第11話
あれから一週間ほどが経った。
無人トラックが転生希望者の成れの果てであるという噂は、日本中を駆け巡った。
証拠の映像なんかも動画サイトに出回り、一時期はその話ばかりで持ちきりだったらしい。俺がクラクションで伝達しようとしたモールス符号が決め手となったようだ。
おかげで「無人のトラックに轢かれたら来世はハッピー間違い無しだぜ!」という都市伝説は信憑性を失った。
俺は車内のラジオでそんな情報を聞きつつ、ひたすら田舎の山奥に潜伏していたのだが……。
突然、足下の感覚が消え去った。
「いやあ、おかげさまで問題も解決! 転生希望者はぱったりと途絶えてくれましたよ! すべて貴方様のおかげです!」
『……はあ?』
「んもう、気の抜けた声なんか出しちゃって! 胸張っていいんですよ!」
聞き覚えのある声。目の前にいるのは、すべての元凶。女神その人だった。
どうやらまた、あの場所に呼び寄せられたらしい。ちなみに俺の姿は現在もデコトラのままだが、女神との会話は成立しているようだ。
「まさかまさかですよ。ただの社会不適合者だと思っていた青年が、私の悩み事をすべて解決してくれるだなんて! まあ鯉もうまいこと滝を登ったら龍になるとか言いますもんねー! あっはっはー!!」
『ご機嫌なとこ悪いんだけどさ。わざわざ呼び出したのは、それを言うためだけか?』
「いや、他にもいろいろとね。私も考えたんですが、ユトリン様にはすべての事実をお伝えしてあげた方がいいと思ったんですよ」
『すべての事実?』
「ユトリン様はね。生前に起こった出来事を、いろいろと勘違いなさっているんですよ。それが原因で身を滅ぼしたと言ってもいいでしょう」
『勘違い、だって……?』
「今から過去の映像を流します。それをご覧になれば、すべてが明らかとなるでしょう。はーい、よーいスタート」
映し出されたのは……俺の部屋か? だが、ずいぶんと様子が異なっている。引きこもっていた時とは違って部屋は片付いているし、何より山本に盗まれたはずの戦車の模型が置いてあった。ということは、今から十年近く前だろうか。
部屋には誰も居なかった。当時はまだ引きこもっていなかったからな。俺は学校に通っているはずだ。
部屋の扉が開いた。現れたのはおじさんだ。発想が体育会系で、しょっちゅう俺を叱り飛ばす人。今でも嫌いだ。
「ワ~オ! このお部屋初めて見た~!」
野太い声が響いた。あれは……従兄弟の
「あ~今日も学校楽しかったな~」
秀男は当時小学生だったはず。だが改めて見ても信じがたい。その日の秀男はピッチピチの体操着を着ており、筋肉の凹凸がバッチリと見えていた。驚異的なガタイだ。気の狂ったオッサンが気の狂ったコスプレをしているようにしか見えねえよ。
「ワ~オ! この戦車かっこいい~! つんつん!」
「あいつ、高校生にもなって模型遊びなんかやってるのか」
二人して俺の戦車の模型をいじりだした。触り方が乱雑でイライラする。
「ひで、気に入ったんなら持ってっていいぞ」
「ほんとぉ?」
「一つくらいバレやしねえよ。こんだけあるんだから大丈夫だろ」
「やった~! ぼくの気分はウキウキなのら!」
なに勝手なことしてんだお前ら!
しかし俺の叫びが届くはずもなく、秀男は意気揚々と俺の模型を持ち去ったのだった……。
映像はここで途切れた。
「後の顛末は、分かりますね?」
『あの模型を奪ってリサイクルショップに持って行ったのは、山本じゃなくて秀男なんだな……。リサイクルショップの店員は「体操着を着たガタイのいい男が売りに来た」と言っていたが、秀男のことを言っていたのか……』
「山本くんは本当に冤罪だったんですよ。学校ではユトリン様のことを馬鹿にするようなことばかり言っていたようですが、本心では憎からず思っていたんです」
『そんなわけがあるか! あいつは俺の心を踏みにじったクソ野郎で、友達なんかじゃねえ!』
「では、なぜ山本くんがモールス符号を暗記していたのか分かりますか? あれはユトリン様の影響なんですよ。ユトリン様の話を聞くうちに、彼も陸上自衛隊に憧れるようになったんです」
『そんなこと、あいつ一言も……』
「ええ、言わなかったでしょうね。年頃の男の子なんてそんなもんですよ。それでも、ユトリン様が引きこもるようになってからは、心配して何度も家を訪ねてきてくれたはずです。もっとも、ユトリン様はそれを勝手に嫌がらせだと勘違いして追い払っていたようですが」
当たり前だろ。何回も何回も俺の家にまで押しかけてきやがって。迷惑だって言ってもまた来て……。
ふざけんなよ、おい……。
『……じゃあ、山本が死んだ目をして転生を望んでいたのはどうしてだ』
「自衛隊の試験の直前に大怪我を負ったそうです。さらに後遺症が残ってしまい、陸上自衛官として働くという夢が失われてしまった。山本くんが心身を喪失していたのはそういった理由です」
俺の知っている山本は、全て虚像で。俺が勝手に敵の姿を作り上げていただけだと……?
「ユトリン様のご両親も、あなたのことをどうでもいいだなんて思ってませんよ」
『二人とも、俺が二千万円に化けて喜んでいた! あれは確かに聞いたぞ!』
「お母さん、少しやつれていたでしょう? お父さんだって、あなたに構ってあげられなくってたいそう後悔していたんです。賠償金の話も、夫婦で旅行へ行こうという話も、なにもあなたを蔑ろにするためのものじゃない。ただ、互いを慰め合っていただけなのですよ」
女神が再び過去の映像を映した。
母さんが俺の墓前に花を添えていた。それも毎日。来る日も来る日も。目元には涙を溜めていた。
父さんはネットで海外旅行のための下調べをしていた。しかし、見ているのは戦車の博物館やミリタリーショップといったものばかり。明らかに俺の趣味に合わせている。それと同時に散骨する方法も調べていた。
俺の部屋は、まったくの手つかずのままだった。
『なんだよ、そんなの……。俺は、何も聞いてなかったのに……!』
「ユトリン様は、そもそも生前から露骨に両親から距離を置いていた。それなのに、いざ死んだら自分は愛されていないだの被害者だのと喚くなんて、自業自得以外の何者と言えるでしょう? 結局、あなたは他人の話をまともに聞こうともしなかった。勝手に傷ついて、勝手に殻に閉じこもって。最期は、都合のいい安易な
もう言葉も返せなかった。苛立ちは募るが、向こうの言い分も正しいのだから。
「けれど、そんなあなたでも蜜柑ちゃんを救い出すことができた。私も女神としていろいろな人間を見てきましたが、あなたは蜜柑ちゃんとの出会いでずいぶんと成長をしたように思いますよ」
『……成長しただなんて、買いかぶりだろ。俺はただ蜜柑ちゃんに心の汚泥を拭ってもらえたから、恩返しをしただけだよ』
「照れない照れない! あ、そうそう。以前、人間には生まれたときに与えられる『役割』があると言いましたよね?」
言ってたな、そんなこと。俺には縁遠いものだとも聞いていたが。
「貴方の役割は『他人に心の安寧をもたらすこと』でした。けれど生前のあなたは他人の心を癒すどころか、自分の本心すら押し込めていた。人との関わり合いを拒絶していたのだから当然ですよね」
でもね、と女神は続けた。
「この場へ来た蜜柑ちゃんは、清々しいお顔で来世へと旅立って行かれました。『おにいちゃんが居てくれたおかげで、ちゃんとお父さんとお別れができたんだ!』と、たいそう満足げでいらっしゃいましたよ。よくやりましたね。貴方は蜜柑ちゃんに『心の安寧』を与えられたのですよ」
女神も、蜜柑ちゃんも。そうやって急に褒めたりすんなよ……。泣きたくなるだろうが! けどデコトラだから表情までは読まれないから助かった。初めてこの身体になって良かったと心底感じる。
「おや、泣きたい気分でいらっしゃる? 魂のカタチが捕捉できる私には、ユトリン様の表情も丸見えですから」
『そういうのは黙っていてくれねえかな!』
この女神、気遣いってものを知らねえ。ホント、いろんな意味で泣きたくなるわ。
「あ、そうだ思い出した。こないだユトリン様の未来像を改めて検索してみたんですよ」
俺の未来像って、たしかガチホモヤクザに因縁つけられて男色家たちの性のはけ口にされるっていう、この世の地獄みたいな話だっけ? もう二度と聞きたくないんだけどそんなの。
「ユトリン様、考えようによってはなかなか悪くない人生を送っていらっしゃいました。少なくとも『他人に心の安寧をもたらす』という役割は十二分に達せられているご様子でしたよ」
『ヤクザのケツ奴隷になることがいい人生のわけねえだろ!』
「いえいえ、それも考え方しだいですってば。ユトリン様はゲイポルノビデオに出る予定だったって話をしましたよね? その時の迫真の演技がネット上では受けに受けてネタにされるんです。ユトリン様のゲイ演技は類い稀な編集技術によってMAD動画化され、それを見た人々は笑って疲れた心を癒やす。いつしかユトリン様の動画でなくては心から笑えない人さえ生まれるのです。自殺防止効果さえ見込めるほどでした。つまりはユトリン様! あなたは疲れた現代人たちのための聖なる生け贄となる予定だったんですよ! 今からでも間に合います! もう一度現世へ行くってのはどうで」『やるかボケ!!』
さっきまでいい話してたのに! 台無しだ!
女神のペースに飲まれたらずっとこの調子だろうから、今のうちに聞けることを聞いとこう。
『それで、俺はこれからどうなるんだ? 再び現世へと帰されるのか?』
「もしもそうだとしたら、どうします?」
『デコトラとしてクルマ生を送るなんてろくでもねえけどよ……。でも、俺はデコトラに生まれ変わったことで蜜柑ちゃんを救う事が出来たんだろ?』
「ええ、そうです。誇りに思っていいんですよ」
『こんな姿、こんな性格の俺でも為し得たことがある。どんな生い立ちや姿であれ、未来は絶望と決まっちゃいないって、そう前向きに考えてみるよ』
「幼女でズルリと一皮剥けた男は言うことが違いますねえ」
『誤解を招くような言い回しは止めろ! 何言ってんだお前!?』
けらけらと笑う女神。うん、改めて分かった。こいつだけは何があっても許せそうにねえな!
「ご安心ください。ユトリン様には最高の来世をご用意していますよ。何せ、私にとってあなたは救世主なのですから」
女神の勝手極まる行為の尻拭いをさせられたと思うと少し癪ではあるが、今はその好意に甘えるとしよう。
『ところで、その来世ってのはどういう世界なんだ? 「異世界チーレムご都合主義仕立て~ノンストレス展開を添えて~」って感じだと嬉しいんだが』
「うわあ、めっちゃ具体的。なかなか欲張りさんですね。でも大丈夫! その程度の要望でしたら標準装備しちゃいますから!」
「じゃあ、今度こそは最高にハッピーな来世を用意してくれるんだよな? 異世界ハーレムくらいは楽勝だよな? 追放モノや復讐モノは個人的に嫌いだから止めてくれよ?」
「はい、喜んで! と、言いたいところですが……。あなたの場合、一つだけ問題があるんですねえ。まあそれも転生してしまえば些末なもの。ちゃんと異世界ハーレムな要素は入ってますから」
「問題ってお前、嫌な予感しかしないんだが……」
「いえいえ! 転生したユトリン様は唯一無二の絶対的な力を持ち、周りには大勢の美女たちが付き従うのです! すべての者は、ユトリン様を恐れ敬うことでしょう! これだけは間違いありません!」
そこまで言うなら悪くないか。転生したら見た目が死にかけのゴブリンみたいだったとか、常に異臭を放ってるとか、そういうデメリットがあってもお釣りは来るだろう。
「じゃあ、パパッとやっちゃいましょうか」
『待ってくれ。最後に一つだけ聞きたいことがある』
「なんでしょう?」
『蜜柑ちゃんは、どうなったんだ?』
「行き先は『ひみつ』だそうです。もしユトリン様に聞かれたらそう答えるようにと、蜜柑ちゃんから頼まれていまして」
そっか。一本取られたな。でもあの娘ならきっと大丈夫。ずっといい来世を掴んでいるに違いない。
そうして俺は、新しい人生をスタートさせることとなった。
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