警告
『驚かせてしまいましたね』
穏やかな声が届く。くるりと瞳を回しながら、こちらの様子を窺う、白い梟。
「う、うん。びっくりした。けど、また会えて嬉しいよ。アウル」
『ふふ、私もです。ココ。元気そうで、何よりですね』
その視線が、隣で眠る、ウィットへと向く。釣られるように、ココの視線もそちらへ向いた。よく眠っている。まつ毛が長い。
「あ。えっとね、この子はウィット。一昨日から、キンスとヴァンの家で、匿ってるんだ」
少し声を落として、眠っているとアピールをする。わかっている、と頷かれた気もするが、如何せん表情がないのでよく分からない。
『言ったでしょう、ココ。私はこの森の主……のようなもの、だと。この子のことも、勿論、存じていますよ』
「あ。……そっか。そうだよね」
そう言えば、そんなことを言っていたように思う。その言葉から、続けて前回の会話の記憶が蘇ってきた。確か、アウルはキンスとヴァンのことを、苦手に思っていた、ような。
もしかしたら、今現れたのにも、意味があるのかもしれない。ログハウスの外では、ココもウィットも、ヴァンかキンスと常に行動を共にしていた。そのどちらもいない、唯一の機会が、今だ。
『ふふ、身構えなくて、いいんですよ。私はただ、あなたたちを見かけたから、お話をしに来ただけ……なのですから』
「あ……うん、ごめん」
一瞬でも、変なことを考えた自分を恥じた。アウルが、キンスやヴァンの悪口を言うかもしれない、だなんて、失礼にも程がある。
物腰穏やかな梟は、きっとそんなことは気にしない。本当に気にしていないのかどうかは、見ているだけでは一切、判断が出来ないのだけれど。
「ねえ、アウル。アウルはさ、森のことなら、何でもわかる……んだよね?」
『ええ。よく、覚えていましたね、ココ』
「あのね。聞きたいことが、あるんだ。この子……ウィットが、どこから来たのか」
それがずるだということは、理解していた。けれど、ウィットから無理矢理聞き出す訳にも行かないと、そう思っていた。
金の眼がきょろりと動く。一瞬またウィットを映し、そして、こちらに視線を直す。
『ええ、ココ。私はあなたの味方です。本当のことを、お伝えしましょう』
声音はどこまでも柔らかい。まるで、アウル本人の羽毛のように。ふわふわと、暖かく、包み込むようだ。
『この子、ウィットは、あなたの国から見て、この森を挟んで反対側の、別の国からやってきました』
まるで、『むかしむかし』と物語を語り聞かせるような、そんな声。
『もう少し正確にいうならば、その国のお城から、やってきた……というのが、正しいでしょうね』
深く言葉が頭に染み入る前に、アウルは語る。さもそれが、当然であるように。
『ウィットは、あの国の、第一王女。……お姫様、なのですよ』
「……え」
そうして断言されて、ようやく、ココは、全てを理解した。
余所行きの、けれど質のいい洋服も。食事の所作振る舞い、その美しさも。口ずさめるほどに、『白鳥の湖』を知っていたことについても。
すべて、納得出来たから。すんなりと、呑み込むことが出来た。
「じ、じゃあ! ウィット、帰らないと!」
慌てて身を乗り出すと、がくんとウィットの頭が揺れた。
「う、ううん……」
「あ…………」
『ココ。落ち着いてください。……確かにかの国は今、姫が行方不明になったと、少し騒ぎになっています。魔女や狩人の居所が見つかると、大変なことになってしまうでしょう』
ウィットの身動ぎを受けて、語る穏やかさはそのまま、しかし捲し立てる。この場を去るつもりだ、というのはココにも伝わった。
『あなたがどうするかは、あなた自身が決めることです。ですが……どうか、ココ。後悔だけは、ないように。願っていますよ』
柔らかくそう言って、翼を広げる。音もなく、かつてそうだったように、アウルはその場を、飛び立つのだ。
「ん……、あれ、ココ……?」
入れ替わるように、ウィットが目を覚ます。
けれども、ココの頭の中は、それどころでは、なかったのだ。
(大変なこと……って、キンス、ヴァン――!)
容易く想像された『大変なこと』が、ココの頭の中を、ただ支配していた、のだった。
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