デコトラ転生 ~トラックに轢かれたら異世界転生できると信じていたのに~
小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ
第一章 主人公脅迫! 女神の逆襲
第1話
「此処は、寄る辺無き死者に新たなる生を指し示す場です」
神々しい雰囲気をまとった女性は、そう告げた。
ま、つまりだ。
俺は死んじまったってことさ。
「貴方様のように御自ら命の幕を引いた場合であろうと、貴賤はありません。その魂に相応しき来世を保証致しましょう。しかし……そのように若い身空であれば、何も此処へ訪れなくとも良かったのではないのですか? 楽しいこと、心躍ること。それらは生きてさえいれば味わえたはずでしょう。なのに、それらを不意にしてまで此処へ訪れるとは。いったい、貴方様はどれほど
女性は憐れみと蔑みの入り交じったような表情を浮かべている。初対面からそんな顔をされると、こちらとしても複雑な気分になるんだが。
ただ、ここが死後の世界とすれば、すべて噂通りだ。相手は「女神様」と見て間違いないだろう。だって、見るからに気品と優美さに満ち満ちた、とびっきりの美女なんだもの。
それに何か神っぽいジャラジャラした首飾りとか着けてるし、用途不明な謎の杖まで持ってるんだ。絶対女神様だよコレ。こんな人が普通に出歩いてたら、気合いの入ったコスプレイヤーとしてネットで話題になるか、警察官に職務質問を受けるかのどちらかだ。
「貴方様は、あの『都市伝説』に希望を見出し、その命を
俺は力強く頷いた。無論だ。その選択に、一切の後悔などありはしない。
「しかし、病に苦しみ人生に
だろうな。俺に限らず、若いうちから早々と人生に見切りを付けちまった、賢明な大馬鹿野郎は多いはずだ。
そんな奴らの中でも、俺の人生ってのは特段にクソだ。
肥溜めを煮詰めて煮詰めて練り上げた、そびえ立つクソの巨塔。
だから誰も羨まない。
誰も見向きもしない。
死んだところで、誰も思い出してはくれない。
……っと、今の俺にはそんなことなんてどうだっていいんだ。もう二度と思い出すこともないであろう過去を振り返ってどうする。
だいたい俺は、さっきからずっと腹に据えかねているんだ。この女神様はずっとこんな調子だからな。言ってやるなら今だ。
「あのさぁ……。女神様よお」
「おや? どういたしました?」
「俺の方もさ。ちょっと、言いたいことがあるんだけど」
「ああ、申し訳ありません。私ばかりが話してしまって」
女神様は畏まって、恭しく頭を下げた。
「それで、お話とは何でしょう?」
俺は腹に力を込めた。そう……渾身のツッコミをぶちかましてやるためにな!
「もうさ! そんな説教まがいの話とか、若者の未来がどーたらとか、どうだっていいんだよッ!!」
「は、はい?」
急に俺が大声を出したもんだから、女神様も呆気にとられていた。けれど、話はここからだ。
「あれだろ、女神様はこれから俺を転生させてくれるんだろ!? そうだよな? っていうかそうじゃなきゃ許さねえッ!!」
「え。いや、まあ確かにそのつもりではありますが……」
「だったらさ、こういう前置きってのはササッと終わらせて、そんで
言ってやった! 言ってやったぞ!
俺は一刻も早くウルトラ・スーパー・デラックスな来世を迎えたいんだ。なのに何が悲しくって、あんなクソッタレた現世の話を蒸し返そうとするんだよ! だいたいもう俺は死んじまったんだから、そんな話したって意味ねえだろうが!
おっと言い過ぎか? けれどそれはお互い様だ。遠回しであれ、女神様が俺を侮蔑するようなことを言っていたのも聞き逃さなかった。つまりはイーブンだイーブン。
それに、なんてったって向こうは女神様なんだし? どれだけ俺が生意気なことを言おうとも、慈愛と抱擁の心で優しく受け止めてくれるだろう。
その女神様はというと、俺の言葉を受けて一瞬固まったのち。
「チュ、チュートリアルですって!? 貴方、腕試し感覚で無慈悲に殺されていくスライム達と、私の懇切丁寧な説明を同一視しているのですか!?」
いや、そこまでは言ってない。近いことは言ったかも知れんけど。
「それに、さっさと転生させろですって? 堪え性の無い人ですね貴方は! 最近の若者はこれだから! ゆとりにゆとった教育を受けたからこんなのになるんですかねえ!?」
おい。何か思ってたよりも沸点が低いぞこの女神様。
「貴方……いいえ、ここでは神の名において新たな名を冠しましょう。『ユトリン』と」
さらに不名誉なあだ名まで勝手に付けられた。ふざけんな。
「よろしいですかユトリン様」
「マジでその呼び名で通すつもりかよ!? 俺だって好き好んでゆとり教育を受けてたわけじゃねえよ! 土日が完全に休みになったからって授業の難易度まで下がったと思うんじゃねえぞ!」
「夢の完全週休七日制度を採用中の穀潰しが、よく吠えますねえ」
「返す言葉もねえよ畜生! ああそうさ、とっくにご存じなんだろ? 俺様ちゃんは超スーパー下級人で、ほとほと人生に愛想が尽きちゃったんだよ! 生きてたって未来に希望も持てないし、じゃあもう死んじゃうかーって。でもどうせなら、今話題の都市伝説に賭けてみるのも一興かと思ってな」
「ですが何も、あんな戯言を信用するなんて……」
今話題の都市伝説。かいつまんで言うと「無人で走行している謎のトラックに轢かれて死んだら、夢のような来世が約束される」というものだ。フィクションにどっぷり浸かりすぎてウェブ小説サイトと現実の区別がつかなくなった現代人の闇とかそういう話ではない。
まず、ここ最近になって「無人トラック」というのが頻繁に目撃されるようになった。当初は大手IT企業が自動運転機能を搭載した車を試験運用しているのだと言われていたが、それも違うらしい。
誰が言い始めたかは知らないが、無人トラックはこう定義されている。
『人々の魂を荷台に満載し、理想郷へと送り届ける神の御使い』と。
その聖なる巡礼に便乗したければ、轢かれて死ねばいいってわけだ。そうすりゃ死後の魂はドライブスルー方式で無人トラックに積み込まれる。あとは理想郷まで不帰の客として乗せてってくれるらしい。馬鹿馬鹿しい話だが、これがネット上で人気を博している。
某匿名掲示板には「無人トラック目撃情報スレ」なんてのがあって、虚実ない交ぜの情報が飛び交っている。あまつさえ「無人トラック歓迎オフ! みんなで逝けば怖くない! 参加者大募集!」なんていう、自殺サイトまがいのものまであったりするくらいだ。その無人トラックに轢かれて死んだ俺が言うのも何だが、世も末だなあとしみじみ思う。
女神様がひどく申し訳なさげな顔で言った。
「元を正せば、私の作ったブログが原因なのです……」
「え、ブログ? 女神様ってネットとかやるの?」
「ええ。インターネットをやってない神はいないと思いますよ? だって楽しいですもん」
「そりゃそうだけどさ。でも愉快にインターネッツしてる神様とか聞きたくなかったな……」
神様もネットをすると聞いて、一つのブログを思い出した。
「まさか、女神様が作ったブログって『異世界転生日記』なのか?」
「ええ。流石にご存じでしたか」
異世界転生日記。無人トラック転生の都市伝説が巷にはびこるようになった原因とされているブログだ。俺もよく知っているので、ざっと説明しよう。
まずブログ主のプロフィール写真だが、現代に不相応な甲冑姿の出で立ちをしている。この時点で常軌を逸しているのが分かってもらえるだろう。そのうえ銃刀法違反間違い無しの巨大なバスターソードを掲げて晴れやかな笑顔を浮かべている。
そのブログは「私が轢かれました!」という日記から始まる。まるで農家のおじさんが「私が育てました!」と声高に宣言しているかのようだ。
ブログ主は無人トラックに轢かれたことがきっかけで異世界に転生したという。そこでは、レベルカンスト状態の強過ぎてニューゲーム状態だったらしい。彼はその強さを遺憾なく発揮し、異世界にいたワルそうな奴はだいたいぶちのめした。もちろん道中ではハーレムを築くのも忘れず、戦いも色恋もすべて無敗のまま、遂には魔王を討ち滅ぼすことにも成功した。
その後、まあぶっちゃけ異世界にも飽きてきたな~と感じた彼は、皆に惜しまれつつ日本へと帰還したそうだ。
と、これだけなら多少手の込んだフィクション体験記といったところだろうが、彼のブログには異世界で撮ったという「写真」が数多くアップされていた。
黄金の水が湧き出る泉。ジャンボジェット機よりも大きく雄大なドラゴン。美しい妖精や、獰猛な魔獣たち。
ブログ主は友達と自撮りするような感覚で、パーティー揃って魔王城の前で記念写真を撮っていた。CGにしてはあまりにも違和感が無さすぎるそれらの写真は、たちまち話題となった。
そしていつしか、彼のブログは「本物」であると囁かれるようになった頃。頻繁に更新していたはずのブログに変化が訪れていた。
「再び、楽園へ逝ってきます」という書き込みを最期に、ぷっつりと更新が途絶えていたのだ。
俺を含めた多くの愛読者たちは、第二のブログ主となるべく無人トラックの目の前に飛び出すことを固く誓ったのであった……。
「まさか、あのブログを女神様が書いてただなんて……。普通に更新を楽しみにしてたよ……」
「いや私もね? 暇つぶしのつもりだったんですよ最初は。けれど思いの外PV数が稼げたもので、ついつい興が乗ってしまいまして。ある日、うっかり載せちゃいけない系の異世界画像をブログにアップしたら、なんとまあアクセス数がうなぎのぼり! 気が付いたらアフィリエイト収入が本業を超えましたよ。こりゃ儲かるなと味を占めてからは、神パワーをフル稼働して異世界の画像を収集しては載せまくる日々でしたね」
「好きなことで生きていってる場合かよ! ちゃんと女神業に従事しろ! そのブログを真に受けた馬鹿共がどれだけ居ると思ってんだよ!」
「そうなのです……。最初は偶然かと思っていたのですが、どうにも無人のトラックに轢かれて亡くなる若者が多すぎる。調べてみれば、みな私の書いたブログを信じ込んでしまっていたのです。気付いたときには、もはや私の手にも余る状態でした」
「事態を収束させられなかったのか? ネット上の話題くらい、女神様の力でどうにか出来そうなもんだが」
「それがですね……。今回の越権行為が上司の耳に入ってしまい、減給のうえ私の力も制限されてしまいました。おかげで、今は下界への干渉がほぼ不可能となっております。ああ恨めしきはインターネットの拡散力。こうも簡単にデマが蔓延するとは、なんとおぞましい……」
なんかネットのせいにしてるけど、ほぼ女神様の自業自得じゃねえか。神の風上にも置けないな! あと給料とか上司がどうとかそういう生臭いワードを出すのは止めて欲しい。世知辛すぎて神様のイメージが崩れるから。ダメダメなのはこの女神様だけだと思いたい。
「上司の厳命により、ネット絶ちまでも強制されました。でもねでもね!? その上司にしたって、過去にネットの為替取引に手を出して破滅しかけてたんですよ!? なのに今だって懲りずにビットコインとかリップルを買ってる! バッカみたい! ネットから手を引くのはどっちだって話ですよねぇ?」
俺の中で「神=崇め奉るもの」という図式が完璧に崩れ去った。こんなテキトーな連中が神様ヅラしてていいのか……?
「そういや、さっき『力が制限されてる』って言ったよな? まさか、俺を転生させることさえできないとか言わないだろうな!?」
「それについてはご安心を。私は本来、転生を司る神です。その能力のみは、いついかなる時でも行使することが出来ます」
「ならいいけどさ……」
「それに、今回の件は私が原因です。ですので、あの与太話を真に受けて亡くなられた方は、できる限り希望に沿うような形で、転生先を決めさせていただいております」
「ほ、本当か!?」
「ええ。それが私に出来る、せめてもの贖罪ですから」
なんだよ、じゃあ結局は都市伝説の通りってことじゃねえか! やったぜ。
「分かった分かった! オッケー、じゃあ、もう終わり! 長々とどうでもいい話してくれてお疲れさん! 俺は最初に言ったとおり、一分一秒でも早く異世界へ行って、理想まみれの楽園をドバーっと築きあげたいの! 至急、転生しろや。この性格糞女神!」
景気付けに全力で煽ってやろ。もう理想郷は目の前に迫っているんだから何でもアリアリだ!
「ところで……。ユトリン様は、無人トラックがどのような仕組みで動いているか、ご存知ですか?」
「知らん。どっかの神様がなんか不思議なパワーで遠隔操作してるとかじゃねえの? で、そんなんいいから! てーんせいっ! あっそーれ、てーんせいっ! 早く早くっ! てーんせいっ!」
パンッパンッと手拍子を鳴らして催促をする俺。もう女神様ったら、相変わらず話が長いんだから! 無人トラックの出自なんて知らねーよ! つーかもう興味もねえわ!
「あれはね。元々は死んだ人間の魂だったんですよ」
「てーんせ……は? 人間の? 魂?」
「ええ。この転生の場で『私を著しく侮辱した』方のね。いるんですよ、そういう困ったちゃん様が。まあ私も神ですし? 愚かな人間に罰も与えるのだって仕事のうちですから? 業務上やむを得ないと判断した場合は、自我も失ってもらったうえで魂が擦り切れるまで走り続けるだけの人生……いや『クルマ生』をエンジョイしてもらうことになります」
……聞き間違いかな? いま、とんでもなく恐ろしいことを言わなかったか?
「人間の魂をトラックのカタチに
「……マジで言ってんの?」「マジです」「何で?」「端的に言えばムカついたから」「鬼か?」「女神のつもりですが」
目の前の女神様が、急に地獄からの使いに見えた。
「分かりましたか? ユトリン様の命運を握っているのは私なのですよ。あの都市伝説を信じる若者が多い昨今、新たな無人トラックを生み出して犠牲者を増やすのは私としても本意ではありません。しかしユトリン様の発言次第ではそれもやむなしといったところですね」
「すんませんマジすんません性格糞女神呼ばわりは流石に言い過ぎでした許して下さいどうかお願いします何でもしますから!!」
俺が平身低頭して謝りまくると、女神様は少し気分が上向いたのか、うっすらとほほえみを浮かべた。
「今、何でもするって言いましたね? では、これから面談と行きましょうか。転生先のミスマッチを防ぐためにも、互いの綿密な話し合いは必須と言えるでしょう」
どこぞのリクルーターみたいな言い方だな……。今から就職面接でもするってのかよ。
っていうか、女神様との話ってまだ続くのか? 俺、いったいいつになったら異世界で大冒険できるんだろう……。
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