。


「多少は、第一眷属としての自覚が芽生えたようで」

「それだけではないぞ。Bルートを考えたのはサチコじゃ。爺はサチコがしっかりやっておるところを狙ったように見ておらんからのう」

「そうですぜ。坊っちゃまとあたしへの演技指導をやったのも姐さんなんですぜ?」

 っと、パタパタと飛びながら口を挟んだ目玉を老執事が鷲掴みに掴んだ。


「貴様は仕事もせずに何をしてるのだ? 未だペット気分が抜けておらぬようだな……」

「……す、直ぐに……取り、かかります……」

 グニグニと目玉汁を絞る老執事をチラリと窺い、パンダは顔を隠してニタリと微笑んだ。

「ところで爺。早くも我が妻になる者を探しておるそうじゃが……われはもう決めておるので必要ないぞ」


「坊ちゃま……まさか」

「もっと堂々と振る舞うようになれば、イササカの不満も無いのじゃがな……」

「なりませんぞ……! それだけはなりませんぞ坊ちゃま!」

 っと、老執事は思わず巨大な赤鬼へと変身し、とばっちりを食った目玉は手の中でパンっと弾けた。

「こ、こら! こんな所で変身するな! 倒れてしま――」

 言い終えるより早く、バケットは車ごとグラリと傾いた――


 傾いたバケット車を押し戻す赤鬼の脇へ――パンダを抱えた幸子がふわりと着地した。

「坊ちゃま。お怪我はございませんか?」

「うむ。さすが我が第一眷属」

 満足げに頷き、パンダは幸子の首に手を回して耳元で囁いた。

「そして、わが未来の――」



 一方、玉座の間では――

 魔王はテレビを消し、玉座に深く背を持たせた。

「なあ、ザッバ。蝕が始まった時、俺がいた事を覚えているか?」

 カップに目を落とし、魔王は尋ねた。

現代いまの勇者とは、如何な連中であろうか……?」

 覗き込む魔王の顔を映していた液面がゆらゆらと揺らぎ――何やら暴走するサチコを静めようと、右往左往するリンとケーラーの姿が映し出された。


自分達人類そむいた者を炙り出し、纏めて粛清しゅくせい……。現代の勇者とは、なかなかえげつない事をする連中であったな」

「……ま、神の子ですからな」

 一瞬の間を空け、魔王の笑い声が響いた。

「ハッハッハ! そうか、そうであっな! 子は親の背を見て育つか、ハッハッハッハッハ――」

 玉座の間に、楽しげな魔王の笑い声が響いた。

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