本当のこと
心細い思いを、たくさんした。
知らない森の中をたくさん歩いた。薄暗くて、怖かった。
やっと見つけた、誰かのお家。でも、当たり前なんだけど、そこに知っている人は1人もいなかった。怖かった。
そんな、そんな中。
──ねえ、この布団、キミがかけてくれたの?
──ありがとね。
そう言って笑ったココは、確かに、確かに眩しくて、そして暖かく感じられた。
でも、だからこそ、ウィットには1つ、どうしても納得できないことがあったのだ。
「あっ! おかえり! キンス、ヴァン!」
ぱっと、ココが顔を上げる。釣られるようにしてウィットもそちらに視線を寄越した。
「おーおー、ただいま。悪ぃな、2人とも。留守任せちってさ」
「んーん、大丈夫だよ。2人で本を読んでたから。ね、ウィット」
ココの笑顔がこちらに向く。何だか照れくさいような気持ちになって、思わず俯いてしまった。せめてと頷き、ココの様子をちらりと窺う。満足気な笑顔をこちらに向けていたが、すぐにぷい、とその視線はよそを向いてしまった。
「キンスも、おかえりなさいっ」
ヴァンの後ろに従うように現れたキンス。ココの視線が向いたのはそちらだ。黒くて白い女の子。ココの、最初の友達。
――キンスのこと、好きだよ。
思い出す。僅かに染まった、ココの頬。あれは本物だ。自分には分かる。だって、今日という1日、ずっとココのことを見つめていたのだ。
それなのに。
「ええ、ただいま」
素っ気なくそれだけ告げて、目を伏せる。キンスはココを見もしない。ずっとそうだった。
ココが話しかけても、簡単な言葉を返すだけ。ヴァンとはちゃんと話すのに、ココには最低限しか話さない。
今日という1日、ずっとココのことを見つめていたのだ。だから、知っている。
「……あなた、さぁ」
イライラしていた。ココがキンスを語るとき、あんなにも嬉しそうなのに。当のキンスは、そんなことどうでも良さそうで。
声をかけると、少し驚いた様子だった。表情あるんじゃん、と確かに思う。それはそれでまた、腹が立った。
「少しはココの話、聞いてあげなさいよ。お友達なんでしょ? それなのに、全然お話、しないじゃない」
我慢する必要なんて一切感じなかった。
「これじゃ、ココが可哀想」
だって、こんなのはあまりにも不憫だ。
「う、ウィット……っ」
「いいの、ココ。言わせて。ココだって、あの人とお話したいから、話しかけてるんでしょ?」
「それは……」
そうだけど、と押し黙る。ほら、やっぱりそうなんじゃないか。
「魔法が使えるだか何だか知らないけどさ。それだけじゃん。それなのに、みんなして、チヤホヤするんだもん」
もし、キンスの人当たりがもっと良かったら。自分はきっと、こんなことは思わない。何も完璧を求めているわけではないのだ。ただ、人並みを求めてはいた。
「あたしは認めないから」
真っ直ぐに見上げる。そう、認めない。
こんなやつが、ココの一番大事な人だなんて、認めてやるものか。
「まあまあ落ち着いて、ウィットちゃん」
「…………」
2人の間に、ぬっとヴァンが割り込んだ。乾いた笑顔を貼り付けている。
「喧嘩はやめようぜ〜? じゃなきゃ、せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「……ばっかみたい」
まるで軟派男のような言葉に素直に、そう返す。うーん、と小さく、ヴァンは唸って、
「……ウィットちゃんさ、まだちっさいから、分かんねぇかもしんねぇけど。思ってること、全部言えばいいってもんでもねぇんだぜ?」
保護者ヅラ。ああいや、家主は彼だと言っていたか。少し、バツが悪くなる。
「……謝んないわよ、あたしは」
「へいへい、と」
軽くそう言って、頭をくしゃりと撫でられた。甘んじて受け入れる。何で自分が悪いように言われているのか、よく分かりはしなかったけれど。
(だって全部、本当のことじゃない)
キンスが冷たいのも。ココが可哀想なのも。
(……何でよ)
悪いことをしたはずがない。それなのに、酷く居心地の悪さを覚えた。
そのままキンスはヴァンの指示で、料理を開始する。ココが近くに寄ってきたけれど、ウィットは暫く、それどころではなかった。
ヴァンはふらりとどこかへ行った。何なんだあの人は。そう思う頭の中に渦巻く感情は、しかし怒りではなく──焦りに、近かった。
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