2日目 - 迷子の少女

昼下がり

 ページをめくると、まず美しい挿絵が視界に飛び込んできた。強い風と、暖かそうな太陽、そしてその間では旅人が、着ているコートが飛ばされぬよう、しかとその合わせを押さえつけている。


 共に本を覗き込んでいたヴァンが、なるほどなあと天を仰いだ。その様子に、ココもくすくすと笑う。


「ヴァンは、こういうお話も好きなの?」

「好き……っつーか、素直に教訓になるよな。まあ、どう活かせばいいのかなんて全然分かんねぇんだけど」

「あはは、そうだね。ぼくも、そういうのはよく分かんないや」


 2人で読むのは、ココの愛読している童話集だった。今朝、ココの滞在許可を貰うべく城へと行ったキンスが、ついでにと持ち帰ってきてくれたのだ。昨夜したためた手紙も、渡してくれたと言っていた。


「怒られたり、しなかった?」

「心配しなくていいわ。こうして今、あなたが何事もなくここにいる、その事実だけを受け止めなさいな」


 今朝のキンスのその言い回しはよく分からなかったけれど、少なくとも、急いで城に帰らねばならない事態ではないらしかった。一先ずは安心と言えるだろう。


 それからヴァンに誘われて、こうして2人で読書をしていた。

 日が高い時間にだけ、ログハウス裏にも大きな日向ができる。ヴァンのおすすめ日光浴スポットの1つとのことで、そこを陣取り、2人で1つの本を覗き込んだ。そうして読んだ物語のうち、いくつか目に当たるのが、今読んでいた『北風と太陽』だった。


「にしてもココ、この本の内容、ほとんど覚えてるんだよな」

「うん、そうだよ。何で?」

「いや、結構分厚いなって思ってさ。すげぇなって」

「そう……かな?」


 言われて少し考える。そう言えば、この本とももう2年ほどの付き合いになるだろうか。


 その当時、勉強と勉強の合間の時間や、夜寝る前、1人で部屋にいる時間、何か暇つぶしになるものがないかと探していた。大人達に訊ねて回り、いろいろと提案を受けた中に、城の書庫にある本を読んでみてはどうかというものがあった。読書は見聞も広げることができる、とも言われたが、その意味はよくわからなかった。

 早速、書庫へ足を運んでみると、ハードカバーの立派な本がずらり、几帳面に棚に収められていた。どの棚の本を読もうかと思った時、ふと目に入ったのが、重厚な臙脂色の装丁――今、目の前にある、童話集だった。

 手に取りページをめくると、硝子の靴を履き、きらきらと輝く魔法に包まれたお姫様の絵に、まず視線を奪われた。共に描かれている、優しい顔をした魔女もまた、挿絵の魅力を底上げする要因となっていただろう。


「この絵、なんだけど」


 お気に入りの物語、『シンデレラ』のページを開き、その挿絵を指す。へぇ、とヴァンからも感心するような声が漏れた。


「確かに、きれいな絵だなぁ」

「でしょ? 魔女さんが、シンデレラに魔法をかけるシーンだよ。あ、次は『シンデレラ』を読もっか!」

「よっしゃ、任せろ! まだまだ読むぜ!」

「あはは、ヴァン、本を読むのに袖まくりはいらないよう」


 城に帰らねばという焦燥もなくなり、のどかな時間が過ぎていく。くすくす笑って、その特別な物語の1ページ目を開いた。

 今思えば、ココとこの童話集を結びつけてくれたのは、この『シンデレラ』の挿絵だったのだろう。故に『シンデレラ』は、ココにとって特別な物語になったのだ。

 そして同時に、魔法というものへの憧れを抱かせる要因ともなった。


 もし自分に魔法が使えたら。キンスを見ながら、そんな想像をしたことがないわけではない。そして答えは、すぐに出るのだ。

 もし自分に魔法が使えたら、シンデレラと王子様が出逢うきっかけを作った魔女のように、不幸な目に遭っている人を助けることに、その力を使うのだ。

 きっとキンスも同じだろうと、ココはただ漠然とそう思っていた。

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