奇跡と代償
――ねえ、ココ。あなた本当に、王子様なのよね?
出会った日のことを思い出す。どうしてこんなことを、今思い出すのだろう。もっといろんなことを考えたいのに、浮かんで消えるのは、あの日のキンスの言葉だけだった。
「……そんで、話って?」
『端的に言います。呪いは解けるかもしれません』
アウルのその言葉は、余りにも唐突だった。予め話を聞かされていたココですら、少し驚いてしまうほどに。
案の定ヴァンは、よく呑み込めていないように見えた。まずは説明を、と傍目には冷静に見える。
『ええ、狩人ヴァン。とはいえ、難しい話ではありません。姫に仇なす魔女を王子が退治する。その続きのお話です』
アウルの語り口はやはり、物語を紡ぐようだった。むかしむかしあるところに、アウルがそう読めばきっとさまになる。
『王子にはたった一度、起こすことの出来る奇跡の力があります。愛とも呼ばれるものです。その力ならば、魔女の呪いをうち破ることができると思われるのです』
「なるほどな」
静かに聞いていたヴァンだが、そこまで終えると顔を上げる。アウルの方を、じっと見つめた。
「そんなもんがあるなら、最初に説明していいんじゃねぇのか。何で今更、説明する気になったんだよ」
あくまで普段と同じ、ややだらしないと取れる飄々とした口調。ただ声音だけが僅かに堅かった。
『勘違いをされては困ります。私達はその力を、ココが使いこなせるとは思っていませんでした。簡単に起こせるならば奇跡とは呼ばれないのです』
『俺だって、望み薄だと思ったぜェ。何せココはまだ9歳だ。肉親でもねェ相手に、奇跡を起こせるほどの情を傾けるなんざァ不可能だ。そう思って何が悪い?』
森の主たちは口々に告げた。その言葉に嘘はないのだろう。だからこそ、キンスの涙を見た時浮き足立ったのだろうから。
「……ヴァン。ぼくは2人のこと、信じるよ」
口を開くのならば今だと思った。ヴァンと、その隣のウィットの視線が刺さる。それこそ幼すぎるウィットは、不安そうにおろおろと全員の様子を窺うばかりだ。
「もう1つ聞いたよ。1度しか起こせない奇跡は、本当は、お姫様を幸せにするために使う力なんだって。その力を使っちゃうと、ぼくは王子様として誰かを助けることが、出来なくなるかもしれないんだって」
ココの夢は、誰かを幸せに導く王子になること。愛読する童話の世界のように、奇跡を起こして誰かを救うことが出来る力。そうして、誰かを幸せに導くことが出来る力。
『力を使い、姫と結ばれなかった王子は、この世界から王子として認識をされなくなります。城に帰ったところで、「あなたは誰?」と首を傾げられることとなるでしょう』
『それがこの
2人の言葉によるならば、『モブ』たちはフラグで相手を認識している。そして王子と姫は1つのセットだ。王子が王子でなくなれば、姫もまた姫でなくなる。
ココが夢を叶えられなくなるだけではない。ウィットからも『姫』を、大切な家族を奪うことになるのだ。
「だから、ぼくはちゃんと考えたい。ねえウィット。キンスを助けるために、きみの家族ときみを引き離すことになるかもしれない。それでもきみは、キンスを助けたいと思う?」
部屋の視線はウィットに集まる。当の本人は少し狼狽えていたが、神妙に何かを考えると、小さく1つ頷いた。
「あたしは、ココが一緒にいてくれるなら……んーん、あの人に、キンスに謝ることが出来るなら、何でもいいわ」
元々お嫁さんになったら、お父様とは会えなくなるんだもの。そう笑う彼女は幼いながらにして間違いなく、優しい姫君そのものだった。
「そっか。うん、ありがとう。でももうちょっとだけ、考えさせて。……すぐ、決めるから。お願い」
ウィットのように、即答が出来なかったのは、やはり迷いがあるからだった。いや、それは今に始まったことではない。
ずっとずっと以前から、疑問に思っていることがあった。誰も触れてこないから口にしてこなかっただけだ。そういうところを利口だと褒められていることをココは知っていたし、そのままでいたいと思っていた。
きっと、そういうこと全てと、決別をしなければならない時なのだろう。それには少し、心の準備が必要だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます