第2話

 女神様との問答はまだまだ続くらしい。これが掃いて捨てるほど転がってる異世界転生モノの小説とかだったら、今頃俺は女の子を惚れさせてイチャコラしてるとこだってのに!




 この女神様はとんでもない美人だ。それは認めよう。けれど悪い意味で俗っぽい。あと底意地も悪い。ついでに機嫌も悪そうだ。




 この女神様のさじ加減一つで全てが決まってしまう。運が悪けりゃ採集箱に閉じ込められたカメムシとかにでも転生させられる可能性もあるんだ。自分の臭さで死ぬなんて嫌すぎる。




 俺の来世がかかっているんだ。ひとまずは大人しくしていよう。




「では、まず享年を教えて下さいますか」


「二十四歳だけど」


「二十四歳? もう働いておられたのですか?」


「いや、高校中退してからずっと引きこもりのニートだった。そういや無人トラックに轢かれて死ぬちょっと前、親戚のおじさんに言われて無理矢理に外出させられたことがあったんだけど、町並みが変わってて隔世の感があったな。ありゃあ精神的に来るものがあったよ」


「隔世? あっ……」




 何だよ今の間は。それに、その何かを察したかのような目も! あの日は無理な外出で吐きそうになるわおじさんから説教されるわで散々だったよ。




「え、あと身長と体重はどれくらいおありなのですか?」


「身長は百七十センチ。体重は七十……四か五くらいだったと思う」


「ほお、七十四キロ。以前、何かおやりになっていたのですか? スポーツなど……。とても、いい体格をしておられますが」


「いや、普通の身体だと思うけど……。あ、でも引きこもりにしては筋肉付いてる方かもしれないな。自室で身体を動かして筋トレまがいのことをするのは好きだったから」


「あ、トレーニングをおやりだったんですね。というと、ウェイトトレーニングのような?」


「まあ、そんなところかな」




 実は俺、昔からミリタリー系が好きな、いわゆるミリオタだった。その趣味が高じてか、ずっと筋トレだけは続けていた。といっても、部屋の中で出来るダンベル体操くらいのものだが。どういうわけか女神様は俺の体格を褒めてくれたが、はっきり言って本格的なガチムチの肉体には程遠い。




 あとは「ケン・マスターズ流格闘術」とかいう、うさんくささ抜群の通信空手講座を受けていた時期があった。全百回の講座をすべて修了すれば、手足から気弾や炎が出せるようになるというのがウリだ。初回は二百円だが、二回目以降は千円になるのは言うまでもない。累計受講料十万円と引き替えに世界最強のストリートファイターになれるのなら安いものだが、残念ながら三回目で講座そのものが終了となった。




「あら。お望みであれば、飛び道具を出せる系の格闘ゲーム世界へお連れしましょうか?」


「読むなよ俺の心を!」


「ちょうどね、いま空いてるんですよ。あの……レインボーなやつ」


「たぶんそれゲームバランス最悪の世界観だと思うんで遠慮しとくよ」




 っていうか「虹色な某海賊版格闘ゲーム」だなんてよく知ってるなこの女神様……。俺だって、話で聞いただけで現物は見たこと無いんだぞ。




「では話を戻しましょう。自慰行為に耽ったりなど、しますでしょうか?」


「ちっとも話が戻ってねえよ! ってか、いま聞くことじゃねえだろ!」


「そうですか。頻繁に、と……」


「俺はそんなこと言ってねえ!」


「いいえ。心の底ではそうおっしゃっていましたよ。そうやってまだ見ぬ子供達を何度も何度もその右手で殺め続けていたなんて……。とんだ凶悪犯ですね、ユトリン様は。この快楽殺人者!」


「物事を曲解し過ぎだろ!」




 と、あらぬところまで話が及んだところで、女神様が「ふふっ」と笑った。




「さて、冗談はこれくらいにしておきましょう。ユトリン様、いい具合に緊張もほぐれましたか?」




 なんだ、俺のこと気遣ってくれたのか。確かに、くだらない話をしていたら気が楽になってきた。




「じゃあ無礼者をトラックにしてやったって話も冗談だったんだよな? あーよかった! 安心したよ」


「いや、あれはマジです。マジの大マジ」


「そっちを冗談にしろよ! ホッとして損したわ!」


「というかですね。転生先をあまりにもハッピーなものにし過ぎると、こちらとしては都合が悪いんですよね。そもそも来世の行き先というのは、現世での行いを厳密に精査したうえで決めるものなのですから。『役割』を十全に全う出来た人には善い来世を。『役割』を果たせず無駄に命だけを散らした人には悪い来世を用意する。それが絶対のルールなのですよ。人生の『役割』というのはそもそも……ああ、後でこれはまた話しましょう。なので本来であればユトリン様の来世は弱くてニューゲームが確定してます。どれだけ甘く見積もっても、来世はせいぜいが出目金あたりですかね。それも縁日の金魚すくいで誰からも掬われずに残るやつ。救いはないね!」




「地球上の生き物の中でも、かなり可哀想な類いだな……」




 まあ、俺も立派な人生だったとはとても言えない生き方をしていたので仕方ないね。




「でもさ、女神様。さっき言ったじゃん。望み通りの来世にしてやるって。それを今更ナシってのは勘弁してくれよ」




 すると、女神様が神妙な顔で訴えだした。




「そりゃ、一人や二人の来世をちょちょいっといじくる程度は造作も無いですよ? 無いですけれども……。ただでさえ、私の失態で上司から目を付けられているというのに、転生先を甘くしたのがバレた日にはいったいどうなるやら。来期の査定がさらに厳しくなって、もう見るも無惨なことに……」




 潤んだ瞳でちらちらと俺の方を見てくる女神様。しかし、俺は固い意志で「そんなの知らん」と告げた。




「ダメ、ですか?」


「ダメだ。女神様の収入が減ろうが解雇されようが知ったこっちゃねえ。もしもの時は、その卓越したネットスキルを活かして匿名掲示板のまとめサイト運営とかで身を立ててくれ」




 この女神様、暇さえあれば書き込んだりしてそうだし。




「と、ところでユトリン様。望んだ異世界への転生以外にも、別の選択肢があるのはご存じですか?」


「なんだそれ。聞いたこと無いぞ」


「死の直前から人生をやり直すというものです。有り体に言えば生き返りってことですね」


「へえ。復活したあとの特典とかってあるの?」


「特に無いです。普通にこれから先の人生をつつがなく歩んでいただければけっこう。見返りなどありませんよ」


「じゃあ止めとくわ。今更向こうに戻ったところでなー」


「なるほど。予想はしていましたが、そうおっしゃいますか。この方が私的にはいろいろと楽なので良かったのですが。やはり、生き返ることにメリットは感じないと?」


「当たり前だろうがよ。言っただろ。俺はあんな人生、ほとほと愛想が尽きたんだってな!」




 仮に「いまの知識を持ったまま赤ん坊の頃に戻れる」と言われてもお断りだ。最初は楽しいだろうが、結局は「神童も二十歳過ぎればただの人」になることが分かりきってる。




「でしたら、今からユトリン様だけの特別サービスを行います」


「特別サービス?」


「ユトリン様が自殺しなかった場合、どのような人生を歩まれるのか。それを教えて差し上げます」


「え。そんなん分かるの?」


「ええ。人間の一生というのは、実は生まれた時点でほぼ確定しているのですよ。人間は、自然と最初に定められた運命に従うよう出来ていますから。それに抗おうとした途端、人生に逆風が吹き荒れる仕組みとなっています」




 そうなのか……。何気ない会話の中でとんでもないことを聞いてしまった。




「あらかじめ与えられた『役割』をどれだけ果たすことが出来たのか。それこそが人間の価値であり、来世の命運を占う判断基準となります。たとえば、料理人となって人々の舌を満足させることが『役割』の人間がいたとします。しかし、彼は己が使命を忘れて弁護士となり、弱者の救済を繰り返したとすれば、その人生は『不出来』と判断されるのです。また、無辜の民を虐げる暗君の『役割』を得た人間が、お題目通りの暴虐無道を繰り返していれば『上出来』とみなされます。このあたりの詳細なルールや神々の目的は話すと相当長くなりますので割愛しますが。説明したところで、人間の皆々様方にとってはひどく理不尽に聞こえることでしょうしね」




 確かに酷い話だとは思った。善人も悪人も被害者も加害者も、みな平等に神々の手のひらで踊ってただけだってことだもんな。しかし、案外ショックは受けなかった。俺は何も為してないが故に、全てがどこか、他人事にしか聞こえないんだと思う。




「話をまとめますと。人生の中で与えられた配役を上手に演じられた人は来世を良きに計らってもらえます。そうでなかった人は、残念ながら来世はベリーハードモードへ移行します。どちらの場合であっても希望は受け付けますが、それが完全に通るとは限りません」




 ん? ってことは。




「じゃあ俺の歩んだ最悪の人生も、どこぞの神が片手間に設計した代物なのかよ!? だったらそいつに菓子折を持たせてここに呼び寄せろ。百カ所くらいクレーム入れてやる!」


「あー、無理だと思いますよ。だって二十年以上前の話でしょ? そのへんになると、先先先代の女神の管轄なんで。まずあの人を探すことから始めないと」


「先先先代って、わざわざ前前前世みたいに言わなくってもいいだろ」


「先先先代、確か同僚と寿結婚しちゃったんで名字も変わってるはずですよ。だから、君の名を聞いても旧姓だと振り向いてくれないと思いますねえ」


「なあ、もはや無理してネタを拾ってるようにしか聞こえないんだが……」




 この女神様、どこまで本当のこと言ってるのか分かりゃしねえ。




「だいたい、ユトリン様の人生は『前世のユトリン様』の影響下のもと設計されているはずなんですよ。ご自身の人生が納得のいくものでなかったのだとしたら、それは前世の行いが悪かったからでしょうね。だから文句を言おうったってお門違い、自業自得なんですよ」


「んなこと言われたって……。前世の俺なんて、今の俺から見たらほぼ他人じゃねえかよ。どんな奴だったかも知らねえし」


「私も知りませんよ。仮に知ったところでどうしようもないでしょう? それこそ前前前世まで遡って責任を追及したところで、どうなると言うんです?」




 悔しいが、女神様の言うとおりだった。鶏が先か卵が先か。俺が悪いのか俺の前世が悪いのか。




「そういや、俺の与えられた『役割』ってなんなんだ? 俺の人生がうまくいかなかったのも、この『役割』とやらを果たせなかったからなのか?」


「それもあるでしょうね。ユトリン様の『役割』が何だったのかまでは、立場上お教えできませんが。まあ、ニート生活を続けてるうちはろくに適わないことなんですから、おおよその想像はつくでしょう?」


「何だ? シリアルキラーに目覚めて殺人を繰り返すことじゃねえだろうな」


「まさか。今のユトリン様からは最もほど遠いもの、とだけ言っておきますよ」




 気になる言い方しやがって。




「話が逸れましたね。ユトリン様、まずはご自身の一生を確かめてみるべきですよ。自殺などせず真面目に生きていれば、もしかすると薔薇色に満ちた人生が待っていたのかも知れませんし」




 万が一にも俺の人生に華が添えられるなどあり得ないと思う。だが未来に興味が無いと言えば嘘になる。俺という人間は、本来どういった一生をたどる予定だったのだろう? 怖いもの見たさでのぞき込みたい気持ちがあふれてきた。




「……教えてくれ、女神様」


「かしこまりました。あらゆる可能性のうち、いちばん確率の高い未来像を検索してみます」




 そう言って女神様はうつむいたまま目を閉じた。何か検索でもしているのだろうか。




 とたんに静寂が訪れた。無数にある未来を調べるために時間がかかるのだろうが、何だか落ち着かない。




「人生ってのは生まれた時点で決まっていると聞いたが、俺の自殺ってのも予定に入っていたのか?」




 ふとした疑問をぶつけると、女神様は目を閉じたまま答えた。




「いいえ。ユトリン様の場合、寿命を迎えるのはもっと先の予定でした。まさかそれを大いに踏み外し、ご自身で死を選ばれるとは。ごく少数の傑人は、暗黒に満ちた人生のレールを強き鋼の意志で覆して大業を為し、死後は天界へ召し上げられたと聞きましたけれどね。あなたの場合はその逆ですよ。負の意志のみで天命をひっくり返すとは、なかなかに稀なケースですね」


「誉めてんのか馬鹿にしてんのかどっちだよ……」


「大いに軽蔑しています。人はすべて、十全十美たる創造神デザイナーから役割を持たされて生を受けるのです。しかし自殺という行いは、創造神デザイナーの定めた設計図を勝手に破り捨てるような浅ましき行い。そんな汚らしい魂は無間地獄のド底辺にでもダンクシュートして向こう千年は閉じ込め、キッチリ更正させてから転生させてやりたいんですがね」




 今回も冗談で言っているのかと思ったが目つきがガチだった。自殺、ダメ。ゼッタイ。来世では寿命を全うできるように心がけよう。




 検索が終わったのか、女神様はゆっくりと目を開けた。何故だか、がたがたと震えている。




「た、たたたたた大変、申し上げにくいのですが……」




 何だ、何を見てきたんだ?




「ユトリン様が現世に戻った場合……。810パーセントの確率で、ヤクザのケツ奴隷として余生を過ごすこととなります」


「なんで!?」

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