ヴァンが部屋を去ると、寝室にはココとアウルとミラと、眠るキンスだけが残された。本当にただ眠っているだけに見えるその素肌に触れてみると、まるで作り物のように冷たくなっていた。


「ぼく、満月の夜が楽しみだったんだ」


 その感触を紛らわせようと思ったのか、自分でも分からない。気が付くと、そんな話を始めていた。


「満月の夜は、キンスが遊びに来てくれるから。あの時はたった1人のお友達だったのに、キンスが連れ出してくれたお陰で、お友達もたくさん増えたんだ。ヴァンや、ウィットや、アウル。ミラともお友達になれるのかな」


 半ば独白じみていたが、聞いてくれる相手がいないわけでもない。


『さァな。本当なら俺とお前は出会うはずがなかった。正直俺はワクワクしてるぜ。王子サマと話すことなんて、そうあった機会じゃねェ』

「そうなんだ。妖精さんで、森の主さんでも、そうなんだね」


 揺れる水面に笑顔を向ける。心は重苦しいままだったが、笑うことくらいはできた。大丈夫。キンスは死んでいるわけではない。


「ねえミラ。呪いを解く方法って、何かないのかな」

『ないこたァねェ。が、成功するかは分からねェ。可能性は低いと俺は踏んでるぜ』

「……そうなんだ」


 ミラの言葉に俯いた。まあ落ち込むな、とフォローの声にも対応しきることは出来なかった。


「こんなことなら、もっともっとたくさん、キンスとお話すれば良かった。ヴァンやウィットとばっかり遊んでたから、キンスとは全然遊べていないんだ」


 後悔ばかりが頭をよぎる。キンスが忙しいのなら、その手伝いをしてあげれば良かった。そんな簡単なことも思いつかないほど、自分はきっと浮かれていたのだろう。


 お城にいた頃と今、どちらの方がキンスに寄り添うことが出来ていたのだろう。もっとキンスの傍にいてあげることが出来れば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 誰が悪いという話ではないのだろうとそう思う。けれどココも確かに、自分に何一つの非がないわけではないのだと、そんな思いに苛まれていた。


 満月の夜が脳裏に浮かぶ。たった1人の友達をずっと待っていた時の、高揚感に似た高鳴りも思い出された。

 今日は何を話そうか。どんな本を一緒に読もうか。お城を連れ出されたあの日、何の物語の話をしたんだったか。


 キンスと会える日をただ待っていた頃には忘れることもなかった逢瀬の記憶が、この濃密な数日間を経た上で確かに薄れてしまっていた。

 そんなことを、こうなってようやく認識するのだ。


「ごめんね、キンス……」


 漏れた言葉と共に、頬に涙が伝う。キンスは大切な友達だ。大切にしたかった。今もそう思っている。けれどキンスが目を覚まさなければ、それを伝えることもできないのだ。


「早く、目を覚ましてよ……」


 それは心からの願いだった。死んでいるわけではないといえ、目覚めないのならば変わらないではないか。おとぎ話のお姫様のように、100年もあとに目覚めるのでは遅いのだ。

 それが分からないココではなかった。


『!』

『おい、こいつァ……!』


 そんな、ココの想いに呼応するかのように。

 2人の声に顔を上げてみると、キンスの閉じた目からも、一筋涙が伝っていた。


『こりゃァ、おもしれェ……!』


 楽しそうなミラの声が、やけに耳に残った。

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