楽しい食卓
申し訳なさを貼り付けたしょんぼり顔と、居た堪れない気持ちを携えて食卓を前にする。よもや初めて貰った『仕事』がこのような結果を招くとは、数分前には思ってもいなかった。
「き、気にすんなってココ。俺も大した怪我してねぇし」
「ううん、ぼくがもっとちゃんと探して、直接声をかければよかったんだ。ごめんなさい……」
高いところから落ちれば怪我をするのは当然の話だ。ヴァンの怪我はたんこぶ程度で済んだが、もし骨折でもしていたらと思うと申し訳なさは尽きない。狩人を生業にしているという彼が大怪我をするということがどんな事態を招くのか、想像も出来ないココではなかった。
「そんなに気に病む必要はないわよ。そもそもあんなところで寝るヴァンが悪いんだから」
「そうだぜココ、だからそんな反省することねぇって!」
「あなたはもう少し反省なさいな、ヴァン」
「うっ……ハイ」
昨日と変わらぬ軽口のやりとり。2人とも、確かに怒ってはいないようだ。そんな2人の前でこうし続けていても、気を遣わせるだけなのだろうとは思う。
「……うん、分かった。もう落ち込まないよ。でも、これからは気を付けるね」
ありがとう、とそう笑う。朝食の盛りつけのため後ろ姿のキンスの反応は分からないが、ヴァンは満足したようににかっと笑い返してくれた。
「出来たわよ」
キンスのその言葉と共に、カトラリーが宙を舞う。音も立てずにそれぞれの席の前に正しく落ち着き、追って食器も飛んできた。そちらは中身も入っていたが、零すことなく静かに食卓へと降り立つ。
それがキンスの魔法であることは、訊ねるまでもなく明白だ。まるで物語の中のような光景に、ココは目を輝かせて見入ってしまった。
「ココ。食べるわよ」
「あ……、うん、ごめんねっ」
かけられた声に慌てて姿勢を正し、用意された料理を前に軽く黙祷。いただきます、と小さく呟く。
朝食として食卓に並んだのはまず、釜から漂っていた香り通りの自家製パン。そしてキンスが混ぜていた鍋の中身はやはりスープだった。数種の豆が柔らかく煮込まれた、食べやすいスープだ。
城で食べる朝食より少し簡素な、しかし同程度に美味しい食事に舌鼓を打つ。これを作ったのが、目の前にいる静かな少女だというのがまたココを驚かせた。本人は味の保証はしないと言っていたが、代わりにココが保証したいとさえ思う。キンスは料理が得意らしい。
キンスへの尊敬を深めつつ食事を続けていると、へえ、と感心した声が隣から届く。そちらを向くと、ヴァンと視線が交わった。
「いや、本当に王子様なんだなって思ってさ。食べる動作ひとつひとつに、何つーか……育ちの良さみたいなのを感じるっつーか」
そう言うとヴァンは、へらっと笑ってパンを齧った。対するココは、丁寧に一口に千切ったものを口にしている。
「そう、かな? 自分じゃよく分かんないや」
実際、パンを丸齧りするヴァンの食べ方が特別無作法だとは思わなかった。生まれついてからこの方、身の回りにはこの食べ方をしている大人しかおらず、幼い頃から真似て食べていたら自然と身についたものに過ぎなかった。作法だから、無作法だからというくくりで見つめたことすらあまりなかったのだ。
「爪の垢を煎じて飲ませたいわね。誰にとは言わないけれど」
「聞くまでもないんだけど。キンスさぁ、俺に当たり強くない?」
「あら。今更気が付いたの。ちなみに因果応報って言葉はご存知かしら」
「俺そんなに普段悪いことばっかしてるぅ!?」
そして、こうした賑やかな食事も初めてだった。城での食事は厳かに、音を立てずに行われることがほとんどだ。たまに一言二言の会話こそあれ業務連絡のようなもので、目の前の2人のように雑談を繰り広げるさまは見ることが出来ない。
気が付くと、そんなふたりのやり取りに、くすくすと笑いが漏れた。キンスはずっと一緒に住んでいるのだと言った。それだけあって、余程仲が良いのだなと思う。
こんな食事は初めてだし、城だともしかしたら怒られてしまうのかもしれない。でも、賑やかな食事も楽しいものだとココは心より思うのだった。
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