悔いのない選択
「なあ、ココ。他には何か、そういう面白い話、ねぇの?」
身を乗り出す程に、ヴァンが興味を示してくれたのは喜ばしいことだった。しかし、とココは表情を曇らせる。
「……ごめんね、ヴァン。もっとたくさんお話したいんだけど、ぼく、お城のことが、心配で」
決して忘れていた訳ではないが、物語を語る中で『お城』と単語が出ると、どうしてもこっそり城を抜け出して来た事実を想起させた。残してきた書き置きには、いつ帰るかの明記をしていない。きっと、とても心配をさせてしまっているだろう。
「あー、そっか。王子様だもんな、ココ」
「うん……。あんまり長く、お外に出てると怒られちゃうかもしれないし。もう、帰ろっかなって、思うんだ」
キンスと共に城を出て、ヴァンに会い、湖を見せてもらった。アウルと話したことは2人には秘密だったが、梟と会話をするなんてことも、城ではきっと体験できなかっただろう。
もう充分、外の世界を楽しんだ。そう、思うのだ。
「大丈夫よ、ココ」
声と共に、トンと目の前にカップが配られる。透明な液体に、僅かな柑橘の香り。どうやら中身はレモン水のようだった。それを置いた、声の主、キンスを見つめる。
「私が話をつけてくるわ。家の場所も教えて、必要があれば迎えを寄越してもらうようにする。それなら、ココも安心して、遊んでいられるでしょう?」
「え、でも……」
「強引に連れ出してしまったままだもの。今帰ったら、きっと、もうここには遊びに来られないわ。それでもいいの?」
改めて問われ、押し黙る。先程は確かに、「もう充分楽しんだ」と思ったのだ。それなのに、まだもう少し、友達と遊んでいたいとそう思う気持ちが確かにあった。この気持ちを抱えたまま城に戻ると、自分は後悔してしまうのだろうか。
「大丈夫よ、ココ。もしかしたら少し怒られるかもしれないけれど、それはあなたを連れ出したのだから当然の話よ。そんなことより私は、あなたが悔いのない選択ができる方が、大切だと思うの」
自らも食卓についたキンスの紅い瞳が、真っ直ぐにココを見つめる。見透かされたような気持ちになり、何だかバツが悪くなった。
(……そっか)
そんな気持ちを抱えたことで、理解する。本当はもう少し遊んでいたい、その気持ちが見透かされたようでバツが悪いのだ。このままここにいることで、キンスやヴァンに迷惑がかかるのかもしれない。それでも、ちゃんと城に許可を取って、2人と遊ぶことが出来るのなら。いや、そうしたいと、確かに自分はそう思っているのだ。
ちらりと見ると、視線に気付いたヴァンが、気にするな、とばかりににかっと笑った。少し安心したように息をつき、改めてキンスに向き直る。
「……うん、キンス。ごめんね。お願いしてもいいかな」
キンスの言い方から、自分のことは連れて行ってくれないのだろうということは理解していた。本当は自分で許可を取りたいところなのだが、わがままを言って困らせるつもりはなかった。キンスが話をつけると言ったのだ。きっと、自分は邪魔にしかならないのだろう。
「ええ、今日はもう暗くなるから、明日の朝、お城に行ってくるわ。それでいいわね?」
「うん。ありがとう、キンス」
何も出来ない代わり、精一杯の笑顔を向けて礼を言う。よし決まり、と元気に話に区切りをつけたのは、ヴァンだった。
「んじゃま、そういうことで! それよりさあ、キンス。気になってることがあるんだけど」
キンスの応答はない。慣れているのか、気にせずヴァンは先を続ける。その視線は、カップが2つ載せられたテーブルへと向いている。
「俺の飲み物は?」
ココの前に、カップが1つ。もう1つはキンスの前に置いてあり、ヴァンの前には、何もない。
「客人じゃないんだから、自分で用意なさいな。昨日も言ったと思うのだけれど」
「……………………まじか」
しれっとカップを傾けるキンスに、絶句のヴァン。その2人が何だか面白くて、思わずココは噴き出してしまうのだった。
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