意見交換

「……あなたも来たの、ヴァン」

「そりゃあな。手伝おうか?」

「……本気?」


 訝しげな声が向けられて、思わずぷはっと噴き出した。とんだ言われようだ。


「あのなぁ、俺だって料理くらいはできんの。知らねぇわけでもねぇだろ」


 キンスが料理を覚えるまでの間、3度の食事はヴァンが拵えていた。計3人分。今の人数ともぴったりだ。そう考えたところで、2階で眠る女の子を計算に入れていなかったことに気付く。まあ、含めたとして、3人が4人になるくらいだ。大差はない。


「胸を張ってそう言うくらいなら、普段からあなたが作ってもいいのよ、ヴァン」

「……あー、それは、ほら。キンスのが器用っつーか」


 目が泳ぐ。この話題はまずいと心から思った。何がまずいって、アレとかソレとか何もかもまずい。一先ず流れを変えることが先決だった。


「よ、よーし。取り敢えず、何すりゃいいんだ? 皮剥きか? 火でも起こすか?」


 袖を捲りながら、キンスの隣へ並ぶ。我ながら、この立ち回りは完璧だった。深いため息と冷たい視線がこちらに向くが、完璧だったのだ。


「皮剥きは終えてるわ。火も、あなたが起こす方が魔法より早いのなら、勝手になさいな」

「……ハイ」


 言うまでもない話ではあるが、魔法で火を起こす方が早い。久方振りに向けた、料理への情熱は、形になるよりも前にあっさりと沈静させられてしまった。いつものことながら手厳しい。


「そんな、手伝いなんかより」


 しおしおと、捲ったばかりの袖を正していると、零れるような小声が届く。無言で続きを待っていると、キンスの視線がようやくこちらに向いた。


「あなたの考えを聞かせてくれるかしら、ヴァン」


 真剣なその表情に向けて、何のことかとしらばっくれるのは簡単だった。そうしなかったのは、ただ無為に怒られる未来しか見えなかったからだ。


「考え、って言われてもな。大方お前と同じだと思うぜ?」

「念の為、それを聞かせて欲しい、と言っているの」

「あー、なーるほどなぁ」


 用心深いという言葉が正しいのかは分からないが、この件に関して、キンスは慎重に判断を下したいようだった。無理もない、のかもしれない。こと今回の件は、あまりにも唐突過ぎた。


「まあ、有り得ねぇよな。この森に、普通に子どもが迷い込むなんて」


 漬け込んだザワークラウトを、瓶から取り出す、そのキンスの背中を見ながら、いつも通りに食卓につく。手伝いは、もう諦めてしまった。


「んで、百歩譲って、もし仮にそんなことがあったとしても、ここに辿り着くのは不可能だろ。でも、その『有り得ないこと』が実際に起こったわけだ。……ならやっぱ、答えは1つなんじゃねぇの?」

「…………」


 キンスは黙り込んだまま、相槌を打つこともない。ただ、話はちゃんと聞いているのだろう。いつの間にか、調理の手が止まってしまっていた。


「なあ、キンス。俺さ、ココが来た日に言ったよな。『後悔はすんな』って。……まだ、後悔せずにいられてるか?」

「…………」

 

 その問いにも、答えはなかった。いじめるつもりだったわけではないのだが、どうしたものかと頭を掻いた。返答如何によっては、自分の立場も大きく変わってしまう。


「……大丈夫よ、ヴァン」


 何か言わねばと、開きかけた口を閉じる。調理の手が、ゆっくりと再開され始めたのが目に映った。


「今は少し、まだ混乱しているけれど、何とか考えをまとめるわ。焦って考えてもいいことはないもの。そう判断できるだけの冷静さくらいはあるみたい」

「……そっか。ん、まあ、ならよかった」


 言葉の通りに受け取ると、少し肩の力が抜けた。頬杖で笑って、言葉を続ける。


「取り敢えず、どうするか決めきんなかったときは、いつでも相談に――」

「キンスっ! ヴァンっ!」


 しかし、締めくくる前に遮られた。ばたばたと、階段を駆け下りる音。そして、大慌てのココの声だった。

 要件は、想像がつく。思わず立ち上がってしまっていた自分がいた。


 ココの姿は、数瞬と待たず現れる。そしてその口から、大方の予想通りの言葉を発するのだ。


「女の子っ、目を……っ、目を、覚ましたよ……っ!!」

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