夜更かし

 夜になる。

 ココとウィットは寝室へ、ヴァンは星を見に屋根の上へ。それぞれのいない一人きりの1階のその隅、小さなデスクに腰掛けて、キンスはぼうっと考え事をしていた。


(嫌われたものね)


 デスクの上にはフルーツバスケット。ベリー類にりんご、コケモモにチェリーの類が、色鮮やかに詰められている。触るとその周囲の空気だけ冷たい。冷やした方が、果物は美味しいし長持ちするのだ。


 ​──魔法が使えるだか何だか知らないけどさ。それだけじゃん。


(その通りね)


 言われた言葉に誤りなどない。自分には、魔法それしかないのだ。そのくらい、キンス自身も重々承知だった。


 キンスは、生まれた時から魔女だった。物心つく頃には魔法が使え、箒で空を飛ぶことができた。魔法の力に頼らずに生活していた試しなどない。それが彼女の11年間の人生であり、以後も変わることの無いだろう日常だった。


(でも)


 ウィットの顔を思い出す。自分が何をしたのかは分からないが、明らかに敵意を向けられていた。そして案外に、その態度に傷ついた自分も、そこにいたのだ。


 だから、だろうか。


(……人の気も、知らないで)


 浮かんだ言葉は、思った以上に攻撃的だった。ウィットがこちらの事情を知らないのなんて当然だ。当然なのに、どうしても、思ってしまったのだ。


(………)


 バスケットを眺める。明日のおやつに、タルトを焼こうかと悩んでいた。3人ならば、少し多い。だが4人ならばと、そう、思っていたのだが。


(……必要、ないかもしれないわね)


 一粒、ベリーを手に取った。口に含む。とても甘くて、とても酸っぱい。


 実際、ウィットの言うことは、少し正しかった。キンスは確かにここに来て、ココとの会話を避けている自分に気付いていた。

 理由なんて、そう難しいものではない。ただ、ただそうだ。


「……キンス」


 ふと、背後から声がした。考え事に耽りすぎていたのか、全く気付いていなかったため、少し驚き、振り返る。

 金髪の、ショートボブ。ココの姿が、そこにはあった。


「ココ、どうしたの。眠れないのかしら」

「ううん、違うんだ、その、キンスにお話があって」


 声音に若干の深刻味。眉も下がっていた。叱られる直前の子どものような、そんな顔。


「あのね。ウィットのことなんだ」

「…………」


 タイムリー。いやまあ、ココがわざわざ夜更かしをしてまで話すことなんて、きっと限られている。多少驚きこそはすれ、語り出す口を阻むほどではない。


「多分、ぼくのせいなんだ。ウィットが昼に、あんなこと言ったの。……ぼくが、お留守番の間、キンスの話ばっかり、しちゃったから」

「……それが、何で、あの子の態度と関係があると思ったのかしら」

「……分かんない。分かんないけど、キンスの話をしてる時のウィット、……何だかちょっと、怒ってた、ように見えたんだ」


 聡い子だと、確かに思う。他人の心の機微に敏感で、こうして、語る相手を選んで、語るべきでない相手には口を閉ざすことが出来る。

 ココは決して、ウィットを直接責めたりしなかった。けれど、自分には、思ったことを、素直に口にする。きっと、それが最善だと、分かっているのだ。


 きっと、ヴァンもウィットも、こんなココの一面を知らない。この建物の中にいる誰よりも、他人に気を遣い、潤滑に回るように立ち回っている。本人とて、全て意識してのことではないとは思うが、同時に全て無意識でもないのだろう。

 ただ無邪気なだけの子どもではない。きっとココは、いい王子様になれることだろう。


「気にしなくていいわ。……あなたがそうして、気にかけてくれた、それだけで充分よ」

「キンス……」


 柄にもない。自分自身のその言葉に、自分の思う以上に、堪えていたのかもしれないと、そう感じた。ココも少し、驚いた顔をしているのが分かる。


「私なら大丈夫よ。いいからもう、寝てしまいなさいな」


 立ち上がる。先の失言を拭いたい、そんな気持ちに急かされていた。照れ隠し。きっと、そう呼ばれているものだ。


「……うん、わかった。おやすみ、キンス」


 少し安心したように、ココは微笑む。それだけ言うと、階段へと消えていった。聡い子だ。こちらの感情の機微に、敏感で。


 確かに、ココの現れる前と、その後で、自分の心境は大きく変わっていた。鈍く重たかった頭は、スッキリと、クリアになっている。

 どれもこれも、ココのお陰だ。素直にそれを認めると、キンスはまた一口、ベリーを口の中に放るのだ。


 やはり、明日はタルトを焼こう。そして、小さくそう、意気込んだのだった。

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