1日目 - 森での生活

初めての朝

 窓から差し込む光に導かれるように、ココは目を覚ました。

 寝起きは悪い方ではないのだが、それでもまだぼうっとしている。見知らぬ部屋をきょろりと見渡して、


(……そうだ、キンス!)


 そうして、思い出すと共に完全に覚醒した。


 ヴァンから聞いていた、キンスお気に入りのベッドの上にはもう誰もおらず、とても丁寧に整えられていた。もう一度部屋を見回し、キンスどころかそのヴァンも、部屋のどのベッドにも眠っていないことに気付く。どうやら1番最初に眠った自分が、1番最後に目覚めたようだ。


 慌ててベッドから降り、見よう見まねで布団を整える。城では召使いに任せきりだったため、初めての経験だった。少し楽しむそんな自分を確かに感じつつも、寝坊をしたかもしれない事実が悠長にさせてはくれなかった。


 ある程度整ったベッドを確認し、階下へと向かう。どこからか芳ばしい香りが漂ってきている階段を、埃を立てない程度に急ぎ足で降りる。


「ごめんなさい……っ、寝坊しちゃった……!」


 1階に降りて真っ先に目に入ったのは、キッチンに立つキンスの後ろ姿だった。開口一番謝罪の言葉を発したココは、食卓の横でバツ悪く縮こまった。


「……おはよう、ココ。寝坊ならしていないから、安心なさいな」


 振り返ったキンスが無抑揚にそう告げる。その言葉に安心をして肩の力を緩めたココは、おはようと挨拶を返し、


「あれ、ヴァンは?」


 すぐさま首を傾げた。ワンフロアに食卓とキッチンの同居するこのログハウス1階の、どこにもヴァンの姿が見当たらない。


「まだ寝ているわ」

「あれ、そうなんだ。でもヴァン、上にはいなかったよ?」

「多分外よ。屋根の上。危ないからあなたは真似をしてはダメよ」


 屋根。ココの常識には存在しないその寝床にぽかんと口を開く。寝相で落ちたりしないのだろうか。


「ああ、でも丁度良かったわ。もうすぐ朝食の時間なの。声をかけてきてくれると助かるのだけれど」

「朝食……、え!!」


 そんな呆けた思考はすぐさま遮られた。当然と言えば当然の話なのだが、キンスは朝からただぼうっとキッチンに立っているわけではなかったのだ。備え付けの釜から焼きたてのパンの匂いも確かに香っている。階段を降りる際から香っていた芳ばしい香りの正体はそれかと今更ながらに思い至った。


「キンスがご飯、作ってるんだ……!すごいや……!」


 思わず感嘆の声を漏らす。ベッドメイクをしたこともなければ、勿論キッチンに立ったことすらない、そんな自分と同じくらいの年齢の少女が料理をしているのだ。そう思うだけで素直に尊敬の眼差しが彼女へと向いた。


「味の保証はしないわ」


 その視線から逃げるようにそう言って、キンスは火にかけた鍋へと視線を移す。中身をかき混ぜる様子を鑑みるに、こちらはスープだろうか。


「ヴァンのこと、お願いするわね」

「うん、分かった!」


 料理は出来ないけれど、その程度の手伝いならば出来る。仕事を任されたことが嬉しく、明るい声でキンスの背中に返事をして、外へと向かった。


 昨晩は真っ暗でよく分からなかった森の中の様子が目に入る。ざわざわと風に揺れる木々の狭間から、暖かそうな陽の光が地面に向かって零れていた。拓けた土地である分他よりはマシなのであろうが、日陰の多さが印象につく。

 そんな中、1番日向の多い場所は確かに、振り返り見上げた屋根の上のようだった。キンスが、ヴァンは日向ぼっこが好きだと言っていたのを思い出し、屋根の上で寝るという不可思議な行動にも合点がいった。


「ヴァンーっ、朝ご飯だよーっ」


 姿は見えないが、声をかけてみる。返事はない。首が疲れるほどに見上げたまま、次は大きく息を吸い込んだ。


「ヴァーーーンーーーーっっっ!!」


 大声で再度名前を呼んだその直後、ログハウスの裏手の方から、聞き覚えのある少年の悲鳴と何かが地面に落ちる音がした。

 何が起こったのか、想像にかたくない。


 大慌てで裏手に回ると、大方の想像通り、屋根の下、地面の上で目を回すヴァンの姿を見つけることが出来たのであった。

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