カサカサ
支城の攻略を皮切りに、人類は
だが、そこに疑念を抱く者が一人。
ヘンリー・ケーラー
彼はどうにも拭いきれぬ違和感を抱えていた。
この戦いは、何処かおかしい……。
何処が? っと問われても答えることのできない――漠然とした違和感だ。
「大尉? 大尉?」
運転席に座る若い兵士は、ジッと何処かを見つめて返事の無いケーラーの腕を揺さぶるように掴んだ。
「大尉? 着きましたよ?」
「――ん? ああ、すまない。少し考え事をしていた」
「何か心配事でも?」
「いや――」別に。っと言いかけて、若い兵士に尋ねた。
「君は、この戦いをどう思う?」
「どう……と言いますと?」
「いや、単純に何か感じている事があれば聞かせて欲しくてな……」
「そうですね……。私は、開戦直後から、からずっと前線におりました。敗北と撤退を繰り返し……もうダメかと思った時、
「……」
「もちろん、大尉達のおかげである事は分かっています。間違いありません。ただ……」
「ただ?」
「ここ最近の勝利は……敵に勝たせてもらっているような――妙な印象を受けます」
そこまで言って、兵士はハッと我に返ったように取り繕った。
「す、すみません! 忘れて――」
「いや、それだ。それだよ! 私も同じ事を感じていたのだよ」
ふと、ケーラーは口調を変えて尋ねた。
「ところで、参謀本部に知り合いは居ないか?」
◆
幸子は廊下に立ち、大きな窓越しに司令室を見つめた。
机に浮かぶ状況図が忙しなく更新され、各担当オペレーター達の声が飛び交っていた。
「――方面、間もなく
要請を承認、召喚陣を維持して下さい
αチーム壊滅
――方面、逢魔時を抜けます。順次、総員戦闘配備
条件整いました
無人偵察機を確認。直ちに迎撃――
天界へ奇跡を要請
実行部隊退避開始
モスクワ、ワシントン、奪還されました
奇跡、
ヒーロー現れました
お台場、海浜公園内に敵部隊を確認」
振り向いたオペレーターに魔王は素早く指示を出した。
「手を出すな。泳がせろ」
言葉に合わせ、突き出した手をゆっくりと引き戻しながら――チラリと隣を窺った。
「おぉぉ……カッコイイです!! 兄上カッコイイです!!」
キラキラと目を輝かせたアライグマが大興奮でポーズを真似ていた。
「ハァ、ハァ、坊ちゃま……」
それを見つめる幸子の興奮は言わずもがな……鼻息がみるみるとガラスを曇らせた。
「それじゃ姐さん、あたしらも行きましょう」
「あ、はい……」
歩き出した筋肉目玉を振り返り、幸子は名残惜しそうに窓を離れた。
「なんか……人間とあまり変わらないんですね」
司令室をなが眺めながら、幸子は呟いた。
「といっても……映画とかアニメでしか見たことないですけど……」
「そう言えば、昔姐さんの部屋で見た気がします」
前を歩く筋肉目玉は、そう言ってノブに手をかけた。
「こちらです」
サチコに続きドアを潜った筋肉目玉は、再び幸子の前を歩いた。
足先の
「あの……目玉さん」
「はい?」
「なんでスカートなんです……?」
逞しい裸体にスカートを履いただけの不気味な出で立ちだ。妙に婆臭い花柄にはなぜか腹が立つ。
「ちょっとズボンじゃ仕舞えない物がありまして」
「なるほど……? 上は着ないんですか?」
「坊ちゃまは下を隠せと」
「それは、別に上を着るなって意味じゃないと思いますよ……?」
「そうなんですかい?」
「今度、目玉さんに合いそうなのを探してみましょうよ」
「その時はよろしくお願いしやす」
長い長い廊下を突き当たりまで進み、筋肉目玉は壁のスイッチのような物を押し込んだ。すると……今まで歩いてきた廊下の壁が、ゴリゴリと重い
「……これ、シャッターだったんですか……?」
ぽかんと見つめる幸子の前に、ドーム球場が幾つも収まりそうな広大な部屋が現れた。
しかし、振り返るとそこは壁だ。ずっと向こうには自分達が入って来た扉も見える。
「あの……この巨大なシャッターには一体なんの意味が……?」
「ビックリしたでしょ?」
「ええ、それは……まぁ」
筋肉目玉は何事もなかったようにコツコツと歩き始めた。
「え? もしかしてそれだけ……?」
「あまり深くは考えないでくだせぇ。魔王城って所はですね、歴代魔王様の趣味やら思いつきやらが詰まった場所なんです。魔王様が変わる度に改築やら増築やらを繰り返してるので、正直何の為に? なんて物は山ほどあるんですよ。いちいち気にしていたら住んでられませんぜ」
筋肉目玉の後に続きながら、幸子は呆れたように溢した。
「でも……さすがにムダにも程が――」
「おっと、姐さん。それ以上は魔王様への侮辱になるのでお止め下さい」
「あっ……はい。すみません……」
この巨大な部屋には、実に様々な物が集められていた。
日用品から軍用品、自転車から戦車、果てはスペースシャトルまで転がっていた。
「仕分けって……これを?」
「へい。占領した人間の町や、捕虜とか死体から回収した物なんですがね、
「はぁ……。あ、もしかしてそのスカート……」
「ええ。ここから頂きました。一応人間の間では高級品だと聞きまして、これをいただいたんですが……そんなに不快ですか?」
幸子は無意識につり上がっていた目を戻し、誤魔化すように戦利品の山を眺めた。
「そ、そんな事ナイデスヨ」
「無理しなくてもいいですよ。背筋にビンビン殺気が伝ってきますんで。仕分けついでに姐さんのお眼鏡に叶う物があれば、避けといてもらえるとありがたいです。
坊っちゃまに仕える者同士、仲良くやって行きたいですからね」
「……すみません。どうにもその柄が許せなくて……」
「人間の頃に比べて物の好みも変わったりするってザッバの旦那が言ってやしたしね。あと、我慢や怒りの沸点が下がる。とも」
「はぁ……。ところで――これは一体何の為に集めたのですか……?」
後に続いて戦利品の間を歩きながら、幸子はぼやいた。
「正直……魔法があればどれも要らないものばかりに思えるんですが……。いや、絶対魔法の方が便利ですよ。しかもこんな手当たり次第に――」
「お~っと姐さん。そ~れ以上は……」
見得を切るように、筋肉目玉が割り込んだ。
「あー、なるほど……」
「というわけで、姐さんの目から見てもこれは是非コレクションするべきだというような物や、不要なゴミを分けてくれとのお達しでして」
「分かりました。魔王様の御下知とあらば
「いいっすねーそれ。エリート悪魔って感じっす」
「そ、そう……?」
「ええ、なんだか坊ちゃまの眷属として風格が備わってきたような……」
照れながら、ふと幸子は筋肉目玉に耳打ちした。
「ちなみに……魔王様と坊ちゃまの命令はどちらを優先するべきなんでしょう……?」
「基本的には、魔王様が絶対です。で、す、が……」
筋肉目玉は足を止め、周囲を窺って声を潜めた。
「魔王様はご存じの通り坊ちゃまには大変、大変、大っ変甘いお方です。
「なるほど……」
「まあ、現魔王様は先代様とは違って大変出来たお方なので、何も心配するような事はないと思いますぜ」
再び歩き始めた筋肉目玉の後に続き、幸子は尋ねた。
「先代様はどんな方だったんです?」
「まだ存命の時に、ザッバの旦那が『クズ』と評していたのを聞いた事があります。ま、先代様に関してだけは大っぴらに
「はあ……」
そうこうする内に部屋の中心まで来た筋肉目玉は、足を止めて幸子に向き直った。
「それでは姐さん、よろしくお願い致しやす」
周囲を取り囲む戦利品の山をぐるりと見回し、幸子は恐る恐る尋ねた。
「あの……手伝っていただける方とかは……?」
「姐さん……こういう時の召喚魔法ですぜ? 坊っちゃまと特訓したじゃあないですか……」
「あっ、そっか」
「いろんな奴を呼んで、チャチャっと片付けちまいましょ。あーでもあの二人を呼んだりしないで下さいよ……」
幸子の前に描かれる召喚陣を眺めながら、筋肉目玉がぼやいた。
「大丈夫ですよ。そもそもあれは坊っちゃまの指示で……あれ? 目玉さん?」
振り返ると、いつの間にか筋肉目玉の姿は無く……パサッと落ちたスカートだけが残されていた。
「目玉さん? おーい目玉さーん?」
「姐さん……」
ため息混じりの声を振り返ると、召喚陣からにょきにょきと筋肉目玉が生えていた。
「あれ? なんで目玉――ッ!!」
「頼みますよ……こんな事せずともあたしは逃げたりしませんって。ちゃんと手伝いますって……。坊っちゃまとの特訓を思い出して――ん? 姐さん? どうかしたんで――」
しなびた大根。色黒くシワ多し。
魔界の
膝をも越える目玉が宝刀。
幸子の瞳で中で、ぶ~ら、ぶら。
巨大な部屋に――幸子の悲鳴と、目玉の断末魔が響き渡った。
ゆらゆらと、
揺れる毒虫、
許すまじ。
サチコ。
◆
「謝って欲しいっす」
床に転がった巨大な目玉が、ムスっと幸子を見つめた。
「ごめんなさい!!」
周囲を埋め尽くすモザイクが、彼の身に何が起こったのかを物語っていた。
「この仕打ちはあんまりじゃあないですか? 二回目ですぜ?」
「ごめんなさい!!」
「そりゃね、あたしは姐さんから見たらクソですよ。力も序列も、道端に転がるクソみたいなもんですよ。本来なら姐さんと並んで歩くのだっておこがましいクソですよ」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「
潰して、千切って、丸めて爆破。ありがとうございます」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「あたしは何も悪くない。勝手に召喚して裸に剥いて……悲鳴を上げるのだって本来はあたしの方です」
「本当にごめんなさい!!」
二人よりも大きな
半人半魔となった影響か……昔なら手のひらサイズでも卒倒していたであろうそれがちょっと可愛く見えてしまう……。
「目玉様、これで全てかと……」
やたら可愛らしい声でしゃべる蜘蛛とムカデを、幸子はぼんやりと見つめた。
「ああ、どうも。手間をかけます」
「目玉様、どうぞ我らにお任せ下さい……」
ころころと転がって移動しようとする目玉へ、蜘蛛とムカデが心配そうに声をかけた。
「あたしはね、粉々にされた程度じゃ死にません」
蜘蛛とムカデの手を借り、積み上げられた残骸の上にネチャリと目玉が置かれると、残骸がもぞもぞ動いて徐々に体が復元され始めた――
「ですがね、あたしみたいなのばかりじゃないんです。ちょっと驚いたとか、頭にきた、とかでいちいち暴走させてミンチにしてたら、いつか取り返しのつかない事をやってしまいますぜ?」
「はい……。すみませんでした……」
「やはりザッバの旦那や執事の爺さんに力の使い方を教わるべきです。姐さんと同等以上の力を持つのはあの二人しか居りません。あたしじゃ力不足です」
復元された体の調子を確かめるように、筋肉目玉は床を蹴ってコツコツと蹄を鳴らした。
「あの二人に教えを請うのはシャクかもしれませんが、坊ちゃまの為だと思って……」
「ですが――それはまた後で考えましょう。一先ずやるべき事をやってからです」
そう言って、そそくさとスカートを履き宝刀を仕舞い込んだ。
積み上げられた戦利品を手に取ってテキパキと並べる筋肉目玉が、なんだか眩しかった。
「本当にすみませんでした……」
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