Bルート

 数日後――

 魔王城、戦利品一時保管室。


 パチリと駒を打ったペンギンは、大仰な仕草で腕を組んだ。

「ハッハ、われの勝ちじゃ」

 幸子の膝の上で、ペンギンは得意げな笑みを浮かべた。

「参りました」

 っと向かいに座る筋肉目玉は美しい座礼で応えた。


「これも保存すべき品じゃな。しかし、将棋盤も実にさまざまなバリエーションがあるのじゃな」

 既に保管が決まったチェスとオセロ同様、ペラペラの折り畳み式から脚付きまで、戦利品の山から掘り起こされた各種の盤を眺めた。 

「で――ニンゲン共はどうしておる?」


「それはそれは、呆れる程の醜態しゅうたいをさらしておりやす」

 その言葉に合わせ、幸子が脇に置かれたテレビを点けた。

『――政府は、大使館職員の暗殺事件に関し、悪魔崇拝とは無関係であるとの発表を行いました』

「ハッハ、じゅんちょうに潰し合っておるな」

眷属けんぞくの話が出た途端、目の色が変わった人が結構居ましたからね。手を回してライバルを減らしてるみたいですよ」


「そのせいで自身の身の安全も脅かしてしまったようですがね。もう誰が味方か分からない様子で、あれからずっと大広間に残っている連中ですらピリピリしとります」

「大広間に居る限り悪魔は手を出さないと、魔王様が直々に宣言ないさましたからね。彼らに危害を加える可能性があるのは同じ人間だけ……。悪魔の拠点で、人間が人間に脅えて過ごしています」


『これは一体いつまで続くのでしょうか……政府や財界の要人ばかり、僅か三日間で二十件目です。本当に悪魔崇拝とは関係がないのでしょうか? 世間では悪魔崇拝者と悪魔が関係しているという噂がしきりりに囁かれていますが……』

『これはもう明らかでしょう。私も、一連の暗殺事件の被害者はいずれも悪魔崇拝者であるとの信憑性の高い情報を得ています』


『いや、私が得た情報は少し違います。全てが悪魔崇拝者ではなくその支援者――パトロン的存在も多く含まれていると……。間接的な悪魔崇拝者ともいえますが――』

しょくが終わるまで残り四日。サチコよ、そろそろ頃合いかの?」

「はい。宜しいかと」

 

『――なんだかんだと理由をつけて部隊を進めず、早一ヶ月です。目前まで進めておきながら、一ヶ月もの間なんの動きも見せていません』

『各国の要人が極秘裏に東京へ集まっているとの情報もあり、裏で魔王へ何らかの交渉を持ちかけているのではないかとの憶測が広がっております』


『悪魔と取引をしているとでもいうのですか!?』

『そうです! それを裏付ける音声や映像も――』

 画面に映るコメンテーター達へ視線を走らせ、ペンギンは呟いた。

「天界もスパートをかけてきておるな……。我が眷属達よ、仕上げにかかれ」


「はい。坊ちゃま」

 幸子の声に続き、ひざまずいたリンとケーラーの声が重なった。



 ◆



 翌日――世界中のメディアが、一斉にある映像を流した。

『――我々悪魔は、諸君らの申し出を受けることに決めた』

『ご覧頂いております映像は、先日魔王城で行われた取引の一部始終を捉えたものです! そして、我々は魔王へ提出されたという生贄いけにえのリストを入手しました! およそ三分の一の国とそこに住まう人々を差し出すという恐ろしい内容です!』


『――我が眷属となる事を望む者は、七日後を期限にここへ集まるがよい』


 これに合わせるように、映像に映っていた者達は勿論、それに関わった者達のリストがリークされ、メディアはこぞってこれを取り上げた。

『速報です! 昨日リークされたリストは、一部の諜報機関と光の戦士達が極秘裏に行っていた調査報告書の一部であると、関係者並びに政府が公式に認めました!』


 そして、世界中で粛清しゅくせいが始まった。


 市民が、警察が、軍隊が、次々と彼らに襲いかかった。人類にそむいた者達を、人類は許さなかった。

 リストに記された者は息を殺し、魔王城を目指した。魔王の眷属となる、それ以外に生き残る道はなかった。

 そして、魔王の眷属の座を欲する者も続々と魔王城を目指した――



 ――とあるヘリポート。

 慌ただしくヘリを降りた男達が、SPに守られながら待機していた車に乗り込んだ。

「我らを差し置いて……一体誰の支援でここまでこれたと思っている! 報告がなかったどころか、我らを売り渡しよったな!」


 怒りをあらわにする男に、隣に座る男が額の汗を拭いながら応えた。暑さからくる汗ではないようだ。

「お怒りはごもっとも。しかし、今はとにかく先を急ぎましょう。魔王城へ入ってしまえば、そうそう手出しはできないはず……。後は魔王と眷属の契約を結んで――」

 その時、強い光が車列を照らし、拡声器の声が響いた。


『止まれ!!』

 同時に強烈な光とローター音が行く手を遮った。

『現在、お前達には悪魔崇拝の容疑がかかっている! 大人しく投降せよ!』

「――!!」

 男達は身を乗り出し、車を包囲する兵士達を見回した。

 フロントガラスの向こうには、ホバリングするヘリのドアガンがじっとこちらを見つめていた。


「クソッ……!」

「あ……あぁぁぁぁ……終わりだ……」

『抵抗する場合は容赦はしない! 大人しく投降せよ!!』

「落ち着け! 我々が各国にどれだけのコネクションを持っていると思っている! 直ぐに解放される!」

「そうだ! と、とにかく大人しく――」


 その時――車の屋根に何かが飛び降りた。

 車内で顔を見合わせる面々を嘲笑あざわらうように、こじ開けられた天井の隙間から巨大な目玉が差し込まれた。

「な、なんだ……お前は……?」

『あ、悪魔……! やはり通じていたか!!』

「そういう事らしいですぜ? 潔くくたばってくだっせ」

『撃て!! 悪魔もろとも殲滅せんめつよせ!!』


 ――文字通りの蜂の巣にされる車を見つめていたケーラーは双眼鏡を下ろし、狙撃姿勢を取っていたリンは構えを解いた。

 パタパタと飛んできた目玉が合流し、ケーラーがめくるリストを覗き込んだ。

「次はこの男だ。確実に息の根を止める」 

「それじゃ、部隊の手配はお願いしますよ。あっしは荷物にでも潜り込んできやす――」



 ◆



 そして――あの日から数えて七日目。

「やあ、諸君……ここへ来るのは命がけであっただろう。しかし、よくぞ集まってくれた。感謝する」

 集まった人間を見渡し、魔王は続けた。


「苦境の中、集まってくれた君たちこそ、真に我らに理解のある者であり、真に、共に歩むに値する者である。君たちのような者を眷属として迎えられる事を嬉しく思う」

 壇上を降りた魔王が手をかざすと――左右に寄せられていた丸テーブルが、まるで意志ある生き物のように動き、等間隔で設置された。


 続いて宙を舞って現れたグラスが次々と置かれ、魔王は一本の酒瓶を取り出した。

「これも……悪魔の――魔法の力なのか?」

「諸君等も直ぐに出来るようになる。しかし……こんな程度驚いてもらっては困るな。諸君は我が眷属となるのだぞ」

 魔王が壇上を振り返ると――空間にスパリと切れ目が入り、一組の男女が現れた。男の方は、触手で簀巻すまきにされた誰かを担いでいた。


「ヘ、ヘンリー・ケーラー……」

「リン・シャオヘイ……」

 ざわついた会場のあちこちで、彼らの名が囁かれた。

「この二人は、我が弟の眷属。当初からずっと光の戦士のフリをして潜り込ませていた。我が眷属となれば、この二人を上回る力を得ると保証しよう」


 湧き起こった歓声に似たざわめきを静め、「だがその前に――」と、魔王は再び壇上を振り返った。

「諸君を売り渡した裏切り者を始末をせねばならない」

 魔王の合図を受け、ケーラーが担いでいた男を無遠慮に床へ落とした。


 触手巻きの男……交渉団の代表であり、その席で魔王に脅しをかけていた男だ。

「そ、そんな……彼が?」

「本当なのか……?」

 大きくどよめいた会場を静め、魔王はリンとケーラーを下がらせて男に尋ねた。


「己が身の安全と引き替えに、ここに居る者達を売った。そうだな?」

 口を塞ぐ触手の下で、何事かをモゴモゴと叫ぶ男を他所に、魔王が手をかざすと――己が身の安全と引き換えにリストを作るその一部始終が空間に浮かび上がった。

 男には、全く身に覚えのない映像だ。


「裏切り者には死を」

 男の耳の奥に、魔王の声が響いた。

「裏切り者には死を……裏切り者には死を! 裏切り者には死を!!」

 始まった合唱の中でニタリと微笑む魔王。そして――

「楽には死ねんぞ?」

 そう、耳元で囁く声を聞いた。


 首を残し、男の体が折り畳まれた。バキバキと音を立て――薄く、小さく小さく折り畳まれた。まるで、畳んだ服の上に生首が乗っているように見えた。


 ふと――世界中に映像が流れた。

『我は魔王なり』初めて魔王が人類の前に現れた、あの時の様に。テレビに、夢に、鏡に、ガラス窓に――


「それでは、契約の儀をり行おう!」

 魔王は短剣で指先を切り、封を切った酒瓶の中へポタリと垂らした。

 数滴目が落ちた時……まるで重力を失ったように、瓶の中身が溢れ出し大きな球となって宙に浮かんだ。


 次の瞬間――球が弾け、テーブルに置かれたグラスの中へ次々と収まった。

「さあ、我が眷属となる事を望む者はそれを飲み干すのだ」

 集まっていた人々は先を争うようにテーブルに群がり、次々とグラスを空けた。

「これで……力が――」


 そう呟いた男が、一瞬にして黒い灰となり崩れ落ちた。

 そしてその灰も、蒸発するように跡形もなく消え去った。

 次々と――グラスに口を付けた者達が黒い灰となって崩れ落ちた。


「ああ……そうだ、忘れていた。我が血を宿すに相応ふさわしい器でなければ灰になってしまうのであったな。自信のない者は飲まぬ方が良いぞ――いや、人間は飲まぬ方が良いぞ」

「そ、そんな……もう飲ん――」

 言い終えるが先か……残っていた面々も次々と崩れ落ちた。


「ハッハッハッハッハ! 我と取引しようなど……悪魔と取引しようとは! 愚かなり人間! ハッハッハッハッハ!」


 一頻り笑うと、魔王はゆらりと向きった。

「感じるぞ……混沌が世界を満たしておる。分かるぞ、人間。つい数日前まで人類を牽引けんいんしていた連中が悪魔の手先だったのだ。隣人が、友が、家族が、実は悪魔の手先なのではないか……疑心暗鬼に陥いる貴様等人類の姿が手に取るようだ……」


 魔王は身を反らし、再び大きく笑った。

「ハッハッハッハッハ! なかなか楽しい前座であったぞ――」


 そして、両手を広げ高らかに宣言した。

「これより、我が全力をもって人類へトドメを刺す!! 覚悟はよいな!!」

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