作戦失敗

「お留守番? うん、いいよ」


 二つ返事でそう答えると、ヴァンはにぃっと歯を見せる。


「悪ぃな、ココ。ホントは、ウィットちゃんも連れて、どっか出かけてやりたかったんだけど」

「んーん、キンスばっかりお留守番は、可哀想だもん。本もあるし、気にしなくて大丈夫だよ」


 ヴァンとキンスで外出をするので、ウィットと2人で留守番をしてて欲しいと言われたのがつい今しがた。外出の用件までは知らないが、居候の身の上としては、協力以外の選択肢は持ち合わせていなかった。


「ありがとな。ココ。ウィットちゃんも、よろしくな」


 ヴァンに話しかけられて、ウィットはぴょっと、ココの影に隠れる。今朝から、ずっとこうなのだ。


 ココとは普通に話してくれるのに、ヴァンやキンスとは話さない。それどころかこうして、ココの背後に隠れてしまう。

 まだ幼い小さな身体をその背にすっぽり隠しながら、ココは、これでいいのかな、なんて思ったりもする。


 本当は、キンスやヴァンとも仲良くなって欲しい。


「ココ、ココ?」

「えっ、あ、ごめん!」


 回想からの空想、それを醒ます声はウィットのものだ。キンスとヴァンは、あれからすぐに家を出てしまい、こうして2人で本を読んでいた。

 ページをめくる手を急かされて、慌てて1枚、めくる。


「……ねぇココ、考え事?」

「あ、ううん。違うんだ。ごめんね」

「んーん、いいの。……ねっ、本読むのやめて、ココの話、聞きたいなっ」


 無邪気ににこり、ウィットは笑う。もしかしたら、読書はつまらなかったのかもしれないけれど、それを感じさせないほど屈託のない笑みだった。


「ぼくの話……。でも、面白い話、ないよ?」


 朝食後、ヴァンに話しかけられるまで、ココは自分の身の上を語っていた。これもまた、ウィットに質問されてのことだ。

 お城でしか生活したことのないココにとって、どんな話が物珍しく、どんな話がつまらないのか、そういう細かなことが分からない。故にそろそろ、ネタが尽きていた。


「んー、あのね、じゃあ、ずっと気になってるんだけど……。なんでココは、こんな森の中にいるの?」

「え? 何でって?」

「ココの話じゃ、お城から出たこと、なかったんでしょ? 何があって今、ここにいるのかなって」


 問われたものに、返すのは簡単だ。しかしここでふと、ココは閃いた。ウィットに、みんなと仲良くなってもらいたいのだ。


「キンスが、連れてきてくれたんだ。キンス、分かるかな。白い髪の女の子」


 思わず笑顔が盛れる。同時にウィットの笑顔が消えたのに、ココは気付かない。


「あのね、キンス、魔女なんだけど、凄いんだ! 箒に乗って空を飛べるんだよ! その箒の後ろに乗って、ぼくはここまで来たんだ」


 思い出す。満月の夜の下を、キンスと共に駆けたあの日。ココにとって、初めての外出。やっぱりキンスは、すごい。


「朝ご飯も、美味しかったでしょ? あれもキンスが作ったんだよ。お家のこともほとんど、キンスがやってるんだってさ。すっごいよね!」


 語る言葉に、無意識に熱が篭もり始める。その辺りで、ウィットが口を開いた。


「ねえ。キンスって、あの無口な人よね。……あの人、ココの『何』なの?」

「『何』……って、え?」


 何を聞かれているのか、一瞬理解が追いつかなかった。むすっと拗ねたように、ウィットが続ける。


「だから、あるじゃない。好きな人、とか、友達、とか」


 少し俯くように、口を尖らせている。そんなウィットの様子に首を傾げながら、素直にココは、答えるのだ。


「キンスのこと、好きだよ。大切な友達なんだ。ぼくにとって、初めてできた……とっても大切な、お友達」


 初めて会って、友達になったあの夜から、何も変わらない。

 キンスは大事な友達で、ココにとって初めての友達で。しっかり者なキンスのことを尊敬し、憧れる姿勢に未だ変化はない。


「……ふーん」


 ウィットは、口を尖らせたまま。寧ろ、何故か、不機嫌になったように見えた。


「……初めて友達になったってだけなのに。ずるい」

「え?」

「なんでもなーい! ね、ココ、やっぱり、本読みましょ!」


 切り替えるようにそう言って笑ったウィットに、ココは曖昧に笑い返す。

 少なくとも、『キンスの良さを知ってもらって、ウィットとキンス仲良し計画』は失敗に終わったらしかった。

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