家出

 キンスとヴァンを連れ、階段を駆け上がる。

1番手前のベッドに寝ていた女の子は、確かにその目を開いていた。

 眠っていた時の印象のまま、やはりとても整った顔立ちをしていた。くりくりと大きな瞳が印象的で、魅力的だった。まだ少し眠たげに天井を見つめていたが、ゆっくりとこちらに視線を向ける。


「おお、ホントだ。起きてる」

「大丈夫? 痛いところとか、なぁい?」

「…………」


 こちらを窺うような、上目の視線。何やら警戒されているらしかった。慌てて説明を加える。


「えっとね、キミは、この家の前に倒れてたんだけど……、覚えてる?」

「…………」


 やはり返事はない。ぱちり、ぱちりと瞬きの度、その視線は部屋中を見渡すように彷徨った。会話ができない、わけではないと思いたい。


「なぁ、お嬢ちゃん。迷子、だよな? どっから来たか、教えてくれれば力になるぜ」


 ヴァンからの助け舟だった。何かを考えるように目を伏せた女の子を、固唾を飲んで見守る。家の場所がもしはっきりと答えられるなら、キンスの箒で送っていくことが出来るはずだった。


「……いらない」

「え?」


 しかし、小さな口からようやく発せられたのは、拒絶だった。思わず聞き返すも、それ以上続けるつもりは無いらしい。寝返り、こちらに背を向けられる。


「……なぁお嬢ちゃん、家の人も心配してると思うんだけど」

「いいの。かんけーないの」


 どうやら意思は堅いらしい。やれやれと、ヴァンが肩を竦めた。ココからも、再度声をかけてみる。


「そんな言い方、良くないよ。ね、きっとお家の人、キミのことを探してるよ? 帰ったら、きっと喜ぶよ」

「知らない。……帰りたくないの」


 頑なさに変化はない。だが1つ、ハッキリとしたことがあった。


 この子は、ただの迷子ではない。どうやら、家出をしているようだった。そしてこうして保護を受けた今も、家出を続行しようとしているのだ。

 こうなると、これ以上何かを聞き出すのは困難なように思えた。この数度のやり取りで、既に、幼いながらにとても頑固な子どもであることが窺えていた。無理に語らせるのは、寧ろ逆効果だろう。


 どうしよう、と視線をヴァンに投げかけた。ヴァンも困っているだろうと思ったのだが、存外にけろりとした顔で、


「んじゃま、しゃあねーか。帰りたくなるまでここにいればいいさ」


 最年長の威厳もへったくれもない能天気な笑顔でそう言った。これには流石のココもあんぐりとする。


「い、いいの?!」

「え、駄目なのか?」

「だって、多分すっごく心配してるよ?」

「つっても、本人に帰る気がねぇんじゃ仕方ねぇじゃん?」

「それは、そうだけど……」


 潔いと言うべきか、諦めるのが早いと言うべきかがよく分からない。付き合いこそ短いが、とても『ヴァンらしい』と思えた。


「この通り、ベッドは余ってるしな。あとはま、炊事するキンスさえ良けりゃ、ここにいる分にはなーんも問題ねぇぜ」


 ヴァンの視線がキンスへと向く。対するキンスは、不服を顔面に貼り付け腕を組んでいる。


「その言い方で拒否したら、私が悪いみたいじゃないかしら」

「そうか?」

「…………」


 深海を這うような、深いため息がキンスから漏れた。


「まあ、いいわ。一応家主はあなただもの。言うことには従うわ」

「ははぁ、家主か。いいな、ソレ」


 一通りのやり取りを、未だぽかんとココは眺めていた。結局どう決着がついたのか、いまいち頭に入ってこない。


「…………」


 こちらに背を向けたまま、黙り込んでしまった女の子の背を見つめる。起きているのか、眠ってしまったのか、それすらも悟らせぬほど、ただじっとしていた。

 こんなに小さな女の子が、あの薄暗い森を1人で歩いてきたのだと思うと、強く言える言葉がない。ただ、何かしてあげられることがあればいいのに、と薄ぼんやり考える、その程度のことしか今の自分には出来ないようだった。

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