3日目 - 不和の予兆

名前

 ふかふかと、温かさを感じた。身じろぐ。変な体勢で寝たからか、少しだけ、身体が痛かった。

 その痛みで、ココは目を覚ました。


「……あれ……」


 目を擦りながら身を起こすと、肩から羽毛布団がずるりと落ちる。確か、あの女の子が起きるまで傍にいようとしていて、眠くなって、眠ってしまって――


 ハッとする。ベッドの上から女の子がいなくなっていた。もしかしたら、勝手に家を出てしまったのかもしれない。慌ててそこまで想像したところで、


「……ねえ」


 前方から声をかけられた。いくつか並ぶベットの先、大きな窓から温かな日差しが注いでいる。その前に、あの女の子が立ってこちらを見つめていた。


「あ……、よかった……! おはようっ」

「…………」


 まず安堵の言葉が漏れた。破顔して相手を見つめ返すと、今度は恥ずかしそうに視線を逸らされる。どうかしたのだろうか。


 何はともあれ、羽毛布団を引き摺り立ち上がる。元々隣のベッドに備え付けられていたものらしく、シーツだけになっていた。元通りに整え直しながら、ふと思い当たった。


「ねえ、この布団、キミがかけてくれたの?」

「……」


 短い沈黙。しかし確かに女の子は、小さく首肯した。そっか、と笑って、礼を言う。


「ありがとね」


 また照れたように、女の子が顔を背けた。ベッドを整え直して、ココも窓の傍へと歩んだ。今日も、キンスもヴァンも寝室にはいない。今この部屋には2人だけだった。


 そう言えば。昨晩考えていたことを思い出す。


「ね、ぼく、キミの名前をまだ聞いてなかったよね」

「あ……」

「えっとね、ぼくはココって言うんだ。お名前、教えてくれるかな?」


 まず自分から名乗って、相手の様子を伺った。昨日のあの頑なな様子だと、名前を教えてくれない可能性だってある。そのくらいの想像はできていた。果たして答えてくれるだろうかと、少しどきどきとしていた。


「ココ……」


 鈴のなるような、綺麗な声だった。名前を反芻されただけなのに、何だか照れてしまう。


「あたしは、……ウィット、って、呼んで」

「……!」


 朝の日差しを背から受け、もじもじと女の子――ウィットが小さくそう名乗る。珍しい名前だった。しかしそんなことより何より、名乗り返してくれたことが、とても嬉しかった。


「そっか……! うんっ、ウィット、よろしくね!」


 彼女に歩み寄り、顔を覗くようにしゃがみ込む。恥ずかしがりなのだろうか、まっすぐとこちらのことは見てくれなかった。ほんの少し顔を背けたまま、ちらちらと、こちらを見ては視線を逸らしと繰り返している。


「うん、ココ。よろしく……」


 何はともあれ、昨日は拒絶しか見せなかった彼女と、こうしてコミュニケーションを取ることができる。きっと、この子とも仲良くなれる。ココは、そのことをただひたすらに、嬉しく思うのだ。

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