狩人
「よし! ココ、昨日の約束は覚えてるか?」
朝食を食べ終え、食器を片付けてまだ間もない頃、カラッとした笑顔のヴァンがそう訊ねてきた。
忘れているはずがない。楽しみにしすぎて、自分から言い出すのもはばかられる程だったのだ。ソワソワするまでもなく相手が声をかけてくれたのは、とても喜ばしいことだった。
勢いよく頷くと、早速出かけようという話になった。準備と呼べる準備がある訳でもない、気楽な探検だ。荷物もただ一つ、キンスがお弁当にと持たせてくれたバスケットだけだった。
「野道だからな、足元には気ィ付けろよ」
「うん、分かったっ」
バスケットを大事に抱えたココは、素直に頷いてヴァンの後ろに付き従う。
木々の狭間、道と呼べるのかも分からないほどの細道を、落ち着きなくキョロキョロとしながら進んでいく。日が高くなってくる頃だというのにやはり少し暗い。地面に落ちる日差しは幾重もの葉のフィルターを介し、柔らかな影となっていた。
見上げると、木々はひどく高いところまで伸びていた。拡がる枝葉の隙間から、僅かながら青空が見える。影となった木々とのコントラストが、青空をより一層眩く見せた。
と、でこぼこな足元に気を取られ、今度は地面へ視線を下ろす。通る人間が少ないのだろう、辛うじて道として成り立っていると言える程度に踏み鳴らされてはいるが、その大半は雑草に侵食されており、かなり歩きづらい。注意深く見つめていると、小さな花を咲かせた草木もあるようだった。
不意に、前方からくすくすと噛み殺すような笑い声が聞こえた。見ると、ヴァンがにやにやとこちらへ視線を向けている。
「ほんと、楽しそうに歩くのな」
「うん、凄く楽しい。どこを見ても、お城と景色が違うんだ」
綺麗に剪定をされた、敷地内に数本の木。硬く踏み鳴らされ、雑草も取り払われた地面。苔1つ見当たらぬほど手入れをされた石造りの城壁。見慣れたそれらはこの森の中には存在せず、見るもの見るもの目新しいものばかりだった。
「あのさ、ココ。一つだけ約束、いいか?」
「うん、なあに?」
「歩いて分かったと思うけど、結構似たような景色ばかり続くんだよな。多分ココが1人で出歩くと、すぐに迷子になっちまう」
そこまで言われれば、皆まで言わずとも大方の察しはつく。
「うん、分かった。お出かけは、ヴァンやキンスと一緒の時だけにするね」
「はは、ココは偉いな。まあ、脇道に逸れたら俺が仕掛けた罠とかあって危ねぇこともあるし、そうしてくれると助かるぜ」
「罠?」
想定外の単語に、思わず反芻する。しかも、ヴァンの仕掛けた罠らしい。少し考えて、あ、と声を上げた。
「狩りで使うの?」
「ご名答」
「そっか。ねえ、ヴァンは銃は使わないの?」
ついでとばかりに訊ねてみる。実は、気になっていたことだった。
赤ずきんの狩人は、お腹がいっぱいになって眠る狼に銃を向けた。結局、赤ずきんたちがお腹の中で生きているかもしれない、と銃を使わずにその場を収めたのだが、普段はもちろん使っているのだろう。
だが、ヴァンはそれらしいものを持ち歩いていない。ログハウスにも見当たらなかったように思えた。
「ああ、銃なあ。いつかは欲しいというか、必要だと思うんだけど、火薬も弾も買わなきゃなんねぇじゃん? その金が稼げるようになるまではお預けかねえ」
思っていたより切実そうだった。そっか、と困った顔で呟くと、それを見たヴァンはカラリと笑う。
「こう見えて俺って手先が器用だからさ。罠とか作って、森の至る所に仕掛けてんの。肉なんて、罠にかかったやつをたまに食えりゃ充分だし、野菜はキンスが魔法で育ててるから困んねえし。お陰でサボれて助かるくらいだぜ」
あ、これキンスには内緒な。そう続けた彼のイタズラな笑みを見て、ココも思わずくすりと笑う。
「キンス、知ってるよ。ヴァンがサボってること」
「うえ。まじでぇ?」
ゲンナリした声がヴァンから漏れた。またくすくすと、ココは笑い声を漏らし、
「いやでも毎日サボってるわけじゃねぇからほらたまにサボるくらい正当な権利っつーか……」
何故か自分に向けて言い訳を続けるヴァンと共に、見知らぬ野道を先へ先へと進み続けた。
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