子供靴

 童話1つ1つは、そんなに長い話ではない。だからこそ、息抜きにぴったりなわけなのだが。

 しかし、読み耽るにつれ、刻々と時は過ぎていた。いつの間にか、居座っていた陽だまりは影に侵食され、辺りもやや薄暗くなっていた。


「そろそろ帰るか」

「あ……、うん、そうだね」


 気付いたヴァンが立ち上がる。本を閉じると、追うようにココも立ち上がった。ハードカバーの重さも、もう慣れたものだ。


「な、今日の晩飯、何だと思う?」

「えへへ、ぼくね、今朝リクエストしたんだ。玉ねぎのスープが飲みたくって」

「…………え」


 ヴァンの表情が引き攣った。もしかしなくても、と嫌な予感がよぎる。


「……ヴァン、玉ねぎ、嫌いだった……?」

「あー……、ま、まあ、な……。はは……」

「そ、そっか。ごめん、知らなくって……」

「いや、気にすんな……」


 そうは言うものの、明らかに声色が落ちていた。申し訳なさと共に、1つの疑問も湧き上がる。


「キンスは、玉ねぎ、嫌いじゃなかったかな……」


 優しいキンスのことだ。ココのリクエストを聞いて、自分の嫌いなものだったとしても、文句も言わず作ってくれているような、そんな気がしていた。


「ああ、そっちはホントに心配すんな。キンスが嫌いなのは、チーズくらいだぜ」

「チーズ!」


 玉ねぎよりよっぽど以外だった。ココは、チーズを含む、乳製品全般が結構好きだったからだ。特に好きなものはホットミルクだったけれど、牛のいないこの森で用意するのは大変だろうと思い、黙っているところだった。


「そっか、キンスにも、好き嫌いってあるんだ」

「はは、あいつもまだ子どもだしな。そうは見えねぇけど」

「うん。お料理だってできるし、すっごく落ち着いてるし。ぼく、キンスが慌ててるとこ、見たことないや」

「まあ、あんま表に出さねぇやつだからなぁ。俺は、ココくらい素直な方が、可愛げあると思うぜ」

「そう、かなあ」


 いつでも冷静で、大人びたキンスに、ココは確かに憧れを抱いていた。何でも出来るキンスは格好いいなと思うし、キンスのようになりたいとも感じるのだ。


「んで、ココは嫌いなもんとかあんの?」

「え?」


 問われてぱちり、目を瞬く。嫌いなものと言われて、真っ先に思い浮かぶ食品は存在しなかった。必死に捻り出すように、考えてみる。


「………………何だろう……」


 驚くべきことに、全く浮かばなかった。好き嫌いをすることがわがままだとも贅沢だとも思わないのだが、別段食べることが出来ないほどに苦手な食材は何一つなかったのだ。


「へえ、ココこそ、あんまり好き嫌い、ないのな」

「そうみたい」

「はは、何だそれ」


 愛想笑いで応じて、思わず口を閉ざす。ヴァンにもキンスにも苦手な食べ物があるのに、自分にはないというのが、何となく、異端なことのように思えてしまったのだ。ひとり気まずいようなそんな気持ちになって、次の話題を探す。


「…………あれ?」


 彷徨わせた視線の先、何かが映った気がして声を上げ、立ち止まる。釣られたようにヴァンも足を止めた。


「どうした?」

「ええと、今、何か……」


 もう一度、同じように視線を揺らした。今度はもう少しゆっくり、注意深く。ココの視界が『それ』を捉えたのは、その直後だった。


「あ! ヴァン、あれ!」


 靴だった。少し高級そうな飾りのついた、小さな女の子の靴が、片方。駆け寄って拾い上げ、ヴァンに差し出す。


「ホントだ。こんなとこに、何で……」


 受け取り、周囲を見回したヴァンの動きがぴたりと止まった。見開かれた視線の先――ログハウスの玄関に、ココも目を向ける。


 玄関の外、ポーチと呼ばれるその部分に、靴のサイズに見合うような、まだ幼い女の子が倒れていた。片方だけ靴が脱げてしまっているが、履いているもう片方の靴は今しがた見つけたものと一致している。

 非常事態のはずだった。だというのに、ココは声を上げることも出来ず、その姿に、何故だか目を奪われてしまうのだった。

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