素直さ

 言い淀んだココを見かねてか、またヴァンがからりと笑う。


「目覚めるより先にキンスが帰ってきたら、相談してみようぜ」


 どうやら考えていることが顔に出ていたらしい。心なしか頬が熱かった。こんなときでも、恥ずかしいと感じることは出来るようだ。


「ぼ、ぼくそんなに分かりやすいかな」

「言ったろ。それくらい素直な方がいいって。いきなり何も言わずに飛び出して、こうして心配かけるくらいなら、分かりやすいくらいの方が助かるぜ」


 それは、勿論キンスのことを言っているのだろう。


「ヴァン、怒ってるの?」

「別に。ほら、俺、温厚だし。心広いし。何せ、キンス自慢の兄貴分だぜ?」

「……笑えない冗談ね」


 そう続けたのは、ココではなかった。ハッとして下階への階段を振り返ると、フードを被ったキンスの姿がそこにある。


「キンス……!」


 思わず立ち上がり、駆け寄った。その勢いのまま、ぎゅうと飛びつく。


「よかった、いつものキンスだ……!」

「……ココ……」


 耳元で、吐息と共に、少し驚いたような声がした。それでも、穏やかに落ち着き払ったその声音は、ココの大好きな普段通りのキンスの声だ。


「……心配を、かけたみたいね」

「ううん、いいんだっ。ちょっとびっくりしたけど、もう大丈夫! おかえりなさい!」

「ええ、ただいま」


 身体を離してニコッと笑う。キンスはいつもの仏頂面だ。気のせいか、少しだけ耳が赤いようにも見えた。


 そのままヴァンと視線を交わすキンスだが、ヴァンがへらっと笑った以外は特に会話もない。付き合いの長さか、それ以上は何も必要がなさそうに感じられた。

 次いで、女の子の眠るベッドに視線を向ける。


「……まだ目覚めないのね」

「うん、そうなんだ。ねえキンス、お城に連れてって、お医者さんに診せてあげたいんだ。キンスの箒に、乗せてもらえないかな」


 懇願に、しかしキンスは首を振る。


「意識のない子を乗せて飛ぶことはできないわ。あなたも、しっかり掴まらないと危なかったでしょう?」

「あ……」


 確かに、キンスの箒は、高いところを飛ぶ。森の木々を全て見下ろして、その遥か上空を飛んできたことを思い出し、小さく声が漏れた。


「じ、じゃあ、お医者さんをここに連れてくれば……!」

「それも無理よ。子どもならまだしも、あの箒は大人を運べるようには出来ていないもの」

「そう……、なんだ……」


 つまり、やはりここで目覚めるのを待つしかないらしい。項垂れて、軽く唇を噛んだ。


「……ごめんなさいね、力になれなくて」

「ううん、キンスは悪くないよ。気を遣わせちゃって、ごめんね」


 魔法が使えるからといって、勿論何でも出来るわけではない。キンスだって、自分とそんなに歳の変わらない子どもなのだ。その点を、つい失念してしまっていたのは、自分の方だった。


「あと、晩ご飯の支度が途中なの。ココ、準備の間、この子のことを任せても大丈夫かしら」


 言われてみると、いろいろあってすっかり忘れてしまっていたが、そんな頃合いだった。

 キンスの言葉に、うん、と頷く。行ってらっしゃいと声をかけ、階段を降りる彼女を見送った。


 安心半分、疲労半分の内訳で、吐息がふうと漏れる。顔を上げると、ヴァンと視線が交わった。こちらの様子に目を細めている。


「疲れたよな。怒涛だったもんな」

「ううん、大丈夫だよ。まだ元気!」

「はは、そうか。ココは偉いな」


 褒められて、悪い気は一切しなかった。寧ろやっぱり、何だか嬉しい気持ちが湧き上がる。


「えへへ……。ヴァンこそ、疲れてない? ここまでこの子を運んでもらっちゃったし」

「おう、大丈夫だぜ。こんなちっこい子くらい、軽い軽い」


 よかった、とココは微笑む。ヴァンもまだ、城下の学生くらいの歳に見えるが、狩人ということもあり、鍛えているのかもしれない。


「ただ、ちっとまだ、キンスのことが心配かな。1人にして、大丈夫なのかなーとか」

「あ、うん、……そう、だね」


 結局、異変の理由を聞くこともできなかった。兄貴分たるヴァンが心配し続けているのも無理はない。ココもまだ、胸中に若干の不安を燻らせていた。


「ってわけでさ。ココさえ良ければ俺、キンスの傍にいてやりてぇんだけど。……この子のこと、1人で見てること、出来るか?」


 そんな中の、ヴァンの申し出だ。断る理由があるはずがない。自分よりきっと、ずっと一緒に暮らしているヴァンと一緒にいた方が、キンスも安心できるだろうとも考えた。


「うん。大丈夫。もし目を覚ましたら、ちゃんと2人に声をかけるね」

「おう、さんきゅーな」


 それだけ言うと、ヴァンは立ち上がる。すれ違い様にココの頭をぽすぽすと撫で、その姿は階下へと消えた。激励として受け取って、よぅし、と気合を入れる。


 向き直ると、やはり女の子はすやすやと寝入っていた。軒先に倒れていた事実さえなければ、何とも微笑ましい光景だ。

 柔らかな布団、白いシーツに包まれて眠るその姿は、どうにもこちらの眠気を誘う。それでも、この子が目覚めるまでは頑張るのだと、ココは自らの頬をぴしゃりと叩いた。

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