非日常

「えーっっ!! ココって王子様なの!?」


 大袈裟すぎるほど大袈裟に、驚いた声が聞こえた。目覚めた彼女がようやく名乗り、一緒に朝食をとった、そのすぐあとの出来事だ。洗い物をするキンスの横で、ヴァンはそっと耳打ちをする。


「なあ、アレ。なんでたった一晩であんなことになってんの?」

「知らないわよ」


 簡潔に、しかし僅かに棘を含んだ声音だった。付き合いの長さから、それを確かに感じ取って、思わずにやりと口元が歪む。


「え、なに? 嫉妬?」

「殺すわよ」


 間髪入れずに、物騒な発言が飛んできた。それが面白くてつい噴き出すと、剣呑な視線が向けられる。悪ぃと小さく謝ってみるも、なかなか笑いは引かなかった。ココにはああ言ったが

、もしかしたらキンスも、一周回って素直なのかもしれない。


「……いつまで笑ってるつもりかしら」

「いや、ごめんごめん」


 はあ、とキンスが諦めるように溜め息をつく。そのまま洗い物を再開するその姿から、視線を後方――ココとウィットへと移した。


 朝食を終えたままの席で、仲が良さそうに笑い合っている。ココは普段通りとして、ウィットは昨日と別人のような反応だった。つっけんどんにこちらを拒み、会話の余地すら与えなかったあの幼子の姿はそこにない。

 しかしどうやら誰にでも心を開いたわけではないらしい。ウィットがああして明るく楽しそうに会話を行うのは、ココに対してだけだった。自発的に話しかけようとしないキンスは置いておいて、ヴァンが話しかけたときは、警戒の瞳で見つめられた後ココの後ろに隠れてしまった。人見知りだろうか。何だか傷ついた。


「……ココマジックかねえ」


 ココの屈託のなさが、ウィットの心を開いたのだろうか。それは当人にしか知る由もないはずなのだが、しかし想像に難くなかった。きっとココには、それだけの魅力がある。たった2日3日を共にした程度のヴァンですら、確かにそれを感じていた。


「それじゃあ、ほんとのほんとに王子様なのね!」

「うんっ。お城に生まれた、ってだけで、特別すごいことができるわけじゃないんだけどね」


 えへへと照れくさそうに笑うココに、目を輝かせてそれを見つめるウィット。対象的なようでいて、どことなく絵になる2人だと、ヴァンは思った。この明るく和やかな空気は、自分とキンスだけでは絶対に作り出せないだろう。


「……ねえ、ヴァン」


 話しかけられると共に、洗い物の水音が止まった。視線を戻すと、紅い双眸がこちらを見上げている。


「あとで、話があるの。少し付き合って欲しいのだけれど」


 やけに改まった言い方だった。だが、それそのものに意味はない。どちらにしても、答えはひとつなのだ。


「おう、いいぜ」


 笑い返す。断る理由など、どこにもありはしなかった。かわいい妹分の頼みとあっちゃあ、無碍にできないというものだ。


 返答を聞くと、安心したようにキンスは息をつく。そんな様子を見て再度、断るわけがないのに、と胸中で呟く。


「それで、あなたにもうひとつ、お願いがあるのだけれど」

「ん? 何だ?」

「……この話、ココたちには聞かれる訳にはいかないの」

「……あー、ね」


 理解した。ヴァンの視線はまた、歓談を続ける2人の子どもに向けられる。


「まあ、……そうだな」


 変わらず明るく和やかに繰り広げられる光景。しかし同時に、日常とは異なる光景。


 普段通りと言えば普段通りに、厳かにキンスが口を開く。


「……ヴァン。あの2人のことは、あなたに任せるわ」

「おう。任せとけ」


 二つ返事でにかっと笑って、2人の元へと向かう。歓談を邪魔するのは気が引けるが、致し方のないことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る