大人の事情
『ご覧下さい!! ついに、ついに我々は……! 人類は魔王の支城を落としました!!』
その日、その映像に人類は沸き立った。
『まだ一つ……たった一つですが、これは大きな一歩です!!』
敵の城に
『我々は勝てるのです! 我々の英知は、悪魔を、魔王を上回るのです!!』
「テレビ……映るんですね」
膝に大きなキツネを乗せ、自室でテレビを見ながら幸子は呟いた。
「うむ。魔法の力をあなどるな」
膝に座るキツネは得意げに答えた。
結局、幸子は丸ごと転移した自宅にそのまま住む事となった。部屋の中に家がある……。子供の頃遊んだ、あの金属っぽい名前のファミリーはこんな気分だったのだろうか……。
転移に巻き込まれた両隣の住人の家具や家電はどうするべきか……。彼らの生死は分からないしおそらく東京にもう人は住んでいない。処分しても良いだろうか……。
そんな事を思いながら窓の外に広がるだだっ広い部屋を見つめた。
「せめて入り口はもっと廊下に寄せた方が良いかな……」
『さぁ!! 反撃の時です!! 身内で争っている場合ではありません!! 我々は勝てるのです!!』
「そんな事より、あのレポーター。あれは天使だぞ」
「そうなんですか?」
「うむ、サチコも早く見分けられるようになれ」
「はい……」
「もっとニンゲンの尻をたたけとの兄上の申しいれもあり、天界は大きく方しんを転換した。キセキやカゴはもっと分かりやす、身近なものになるように色々とゆるくしたそうだ」
「そんな事して大丈夫なんですか?」
「
「なるほど……。はい、あ~ん」
大きなキツネは幸子の胸に頭を持たせ、口元に運ばれたケーキにパクリと食い付いた。
その頃――魔王城、大広間。
「全員、新しいシナリオには目を通したか!?」
壇上に立つザッバは広間を見渡した。
「まだの者は大至急確認せよ! 各々の配下への確認と周知も徹底して行うように!」
続けて、ザッバが手元の球体を握ると、広間に集まった者達の瞳の中にオブジェのような物が次々と映し出された。
「新たに追加、認定されたお守りや
加えて、追加の光の戦士――量産型光の戦士の大量投入も予定されている。オリジナルには遠く及ばないが、皆知っての通り、雑魚でも数が
また、
基準を大幅に緩和した為、現時点でマップに記されていなくとも、認定の対象となる場所が多数あると思われる。なんとなくそう感じた場合や、判断が難しい場合、『チョロチョロと小賢しい……』などと溢して見失った体を装って立ち去るように。
最後に、繰り返しにはなるが、近くに人間を感じた場合や側を通る際、死に際に、会話や独り言で、捕虜の収容場所や戦略上の重要情報を
「それでは……」っと魔王に代わった。
「このような土壇場での変更はかつて無い事だ。皆には大変苦労をかける」
そう言うと、魔王は広間を見渡した。
「しかし、この戦いにおける我々の戦死者はゼロとする! この方針は変わらない! これより
◆
多国籍軍参謀本部――
これまで各国は固く手を取り合い、官、民、軍が三位一体という奇跡が
「どうにか勝利を得たものの……この規模の戦いを続けるとなると……」
「金は日本に出させればよかろう。魔王城が出現するのはトウキョウだという情報もある」
「ついでに諸々の責任もなすってしまえ」
「国家破産してしまいますぞ……」
勝利への道筋がチラリと顔を覗かせ途端、奇跡はあっけなく失われた。
「フン、先の大戦で、日本のおかげで失った富に比べれば安いものだ」
「ちょっと返済が遅れただけだ」
「ハッハッハ、その通り」
「それに、日本からは光の戦士が現れていないではないか。ならばその分金をだしてもらわねばな」
「全くだ、ハッハッハ」
「いやいや、日本は金はあるが資源がない。日本はかつてアジアの盟主を気取っていたそうじゃないか。責任はアジア全体で負ってもらおう」
「それは良い、ハッハッハッハ」
扉の前に立っていた兵士は、ノックしようとしていた手を下ろしてくるりと踵を返した。
体を覆う制服はちょっと窮屈で、その下で動く鍛え抜かれた筋肉の様子が見てとれる。坊主頭にちょこんと帽子を乗せ、ゴツゴツと角ばった顔をキュッと引き締めた。
外へ出た彼を待ち構えていた報道陣が、フェンス向こうから一斉にマイクを突きだした。
「今、光の戦士の一人、ケーラー
「ケーラー大尉!」
「何か一言お願いします!」
「大尉!」
ケーラーは軽く手を上げて応え、車に乗り込んだ。
「基地で良んですか?」
「頼む」
運転席に座る若い兵士へそう返し、チラと建物を振り返って呟いた。
「戦うべき悪魔は、前線以外にも居るようだな……」
一方、テレビの前の二人は――
「あれが光のせんしか……」
テレビを見つめるキツネが呟いた。
「強そうな人でしたね。はい、あ~ん」
「サチコには及ばん。安心せい」
そう言って、差し出されたケーキにパクリと食いついた。
「姐さんは魔界で五本の指に入りますからな。姐さんを
床に落ちたケーキクズのおこぼれに
「え? ……そうなの?」
「魔王様、坊ちゃま、ザッバの旦那、執事の爺さん。で、次が姐さんです」
ポカンとする幸子を見上げ、目玉は溜め息をついた。
「どうにも姐さんは分かってないみたいですがね、魔王の血族の血を
「ふ~ん。そうなんだ……」
「ふ~ん、って……」
「そうだ! サチコ、魔法のくんれんをするぞ!」
そう言うと、キツネは素早く立ち上がた。
「魔法……? そんな、私にはムリですよ……」
「なにを言っている。もう使ったではないか」
「あたしを
「あ……」
目玉は何処か恨みのこもった瞳を向けつつ、そっとキツネの後ろへ隠れた。
「でもあれは自分でもよく覚えてなくて……」
慌ててそう答える幸子へ、目玉が付け加えた。
「それと、あたしを呼び出したのも魔法ですぜ。人間が超能力や霊能力なんて呼んでいるのもみんなそうです」
キツネは腕を組み、それらしい渋い顔を作たった。
「たしかに、おまえは目玉の言ったとおり、ザッバと爺に次ぐ力を持っている。だがそれは、あの二人とおなじレベルで魔法をつかいこなせればの話だ。しかし、わが
「それはちょっとムリかなぁ……」
幸子は肩を
「姐さんは
「そ、そう……?」
もともと悪魔召喚などというものを試みるこじらせた娘? だった訳で……そこまで言われるとその気になってくる。
「何か……やれそうな気がしてきました。それに、あの二人を見返してやりたいし……」
「そのいきだ、サチコ! ではまずは召喚魔法だ。特別に我と兄上だけが知る強力な悪魔を呼びだす召喚陣をおしえてやる」
「は、はい! よろしくお願い致します!」
「初めはそれが良いですな。手軽に戦力を跳ね上げられる。強力な味方を呼べるっていうのは、どんな状況に陥っても心強いもんですし――」
◆
同じ頃――とある地下施設。
ゆらゆらと揺れるロウソクの炎が、床に描かれた怪しげなシンボルを浮かび上がらせた。
火をともした黒ずくめの怪しい一団が、それを囲み何やら談合を始めた。
「やはり魔王城はトウキョウに……?」
「はい。間違いございません」
「参謀本部も間もなく我らが手中に……後は、その時を待つのみでございます」
「では、彼の召喚を急ごう。魔導書をこれへ」
「彼の召喚にさえ成功すれば主導権は我らに」
「しかし、本当に上手く行くのか……?」
「我が先祖が、数千年に渡り代々受け継いできた物だ。そこらの紛い物とはわけが違う」
その時――シンボルが発光し、中心に置かれた魔導書がゆっくりと宙に浮き上がった。
「お、おお……」
「いよいよ……いよいよ我等が悲願が――」
色めき立つ彼らの中に――暗がりに身を潜め、その様子を盗み見る者の気配に気づく者は無かった。
◆
「――できました!」
おどろおどろしい光を放つ召喚陣を見つめ、キツネは大きく頷いた。
「うむ。カンペキじゃ! やはりサチコにはもともと才があったのだ」
「エヘヘッ、ありがとうございます」
っと、幸子は得意げに答えたものの……まるで煮えたぎる様に黒い
「ところで――坊ちゃま? これはどんな悪魔を呼び出すんですか……?」
っと、振り返った幸子へキツネは得意気に答えた。
「爺とザッバじゃ」
「……え?」
――首筋を、生暖かい風が駆け抜けた。
「貴様……」
「いえ、あの……その……」
「カーッッッ!!」
カラカラと、骨の擦れ合う音が聞こえる……。
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