談笑

 ただいまと、笑顔で帰宅する。出迎えてくれたキンスは、また料理を作っていた。


「おかえりなさい、ココ、ヴァン」


 日はまだそんなに低くない。夕方と呼ぶには些か早すぎる時間であった。それでも、日が傾き始めた頃から森はいっそう薄暗くなり、早めに帰路につくことの大切さを感じさせた。


「今日も肉はなしでーす」


 大雑把にそう報告をし、ヴァンが食卓につく。罠にかかった動物はゼロ。ヴァンの成果が直接食卓に反映するらしく、保存食以外の肉が並ぶことは滅多にないのだと教えてもらった。主に、キンスの魔法で育てた芋や豆を食べているのだとも。


 空になったバスケットを、キッチン横の棚に置く。キンスを見ると、ヴァンの報告には大して興味もなさそうに、芋の皮を剥いていた。その隣にそっと足を運ぶ。


「キンス。お弁当、美味しかったよ。ごちそうさまでした」


 ちらりと、キンスの視線が手元からこちらに移った。作業の手を止め数秒こちらを見つめたあと、また芋へと視線を落とす。


「大したものじゃないわ」


 そう言う声は、普段通りに堅い。後ろでヴァンが、くすくすと笑う声がした。


「素直じゃないねえ」


 その言葉の意味が分からず首を傾げる。キンスは聞いていないのか、そのまま芋を剥き続けている。邪魔になってはいけないと、ココもそっと食卓についた。


「なぁ、ココ。んでさ、さっきの話」


 向かいに座るヴァンが、頬杖のままにこにこと話しかけてくる。ログハウスに帰り着く直前まで話していた内容を思い出し、うん、とココも頷いた。


「えっとね、たくさんあるよ。どれが聞きたい? ぼくが好きなのは、めでたしめでたしって、幸せに終わるお話なんだけど」

「幸せに……って、ほとんどそうなんじゃねぇの?」

「それがね、悲しいお話もたくさんあるんだ」


 頭の中で、愛読している童話集の目次を開く。ページが傷みそうな程に読んだ、シンデレラやいばら姫。逆にあまり読まずに来たのが、主人公の死で終わる悲しい物語の数々だった。


「身体中の宝石を、国の貧しい人たちに分け与えてぼろぼろになった、王子様の像とツバメの話とか。王子様と結ばれることも、殺しちゃうこともできなくて、泡になったお姫様の話とか」


 特に後者――人魚姫のことを、ココはどうしても好きになれなかった。王子様と出逢わなければ、人魚姫は幸せになれたのかもしれないと思うと、酷く心が痛むのだ。


「へえ。物語って、幸せな話ばっかだと思ってたぜ。なんか意外だ。でも俺も、悲劇に興味はねぇしなあ」


 うーん、と頭を捻るヴァンと共に、ココもヴァンの好きそうな話を探す。あらすじを語ることが出来るほど読み込んだもので、ヴァンも興味を示してくれそうなもの。主人公はお姫様じゃない方がいいんだろうと、そう自然に思えた。


「じゃあ……、凄く頭のいい猫の話、とか」

「猫?」


 変な声と共に、ヴァンの目が瞬いた。その反応が何だか面白くて、ココもくすりと笑う。


「うん。『長靴をはいた猫』ってタイトルなんだ。えっとね、粉挽き職人さんのお家に、3人の男の子がいたんだけど……」


 そうして語り出す『長靴をはいた猫』は、粉挽き職人である父が亡くなり、遺産として猫を譲り受けた三男と、その猫の話だ。猫は三男を公爵だと偽って王様に近付き、オーガを倒して奪った城に招待をする。喜んだ王様は、三男とお姫様を結ばせ、めでたしめでたし、となる。


「はー……、なるほどねえ。確かに、凄く頭のいい猫の話、だぜ」

「でしょ? オーガを鼠に変身させてやっつけちゃうなんて、ぼくじゃ思いつきもしないや」

「いくらあなたでも、小さな鼠にはなれやしないでしょう、だっけ? 挑発上手よなあ……」


 感心して頷くヴァンを見て、満足げにココは微笑んだ。『長靴をはいた猫』の猫は本当に賢い。王様も、村人も、オーガでさえも騙し誑かし、最終的に三男を本物の貴族にしてしまった。不幸なお姫様が王子様と結ばれ幸せになる物語ではないが、これはこれでとても面白い物語だとココは確かに感じていた。

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