狩人
『あなたはどうするつもりなのですか?』
前方から聞こえた声に、歩みを止める。ああ、やっぱり気付かれたか。その可能性は考えないでもなかったけれど、森の主様は何でも知ってるなあと、胸中嘆息する。
「王子と姫はもういない。ミラとの勝負は俺たちの勝ちだ。それ以上、何か言うことがあるか?」
ココが奇跡を起こしたことで、王子と姫は死すことなくその役を降りた。ミラとの勝負に関して言えば、キンスの勝利で幕を閉じたこととなる。
もうキンスは、運命なんかに怯える必要はない。
『あなたは、最初からこうなると分かっていたのですか?』
「そう見えてるならカッコいいよな。けど、違うぜ。何もかも博打だった。そして大団円に導いたのは、ココとウィットの力だ」
『では、どこまでがあなたの予想通りだったのでしょう。狩人ヴァン』
言葉を与えるつもりはない。悠長に足を止めている余裕もなかった。早く森を抜けないと、キンスが自分がいないことに気付いてしまう。
そんなヴァンの心を見透かすかのように、返事を待たずにアウルは続けた。
『此度の配役は、少し予定外のことが多すぎました。女性の王子、黒い肌のスノウホワイト、若すぎる魔女。……けれど私たちは、何よりもあなたを警戒するべきだったように、今ならば思います』
買いかぶりすぎだと胸中毒づく。結果が美しくまとまったというだけで、自分のしてきたことは――
そう、1歩歩むことで振り払おうとして、
『魔女の自殺までは、あなたが仕組んだことですね?』
「…………」
その言葉に今度こそ、ヴァンは歩む意志を塗り潰された。
『おかしいと思っていました。いくら日頃ぐうたらに過ごしているあなたとはいえ、私と王子の接触を何度も許すなんて有り得ません。特に2度目はミラとの勝負の話の直後。あなたたちが最も、私たちの出方を警戒しているはずの頃です』
足が動かない。最後の最後まで、誰にも気付かれずに消えることが出来れば、それが一番だった。そう思い、皆の意識がキンスに向いているだろう今を見計らってあの小屋を出てきたのだが、キンスの安否などその場にいずともわかる森の主様に、あっさり見つかってしまった。
最後の最後まで、詰めが甘い。
『そもそも魔女が王子の居所を知ったのも、元はと言えばあなたが出処でしたね。あの頃から、こうなるように計画を立てていたのでしょうか。だとすれば、大した策士です』
「……褒めるな、気色悪い。そんなんじゃねぇよ」
口から漏れたのは、思いの外に攻撃的な言葉だった。そのまま溢れるように決壊していく。
「森の中に、俺とキンスの2人きり。それでキンスの運命が変わるなら、そんなん運命でも何でもねえ。『絶対に起こりえないこと』を起こさなきゃ、キンスの未来は変えられない。俺はそう思っただけだ」
西の国の王子の話を耳にし、チャンスだと思った。キンスにその話をしてみたときの反応を見て、さらに確信を抱いた。伊達に付き合いが長いわけではないのだ。キンスのことは、彼女が物心つくより幼い頃から知っている。
「ミラの勝負の話を聞いて、ようやくその時がきたと思った。でも、キンスがココやウィットに手を下すなんて選ぶはずもない。だったら」
『魔女を追い詰めれば、自滅をすると思った、ですか?』
「…………」
舌打ちをする。けれど矛先はアウルではない。自分だ。汚らしい自分自身に、反吐が出そうになる。
『狩人ヴァン。あなたはどうしてそこまでしたのでしょう。魔女の運命だけに飽き足らず、狩人の運命にも気付いていたのでしょうか?』
アウルの言葉は普段通り、語り聞かせるようでいて、どこか無機質に淡々としている。樹上のその姿に視線を向ける気は起きないが、きっとあの金色の眼に射抜かれているのだと確信を持てた。
ヴァンは、あの目が苦手だった。全てを見透かされているようで。積み上げてきた計略の全てを台無しにされてしまいそうで。
「……知るかよ、そんなもん。俺はキンスじゃねぇんだ。ただまあ確かに、ずっと一緒にいるキンスが死んで、俺だけは無事に生き延びるとは考えられなかったかな」
嘘だ。そんなことはどうでもよかった。自分のことなんてどうでもよかった。少なくとも自分ではそう思っていた。
大切なたった一人の家族、キンス。
そのキンスが死ぬのは嫌だと嘆くから、夜が嫌いと泣くから、そんな怖いものを全て排除してやりたかった。
それなのに。
物事が動き出すと、何故だかキンスを追い詰めるように働きかける自分がいた。結局、それが一番早いと分かってしまっていたのだ。
ヴァンが全てを掌握し意のままに操ることが出来るのは、付き合いの長いキンスだけ。そんな小さな影響範囲下でできることなんて、あまりにも限られすぎていた。
長靴をはいた猫。北風と太陽。
ココから聞かせてもらった物語を思い出す。
自分が長靴をはいた猫だったならば、もっと上手く周りを動かせたのだろうか。北風のように無理矢理、旅人のコートを脱がせようとしただけなのではないだろうか。結果として、太陽が上手にコートを脱がせてくれただけで、それを果たして自分の手柄のように語られていいものなのだろうか。
所詮、自分は狩人でしかない。
得意の罠を張って、獲物がかかるのを待つ、そんな狩人でしかなかったのだ。
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