不安
すやすやと、女の子はベッドで寝息を立てていた。年端も行かない幼子だ。9歳のココよりも歳下であるのは明白だった。
木製の丸椅子を持ち出し、そのベッドの隣に座るココは、ヴァンと共に女の子が目覚めるのを待っていた。
「怪我はない、んだよね」
「ああ。見たとこな。どこから来たのか知らねぇけど、ここまで1人で来たんだったら、多分大丈夫だろ」
「そっか、よかった」
一先ず2階の寝室まで女の子を運び、いくつか並ぶベッドのうち、1番手前に寝かせたのは、もう1時間近く前の話だ。倒れている女の子を見つけたというショックから立ち直り、心配が優位になり始める頃合だった。
寝顔、そして寝息は穏やかだ。
浅黒い肌に、艶やかな黒髪。長い睫毛に小さな口。眠っているだけだというのに、その顔立ちがとても整ったものだということが分かる。
もしかしたら自分はあのとき、この姿に見蕩れてしまっていたのかもしれない。冷静になった今ならば、素直にそう思えた。同じく立ち尽くしてしまっていたヴァンも、同様だったのかもしれないとすら思えるほど、目の前のこの子は美しかったのだ。
「どこから来たんだろう」
「さぁな。まあ、迷子であることは間違いねぇだろ。捨て子にしちゃ、身なりが綺麗だし」
「……」
そもそも捨て子という発想すら持ち合わせていなかったココは、ヴァンのその言葉にどきりとした。間違いないと断言するからには、きっと迷子なのであろう。いや、そうであってほしいと、それはそれでおかしな話だが切に願った。
「そんな顔すんなって。どっちにしろ、起きるまでハッキリしねぇんだから」
「……うん、そうだよね。ごめん」
あっけらかんとした笑顔を向けられて、ココも微笑む。心配ではあるが、心配したところで何かが解決する訳でもない。
ただでさえ、心配事はこの女の子のことだけではないのだ。
(……キンスも、どうしちゃったんだろう)
軒先に倒れる女の子を抱え、ログハウスの中に連れ込んだ時、そこにはキンスの姿があった。だが今、この寝室にも、そして1階にもキンスの姿はない。出て行ってしまったのだ。
あんなキンスを見たのは、初めてだった。突然、気絶している女の子を連れ帰ってきたのだから、驚くのは無理もないことなのだが、それだけではなかった。
見開かれた紅の目。血の気の引いたような顔色。普段感情を表に出さないキンスらしからぬ反応だった。
そうして取り乱すように、キンスはログハウスを飛び出した。その背を追おうとしたココに、
「少し1人にさせて」
そう、たった一言だけを残して。
あの瞬間の、キンスの顔が脳裏を離れない。何と言えばいいだろう。あれは、まるで――
(おばけでも、見たみたいだった)
目の前に眠るこの女の子は、おばけでも何でもなく、生身の人間であるわけなのだけれど。でも何故か、あのときのキンスを形容するに、これ以上相応しい言葉が見当たらなかった。
「ねえ、ヴァン。このままこの子、起きなかったらどうするの?」
「どうする、って、言われてもなぁ……」
不安な気持ちをかき消すためにと話しかけるも、ヴァンを困らせるだけだった。これでは駄目だと自分の頭でも考える。
「……お城」
「え?」
「お城にね、お医者さんが住んでるんだ。ぼくに熱があるときとか、診てくれるんだけど。この子も、やっぱりちゃんと、お医者さんに診せた方がいいんじゃないかな」
何より、子どもの判断だけでこうしているというのが不安だった。もしかしたら、目に見えない病気に苦しんでいる可能性だってあるかもしれない。今まで大人に囲まれて生きてきたココは、大人の判断を仰ぎたくて仕方がないと思い始めていた。
「一理あるけど……、どうやって、城まで連れてくんだよ」
「……それは……」
ココだけでは勿論不可能だった。ヴァンに、この子を背負ってもらって歩くというのも現実的ではないだろう。
結局、頼るアテはキンスしかいない。そのキンスがどこに行ったのか分からない今、やはりこうしてただ待っている以外に出来ることはないらしかった。
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