手紙
夕食の洗い物を終え、一息をついた頃。階段を下りる音が聞こえ、キンスは振り返った。
「よお。お疲れ」
「ココは寝たのかしら」
「ああ、ぐっすりだ。疲れたんだろ」
はは、と笑うも声量は控えめだ。ヴァンはそのまま、テーブルを挟んだ対面に腰かけた。
今日の夕食は、ヴァンの好物でもある、芋のフライだった。揚げた芋にトマトソースをかけただけの大味な料理だ。ココは初めて食べたと言っていたが、気に入ってくれたらしい。味の好みが近しいのだろうか。
そんなことを考えていると、1枚の紙がヴァンから差し出された。テーブルの上を滑るように、キンスの前に届けられる。
「これは?」
「お届けもの。でも、届け先はお前じゃねぇぜ」
二つ折りを訝しげに開き、中を確認する。育ちの良さそうな丁寧な字が並び、終わりにはココのサインが記載されていた。
「……あの子らしいわ」
真っ先に出た感想がそれだった。思わず肩の力が抜ける。
まっすぐ、素直に、しかし読み手の気分を害さないようにと配慮されたその手紙は、父親である王様へと宛てられたものだった。
わがままを言って、心配をかけて、それが分かっていてももう少しここで遊んでいたいということ。もしそれが許されないのであれば、大人しく帰ろうと思っていること。帰ったら、サボっていた分もしっかり勉強に励みたいということ。そして、どうかキンスのことを叱らないでほしい、ということ。
「んで、届けんの? それ」
「……愚問ね」
考えるまでもない。静かに椅子を引いて立ち上がり、手にした手紙を顔の高さに掲げた。
直後、手紙の端にゆらりと炎が揺らめいた。炎は手紙を侵食し、瞬く間に燃えカスへと変えていく。
「わあ、容赦ねぇ」
その炎を瞳に映しながら、ヴァンが笑う。キンスもまた、同じように炎を見つめた。
「……こんなものに何の意味もないことくらい、あなただって分かっているでしょう?」
まあな、と同意の声に胸を撫で下ろす。そんな自分に気付いて、嫌悪感が這い寄った。ヴァンを巻き込み、正当化でもしようというのか。
「なあ。なんかあった?」
そんな心中を知るはずもないだろうに、妙なところで勘が鋭い。とうに手紙は燃え尽きたが、その手を眺めながら少しの間押し黙り、キンスは口を開いた。
「どうすれば、いいのかしら」
思いの外、震えた声が出た。
「私、やっぱり、死にたくない」
暫しの沈黙。流石のヴァンも、少し驚いたようだった。俯く自分の表情に、彼が気付いていないといいのだが。
とんと、温かいものに背中を押される。追って、額にこつんと骨張った身体が触れた。軽く抱きとめられる形で、額をヴァンの身体に預ける。
「そりゃま、それが普通だ」
普段の脳天気な声でなく、困ったような、それでいて優しい声だった。宥めるように、もしくは甘やかすように、キンスの背をぽすぽす叩く。
それ以上、ヴァンは何も言わなかった。彼は彼なりに、気を遣ってくれているのだなとキンスは思った。けれども、落ち着きを取り戻すには暫しの時間が必要だった。
混雑する思考の中に、ココの顔が浮かんだ。優しい子だ。そして、素直な子だ。こんな自分とは大違いだと思った。
そして同時に、可哀想な子だとも思う。その感想だけは、どうしても、拭い去ることができなかった。
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