追いかけっこをしたり、花を摘んだり、歌を歌ったり。

 散々遊びまわったあと、休憩の木陰で、ウィットが眠りについたのに気付いたのは、さらに先のことだった。


「……何だ、寝たのか」

「あ、ヴァン。しーっ」


 様子を見に来たヴァンに、人差し指を立てる。いたずらっ子のような笑顔が、ヴァンの顔に浮かび上がった。


「おーけーおーけー。大丈夫だ、起こしはしねぇよ」


 言いながら、ウィットを挟んで反対側に、腰掛ける。ウィットの頭は、ココの体に、寄りかかっていた。


「何か、そうしてると兄妹みたいだな、お前ら」

「あはは。ウィットみたいな妹がいたら、楽しかったかもしれないけど」


 今も耳に残る。それは歌声だった。湖の畔で、白鳥の湖のフレーズを口ずさむ、ウィットの歌声。

 酷く穏やかに、澄んで、美しい。そんな歌声が、ココの耳にこびりついて、離れなかった。


「なあココ。ちょっと俺、ここを離れるからさ。そのままウィットのこと、見ててやってくれねぇか?」

「あ、うん。また、罠の確認?」

「それもある……けど、キンスに薬草採ってこいって、言われててさ」


 なるほどと頷く。薬草を採って、干して、街で食材と交換をしているのだと、聞いたことがあった。死活問題に直結している。


「大丈夫。行っておいでよ。……ぼくじゃ、どれが薬草か、わかんないし」


 それに何より、1人で森を歩かない、というのは、ヴァンとの約束だった。ウィットの頭も、こちらに寄りかかっている。選択肢など、初めからない。


「ありがとな。……んじゃ、ちょっと、待っててくれよな」


 手を振って、笑顔でヴァンが、離れていく。それを見送って、ふうとココは、目の前の景色にまた視線を向けた。


 きらきら、輝く、湖の水面。

 ウィットの歌った『白鳥の湖』が、また蘇ってきた。透き通った歌声。まるで太陽の、暖かな日差しのような。


 あんな歌声で、『コートを脱いで』って言われたら、北風と太陽の旅人も、きっと簡単にコートを脱いじゃっただろうなあ、なんて、そう思った。


「……白鳥の湖、かあ」


 話としては、あまり好きな話ではない。ココは、ハッピーエンドが大好きだった。けれど、白鳥の湖は、少しばかり、趣が違っているとも、思うのだ、


 物語は、そのストーリーを楽しむものでもあるだろう。しかし同時に、その情景を想像し、空想し、幻想の世界へと導いてくれるものでもあるはずだ。

 白鳥の湖は、そういう意味ではココの好みに合致する。月夜の下で、踊る少女たち。その中でひときわに美しい少女、オデットは、一体どんな、容姿をしているのだろう。


 浮かんだのは、赤い瞳の、少女の姿。

 月夜と、『美しい』が合致した結果、当然といえば、当然の話だった。


 そのとき、音もなく、ココの視界に割り込む、白い影が、あった。


「…………あ」


 その姿。見覚えがある。

 大地にちょこん、降り立ったのは、白い鳥。けれど、白鳥とは、違っていた。

 白い梟。金の眼を、きょろりとこちらに向ける。


『……こんにちは、ココ』

「アウル……!」


 あの日、同じ、この場所で出逢った。

 2度目の邂逅も、また、この湖だった。

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